平凡社新書として、2001年に出ている「隼人の古代史」。著者は中村明蔵という鹿児島国際大学の先生で、私みたいなワカランチンにもわかりやすく、いろんな情報を絡めて教えていただいています。
同じ種類の本で、同じく平凡社新書より「蝦夷の古代史」というのも出ています。私は、ご先祖様がカゴシマということもあって、中央部よりも、日本の周辺域に興味があって、それらの情報を知りたいし、そちらにあこがれも持っています。
たぶん、2001年に新聞広告で見て、買おうと思いつつそのままになって、2008年にブックオフでやって購入しています。それから9年くらい寝かせて、今ごろになって読んでいて、5分の4くらいまで読み終わりました。
そして、今さらながら私は、この本に何を期待していたのか、それを達成したのかが、わかったような気がしたので、書いておこうと思います。
隼人と呼ばれる人たちが住んでいたのは、現在の鹿児島県あたりということになっています。そこの古代史を知って、どうしたかったのでしょう。
今さらながら気づいたことは、私は、隼人と呼ばれる人たちの歴史や、人物像が知りたかったようです。リーダーはこんな人がいて、いかにして中央政府に反抗し、どのように自分たちの文化・伝統を築いていったかを知りたかったようです。
かなり読み進めた段階で、やっとわかったのは、隼人のリーダーの名前も、その文化もあまりわかっていないということでした。
隼人とひとくくりにしてしまうけれど、鹿児島の西北部と熊本南部に残る古墳などから、同じ文化圏があり、その南端は現在の薩摩川内市あたりに及んでいます。一方、宮崎県南部から志布志湾あたりまでと都城市や霧島山塊あたりまでが一つの文化圏であったというのがわかってきた。
現在の鹿児島県のメインである錦江湾沿いはあまり古墳はなくて、指宿にいくつか、国分あたりに一つ、先ほどの古墳による地域割りからすると別のスタイルの古墳があるらしい。
ということは、宮崎南部から大隅地方にかけてが大隅隼人とされ、統一した王権があったわけではなさそうです。王というより部族の酋長みたいな人がいたのでしょうか。そして、熊本から鹿児島西部の川内市あたりまでと錦江湾沿いと、分立していて、まとまった勢力がなかったということでしょうか。
私は、神話にも採用されるくらいだから、もっと霧島近辺にそれなりにまとまった勢力があって、そのリーダーが日本を統一したくらいに思っていました。けれども、それを証明するものは何もないし、文献は断片的で、時には畿内の都まで隼人の人々は出ていかされたり、ご機嫌伺いをしたりしていたというのを記録するだけでした。
古墳の一部に、ものすごい王がいて、英雄神話を語る何かが隠されていたとでも言ってくれるのを期待していたのかどうか。そんな夢やロマンを期待していたのだと思われます。
著者の中村先生は、いろいろな資料を踏まえ、少しずつ大和朝廷に取り込まれていった過程を書いておられます。大規模な戦いはなかったのかもしれません。何しろ、大和朝廷はお米主義で、お米の取れないところはあまり興味がないというのか、支配制度を適応できなかったようです。錦江湾沿いの土地でも、今でこそお米は作っているけれど、そんなに大量に収穫できるものではないのかもしれない。
そうか、隼人とは、民族を呼ぶ名前ではあっただろうけど、国家はなかった。いや、むしろ国家を必要としない、小さな区域がゆるいつながりでそれぞれに存在するしゃかいだったのではないかと、逆に憧れたりします。
暴力的な国家権力は、大和か大宰府で、やはり遠いですし、ここを支配しようとしても、何をもって支配とするかです。お米は取れないのです。敵役もいない。攻めたくても攻めようがないし、実は潜在的に力は持っている。
というわけで、適当な懐柔政策だけがつづけられていった。けれども、天武・持統天皇あたりになって、ようやく大和朝廷の一員ともなり、聖武天皇の時代には、国分寺なども作ってみようかという機運にもなったようです。奈良時代に、国家体制の中に組み入れられた。けれども、時々は視察したり、監督に出かけたりせねばならない不安定要素もあって、中央政府としてはまつろわぬところもある、イマイチ理解できない地域であったのでしょう。
ああ、鹿児島県って、中央から遠く、独自の勢力を生み出し、反体制的な部分も持っているのに、明治のころには中央政府の中枢を占めたりする。明治維新から150年で、どれくらい現在の中枢にカゴシマの人々が入り込んでいるかわからないけれど、そんなに東京の面倒なんか見ないで、もっと鹿児島の良さを磨いて、アジア全体に開放して、第二の福岡をめざしてもらいたいです。
日本はどんどんしぼんでいます。
アジアは拡大しているのだから、そちらを相手にして頑張ってもらいたいです。鹿児島空港はそれに耐える設備があるのかどうか、それはわからないけれど……。
本を読む当初の目的は達成されたのでしょうか?
私の期待は、根も葉もないものだから、たいてい空振りではありますね。