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1870年の12月25日、つまり46年前の今朝、ワーグナーの私邸、ヴィラ・トリープシェンに、優しく繊細な音楽が響きました...
『ジークフリート牧歌』...
まずは、こちらを...
これは、全曲ではなく、ドキュメンタリーの一部ですね。
この作品は、長男のジークフリートの一歳のクリスマスの朝、奥さんのコージマに内緒でワーグナーは一三人の音楽家を集め、この曲を演奏させるのです...12月25日のクリスマスは、コージマ・ワーグナーの誕生日でもありました。
この時、コージマは33歳...この年、まさにコージマは、最初の夫、指揮者のハンス・フォン・ビューローと離婚をして、ワーグナーの生涯の伴侶となったのです。だから、このプレゼントは、誕生日、クリスマス、長男ジークフリート1歳の記念と夫妻の新しい人生の始まりを祝うものなのです...
このクリップの場所が、まさしくそこ...ワーグナーのスイスの別荘、ヴィラ・トリプシェンです。ここは、今日では「リヒャルト・ワーグナー博物館」になっています。
1870年の12月25日、朝7:30分を期して静かに音楽が始まり、気が付いたコージマが寝室の扉を開ける...すると...
感激し、喜んだコージマのために、演奏はこの日のうちに何度も繰り返されたといいます...
全曲は、こちら...
最近では、大編成のオーケストラで演奏されるのですが、このクリップは最初の編成に近いものです。コージマと、まだ幼い子供たち、そしてジークフリートが耳にしたのは、こんな感じの演奏だったのでしょうね。
オーケストラのメンバーは、ワーグナーの弟子、指揮者のハンス・リヒターがチューリッヒのオーケストラから選抜した腕利き揃い...
ワーグナーから楽譜を受け取った12月4日から3週間程度の間にチューリッヒでは、オーケストラが極秘裏にリハーサルを重ね、ヴイオラの他に慣れないトランペットを担当することになったリヒター自身も、たった10小節程度の出番のために、ルツェルンの兵舎で軍楽隊からトランペットを借りて毎朝早朝に練習を重ねたと言います。
因みにこの作品、原題は『フィーディーの鳥の歌とオレンジ色の日の出をともなうトリープシェン牧歌』だったそうです。
「フィーディー」というのは、幼いジークフリートの愛称です。そして、鳥の歌や日の出は、ワーグナー夫妻にとって、きわめて私的な意味のあるエピソードだったといいます。朝日が昇り、明けゆく空を背景に小鳥たちが囀り...というシーンは、ワーグナーの作品にも何度も登場します。特に、『ニーベルングの指輪』の第3夜『ジークフリート』は、『ジークフリート牧歌』と共通のモチーフの他にも、こうした朝日や鳥の囀りのテーマに溢れています...
夫妻の愛の絆の象徴であったこの作品、私的な思いの深かったコージマは出版を躊躇い、公開され出版されたのは8年後の1878年でした...
『ジークフリート牧歌』をめぐる、ワーグナーとコージマの物語にはもう一つ後日談が...
フィーディーつまり『ジークフリート牧歌』のジークフリートその人自身が、両親の愛の記録を自ら指揮し、録音しています。
*『ジークフリート牧歌』:ジークフリート・ワーグナー指揮:ロンドン交響楽団(1927年)
ジークフリート自身も途中から作曲家を目指し、ワーグナーの弟子であるフンパーティンク(ディズニー映画で有名な交響詩『魔法使いの弟子』の作曲者)に師事して、たくさんの作品を残しています。もちろん、歴史に残るようなものはないのですが...
しかし、因みにジークフリートの母、コージマは作曲家フランツ・リストの娘ですから、家系の物凄さに圧倒されても仕方が無いところではあるのです。その意味では、作曲家・指揮者として人生を送ったことそのことが、プレッシャーを考えるならば、凄いことだと言えるでしょう。指揮者としては、当時、かなりの評価を得た人でもあるのですから...
そして、それ以上にジークフリート自身は、ナチスの台頭の激動の時代に、ワーグナー家の当主として、父ワーグナーと母コージマの栄光を纏うワーグナー家を護るために戦い続けました。ジークフリートのこの戦いは、第二次世界大戦後まで、その子供たちによって引き継がれます...これはまた、別の物語ですが...
ジークフリートは、母コージマが1930年に93歳の長寿をまっとうして亡くなってのち、僅か4ヶ月後に61歳の生涯を閉じました。ジークフリート亡き後、婦人のウィニフレッドはヒットラーとナチズムに急激に接近し、ドイツの敗戦と共にワーグナーの音楽遺産は一度は破滅に瀕してしまうのです。
それはともあれ、ゲルマン神話の血腥い復讐劇も、ワーグナー...愛と平安に満ちた幸福な世界、こちらも、ワーグナー...
さて、もう一つ最後に、こちらも名残に...
ワーグナーの『リング』から、ジークフリートのテーマを吹いていますが、最初のシ-ンからわかるように、それほど大柄な人ではないのですが、とても見事なコントロールですね...
フレンチ・ホルンというのは、見たとおり、演奏がとても大変な楽器です。このクリップでは、一見、やすやすと吹いていますが、それぐらいこの人の技量が凄いということなんですね...
わたくし自身は、ワーグナーを、大学の入学式に演奏されるニュールンベルクのマイスタージンガー』前奏曲。しかあんまり印象に無かったのですが、オペラ、ワルキューレは素晴らしかったですし、老師様の深い音楽への造詣に驚嘆するばかりです。
音楽が好きな私にとりましては、そちらの師匠でもありますね!
書きっぷりが老師様らしさを十二分に発揮していらして素敵です。