甘い生活 since2013

俳句や短歌などを書きます! 詩が書けたらいいんですけど……。

写真や絵などを貼り付けて、二次元の旅をしています。

火星の井戸 1979  村上春樹  

2015年02月19日 21時24分23秒 | 本と文学と人と
村上春樹さんのデビュー作の「風の歌を聴け」(1979)に、こんな話があります。

 ハートフィールドの作品の一つに「火星の井戸」という彼の作品群の中でも異色な、まるでレイ・ブラドベリの出現を暗示するような短編がある。ずっと昔に読んだきり細かいところは忘れてしまったが、大まかな筋だけここに記す。

 それは火星の地表に無数に掘られた底なしの井戸に潜った青年の話である。井戸は恐らく何万年の昔に火星人によって掘られたものであることは確かだったが、不思議なことにそれらは全部が全部、丁寧に水脈を外して掘られていた。いったい何のために彼らがそんなものを掘ったのかは誰にもわからなかった。

 実際のところ火星人はその井戸以外に何ひとつ残さなかった。文字も住居も食器も鉄も墓もロケットも街も自動販売機も、貝殻さえもなかった。井戸だけである。それを文明と呼ぶべきかどうかは地球人の学者の判断に苦しむところではあったが、確かにその井戸は実にうまく作られていたし、何万年もの歳月を経た煉瓦ひとつ崩れてはいなかった。

 もちろん何人かの冒険家や調査隊が井戸に潜った。ロープを携えたものたちはそのあまりの井戸の深さと横穴の長さ故に引き返さねばならなかったし、ロープを持たぬものは誰一人として戻らなかった。



 ある日、宇宙を彷徨(さまよ)う一人の青年が井戸に潜った。彼は宇宙の広大さに倦(う)み、人知れぬ死を望んでいたのだ。下に降りるにつれ、井戸は少しずつ心地よく感じられるようになり、奇妙な力が優しく彼の体を包み始めた。一キロメートルばかり下降してから彼は適当な横穴をみつけてそこに潜りこみ、その曲がりくねった道をあてもなくひたすらに歩き続けた。

 どれほどの時間歩いたのかはわからなかった。時計が止まってしまっていたからだ。二時間かも知れぬし、二日間かもしれなかった。空腹感や疲労感はまるでなかったし、先刻感じた不思議な力は依然として彼の体を包んでくれていた。

 そしてある時、彼は突然日の光を感じた。横穴は別の井戸に結ばれていたのだ。彼は井戸をよじのぼり、再び地上に出た。彼は井戸の縁に腰を下ろし、何ひとつ遮(さえぎ)るものもない荒野を眺め、そして太陽を眺めた。何かが違っていた。風の匂い、太陽……太陽は中空にありながら、まるで夕陽のようにオレンジ色の巨大な塊りと化していたのだ。




 なかなかおもしろいなと抜き書きしました。もう何年も前のことです。暗い穴をヌクヌクと歩いていたら、時間の経過も忘れ、空腹感もなく、新しい光を見たというのです。少し作り話っぽいですね。まだ村上春樹さんも突き抜けてなかったのでしょう。何となくお話として上手ではない感じです。 


「あと二十五万年で太陽は爆発するよ。パチン……OFFさ。二十五万年。たいした時間じゃないがね。」
 風が彼に向かってそう囁いた。
「私のことは気にしなくていい。ただの風さ。もし君がそう呼びたければ火星人と呼んでもいい。悪い響きじゃないよ。もっとも、言葉なんて私には意味はないがね。」
「でも、しゃべってる。」
「私が? しゃべってるのは君さ。私は君の心にヒントを与えているだけだよ。」
「太陽はどうしたんだ、一体?」
「年老いたんだ。死にかけてる。私にも君にもどうしようもないさ。」
「何故急に……?」



「急にじゃないよ。君が井戸を抜ける間に約十五億年という歳月が流れた。君たちの諺にあるように、光陰矢の如しさ。君の抜けてきた井戸は時の歪みに沿って掘られているんだ。つまり我々は時の間を彷徨っているわけさ。宇宙の創生から死までをね。だから我々には生もなければ死もない。風だ。」
「ひとつ質問していいかい?」
「喜んで。」
「君は何を学んだ?」
 大気が微かに揺れ、風が笑った。そして再び永遠の静寂が火星の地表を被った。若者はポケットから拳銃を取り出し、銃口をこめかみにつけ、そっと引き金を引いた。
 

                  

 何だか無理矢理オチを付けた感じですね。これが小説の中のどういう位置なのか、何も考えないで、火星話を突然持ち出すのがおもしろいと思ったのだと思います。

 この会話も、ジイサンの私の目で読んでみると、何となく息苦しくて、もうハアハア、ゼイゼイする感じです。何かもうはかない結末に向かって、途中をすっ飛ばして結末に向かっていく感じです。

 まあ、部分だけ取り上げてもよくないですね。

 読んだときは、何か意味があると思って、切り抜きしたところでした。


★ ジイサンになった今は、こうした青春的なエピソードに胸ときめかないんです。ふーん、良く作ってあるねえと感心するだけです。やはり、今のハルキさんの方が、もっとヒッチャカメッチャカな世界に行っています。

 それに物語の構造そのものが、火星の井戸になっていて、ここからどこへ出るのか、結末はあるのか、たぶん無いと思うけど、とりあえず作品の終わりとしてはどういうオチになるのか、そんなことをずっと追いかけてしまいます。

 これは短さで勝負しないといけないから、サッと終わってしまいますが、今は次から次と展開していって、その世界に浸る楽しさがあります。どっちがいいかだけど、安心して浸っていられる方が、オッチャンの私は、楽しい時間が過ごせている気がします。とにかく必死になって読んでいるようです。

 今の作品がいいと言いたいんですね。じゃあ、もっと読んだらいいですね。でも、そう言いつつ、なかなか読まないのです。ひねくれ者ですからね。


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