コメント
 
 
 
実話 (またまた弓道っ子)
2006-05-07 00:42:01
昨日、部活の新入生が大きなミスをしました。本来、副将である私は怒って指導する立場ではないのですが、あまりにも危険なミスだったので、主将の命で前職以来、久方ぶりに指導をしました。そこで怒る前に考えたことは「どのようにして分からせよう」と言うことでした。

そこで導いたのは、危険であったと言うことを「自分自身の言葉で伝える」と言うことです。怒りました。厳しい言葉も浴びせました。



思いを伝えた後、新入生全員に呼ばれて謝罪されました。正直、嬉しかったです。謝罪させることが目的ではありませんでしたが、自分の思いが伝わったこと、新入生の目が悔しさと自己改善に努めようとする姿に満ちていたからです。後身の指導がイコール教育のそれに直結するかは分かり兼ねますが、生半可であった新入生の目に「本気」が伝わり成長を確信しました。

言葉も時に暴\力になります。されど人間にのみ与えられた伝達手段を私は大切に後身の指導にあたりたいです。

私も断固、暴\力反対です。
 
 
 
カッキーン! (Yoshi)
2006-05-07 06:11:07
ホームラン、来ました!



なんだか、とても心に響く言葉ですね。



体罰に頼ろうとするのは、相手に理解してもらうだけのコミュニケーション能力が欠如していることの裏返しだと思います。私のかなり身近な人が「腕を振り上げてでも子供に分からせるのは、しつけをする親の務め」という趣旨のことを口にしていましたが、今から考えるにつけ、その人は、口で分からせるコミュニケーション能力が自分に無いことに目を背けるために、言い訳として体罰を主張していたのではないかと思うのです。



私のこういう判断が正しいのか、それは、私が親の立場になったときに初めて分かるのでしょうね。
 
 
 
拝啓、弓道ッ子様。 (kyotonc)
2006-05-07 10:08:35
 いかに弓道に生きがいを持って取り組んでいるかが、文面からしっかり読み取れました。温厚で素直な弓道っ子様が、動いたのですから、新入生のい余程のことがあったのでしょう。暴力に頼らない「指導」は立派な教育です。新入生達に反省と大きな変化が見られ

、指導した甲斐がありましたね。

 これからも、良き先輩として、後輩の指導にあたってくださいよ。

 ところで、我が社のパンフ、Space 2007をご覧下さいな。
 
 
 
拝復、Yoshi様。 (kyotonC)
2006-05-07 10:20:59
 指導・教育の相手は、児童・生徒・学生あるいは我が子どもです。説得力のあるコミュニケーションをするためには、相手に分かりやすい言葉で、そして分かりやすい論理で説明する能力が必要不可欠です。そして、相手に理解され納得してもらうためには、どこかからの受け売りではなく(小生のこの記事は全くの受け売りで面目ないっす。。。)血肉化した経験に基づく説得力が必要不可欠です。

 そうした能力が乏しい時、あるいは欠如している時、人は、暴力と言う奥の手を使うのです。

 お忙しいのに、いつもコメントをいただき、ありがとうございます。

 ところで、自転車修理屋の記事も、興味深く拝見しましたが、消えていたような。。。 
 
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