2018年の夏、100回目の高校野球は大阪桐蔭高校の春夏連覇で終わりました。それで、ふと考えてみたら、1968年の50回目の時には、大阪の天王寺区内にある興国高校が優勝したんでした。
してみると、2068年の150回大会も、大阪の学校が優勝するんでしょうか。節目で大阪が優勝するって、なんか面白いな。何十年か前、無敵のPL学園を破って甲子園に出た春日丘高校というのがありましたけど、そういう時にはコテンと負けてしまうのに、私立の伝統校は、府の大会では苦戦するのに、甲子園に来てみたら、悠然と優勝してしまうこと、あるんですよ。本当にこの変てこなめぐりあわせというのか、高校野球の不思議さは怖いくらいです。
府の大会でみんなから期待されてた学校は、甲子園に来ると弱く、淡々と勝ち上がる私立は強い。どうなっているんだろう。その不思議な学校の代表がPL学園でしたけど、もう野球でこの学校が出てくることはないなんて、やはり栄枯盛衰です。あんなに輝かしい歴史があったのに、それをやめてしまうなんて!
その1968年の夏、特別な大会だから、各県一校が出ることになりました。三重県は今まで岐阜の代表と最後にやり合わねばならない三岐大会があったそうですけど、この年は単独で代表を出すことができました。
その県大会の決勝に出たのが、ジ・オリオン高校だったそうです。
わりと、心に残る校名です。1963年に誕生し、1969年の7月に廃校になったといいますから、たったの7年しか営業しなかった学校です。
その学校の最後の輝きが前年の県大会で決勝に進出したことであった。そして、翌年の夏には廃校になっている。
どうして、だれが、こんないい加減な学校経営をするのか、それは私にはわかりません。でも、野球部は強化していたんでしょう。だから、6年目には決勝です。
でも、次の年、経営者の無理がたたり、莫大な借金を抱えることになった。
跡地は、しばらくは放置されていたみたいで、それに目を付けた人が、新たに専門学校にしようと、何年か前に立ちあげていたみたいだけど、現在はそれも立ち消えになったようです。
50年前も、現在も、学校で一発儲けようという人は後を絶たない。でも、たいていは失敗する。どうして世の中ってアホばっかりなんだろう。
そして、どうして人は、そんな不安定なところで、思い切り頑張って、甲子園にあと一勝というところまで行ってしまうんだから、それがまた人の集団の不思議さです。
私は、当時は大阪のガキだったので、全く知らないことでしたが、そういうのがあった。今も跡地は利用されないで、そのまま残っているという話なんかを聞かされると、何とも言えなくなります。
1968年、メキシコでオリンピックがあって、アベベさんも3回目のチャレンジをしたんでしたっけ。でも、それも私は知らなかった。何というクソガキで、何も知らないアホウだった。
今ごろ、そういう歴史を振り返っているけど、私の存在もバブリーで、何だか頼りないのです。もう、早く寝た方がいいのかもしれない。
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