もう50年ほど前になるのかなあ、うちの近所の商店街、昔は何でもありました。
市場のババアのところに行くと、5円から10円でいろんなものが買えました。ボクはウルトラマンの写真を買いたいんだけど、なかなかウルトラマンは出てこなかった。何しろ一回5円だったかで、袋の束から1枚抜き取るんです。
それで、いろんな怪獣の写真が出てきたと思うんだけど、ちゃんと「1枚引くでえ」と言えたんだろうか。お金だけ出してモゾモゾっと引いたりしてなかったかなあ。
そうすると、市場のババアは達者なもので、「一回だけ引くんやで」とか、「二回引いたらあかんで」とか、「引いたら、はよ、他の子と代わり」とか、次から次と来る子どもたちを相手にして、あれこれ達者なしゃべりをしてたんだろうな。
ものすごくガリガリだし、ガサガサの声だし、家族はいたと思うんだけど、あまりおぼえてないし、とにかくボクらには、この市場のババアんとこへ行くのが楽しみだった。
学校からすぐだから、とりあえず家に帰って、お金があったら、ここへ行く。それで、10円持って何かを買うというドキドキを楽しんでたんだな。
お金がない時は、ここには行かないで、どこか誰かのおうちを訪ねたり、公園に行ったり、材木運河に行ったりしたんだと思う。古典的なベッタンとか、ビー玉とかゲーム性のある遊びはからっきしダメでした。だから、遊びといえば、やみくもにどこかへ行くのが遊びだった。
夏だったら、虫取りはしたと思う。そう、浄水場もまだ未整備で、簡単に内部に入り込めたから、だだっ広い敷地の中をフラフラ歩くことも可能でした。もちろん、地面はむき出しで、バッタが飛んでるから、それを網で押さえつけたり、自然に対してあれこれ関わろうとしていた。
さあ、それはいいんだけど、実は浄水場だから、子どもが落ちたら危ない巨大な水槽とかがあったと思うんだけど、そこには大人がいるし、大人たちは子どもを追い払うために、犬でけしかけて、ワンワン吠え立てる犬に追われて、ボクたちは敷地の外に逃げ出すんでした。
そんなに何度も行ったわけではないけど、犬に追われるのはあの時の何回かくらいでしたっけ。
まあ、野良犬もそれなりにいたと思うけれど、ボクたちにとってイヌとは、とても怖いものではあったのです。子どもに妥協なんか一切しない生き物だった。
商店街のことでしたね。
昔は何でもありました。パン屋さんももちろんあった。めったに買えないんだけど、チーズパンが買える時は、特別な日だったのかもしれないな。
5円だったら、砂糖をまぶした揚げパンが買えた。おいしかったけれど、ボクはもっと上級のクリームパンとか、チーズパンが食べたかった。
クリームパンは緑色のストライプがある包みがあって、今のクリームではなくて、メロン味だったか、バナナ味だったか、今ではもう食べられないクリームが入っていました。
そして、それよりも憧れは、チーズパンだった。
今思えば、コッペパンに切り込みを入れて、そこに一本のチーズらしきものが入っているだけのパン。今ならいろんな味のチーズが食べられる世の中なのに、当時のボクには、チーズといえば、それしかなかった。
お店で6Pチーズがあったのかもしれないけど、そんなのは見たこともなかった。
そんな憧れのチーズパンを、自分へのご褒美としてどれくらい食べられたんだろう。お店のショーケースには、もっと他の味のパンはあったと思うけれど、他の物は何も見えなかった。
ボクが買えるものは、揚げパンとチーズパンしかなかったんです。5円・10円の世界に生きていたボクたちなのに、いつの間にか、50円・100円の世界に突入したのは、きっと角栄さんの日本列島改造ブームのころだったのかもしれません。
きっとその頃は、ゼロが一つつくくらいに景気も良かったんでしょう。知らない間にそういう世界に突入して、何十年も経過した今では(ふたたび?)100円で何でも買える世の中になりました(ということは、ずっと景気もパッとしないということなのかな?)。
50年前はボクのまわりはみんな貧しかったけれど、気分はそれなりに豊かだったという気もするんだけど、たぶん、私の気のせいかもしれないです。今だって、心豊かに若者たちは暮らしているんでしょう。昔は心が豊かだった、というの幻想というか、ボクたちの願望なのかな。
若い人に言わせれば、何をこのオッサンは言ってるの! ナンセンス、というとこだろうな。