飛鳥山公園を見学した後は、石神井川沿いを散策しました。
石神井川
石神井川(しゃくじいがわ)は、東京都小平市花小金井南町を源を発し、東京都を流れる一級河川です。荒川水系の支流の一つです。
王子付近を流れる石神井川は、「音無川」と呼ばれ、景勝地でした。
石神井川沿岸
音無橋の交差点から石神井川の沿岸に出て、西に進みました。歩道が綺麗に整えられ、歩きやすい道でした。
訪れたのが丁度紅葉シーズンで美しい景色でした。その途中に北区音無さくら緑地を発見。
北区音無さくら緑地
緑地は、石神井川の旧川を利用して出来たものです。ここには、サクラ、エゴノキ、コナラ等が植えられています。
吊り橋
音無さくら緑地。
吊り橋、橋から緑地を眺め、桜のシーズンに訪れたなら、さぞかし美しいだろうと想像し、後にしました。
石神井川をさらに西へ進むと、紅葉橋通りに出ました。ここで金剛寺を参詣しました。
金剛寺・本堂
山門
金剛寺(こんごうじ)は、東京都北区滝野川3丁目にある真言宗豊山派の寺院です。
源頼朝の布陣伝承の地です。
徳川八代将軍吉宗の命により、カエデが植樹され、金剛寺も「紅葉寺」として今も親しまれています。
本尊
不動明王
源頼朝の布陣伝承
源頼朝の布陣伝承地滝野川三ー八八ー一七 金剛寺境内治承四年(一一八〇)八月、源義朝の三男頼朝は、配流先の伊豆国で兵を挙げました。初戦に勝利するも石橋山の合戦で敗れて安房国に逃れ、そこから上総国・下総国の諸将を味方につけ、隅田川を渡ります。滝野川・板橋を経て、府中六所明神へ向かい、さらにそこから鎌倉を目指しますそして鎌倉の大倉に本拠を築いた頼朝は、後に鎌倉幕府初代将軍として、その場所に政権を樹立することになるのです。この途次の十月、源頼朝は軍勢を率いて滝野川の松橋に陣をとったといわれています。松橋とは、当時の金剛寺の寺域を中心とする地名で、ここから見える石神井川の流域は、両岸に岩が切り立って、松や楓があり、深山幽谷の趣を持っていました。弁財天を信仰した頼朝は、崖下の洞窟の中に祀られていた弘法大師作と伝えられる弁財天に祈願して、金剛寺の寺域に弁天堂を建立し、田地を寄進したと伝えられています。この地域は、弁天の滝や紅葉の名所として知られていました。現在、金剛寺が紅葉寺とも呼ばれるところに、このこ頃の名残がみられます。平成元年三月 東京都北区教育委員会掲示板より引用
金剛寺に関しましては、私の別ブログにて詳しく記事にしています。興味のある方は是非ご覧ください。
金剛寺を参詣した後は、再び石神井川の歩道を散策、ここで北区音無もみじ緑地を見学しました。
北区音無もみじ緑地
石神井川の蛇行部を利用した緑地です。石神井川の崖下には、かつて洞窟があり松橋弁財天が祀られていました。現在は護岸工事が行われ、洞窟は壁の中に隠れ、松橋弁財天跡となっています。
この辺りは、名所江戸百景 第88景 「王子滝の川」で描かれています。
第88景 「王子滝の川」に関しましては、私の別ブログにて詳しく記事にしています。興味のある方は是非ご覧ください。
北区音無もみじ緑地を見学した後は、住宅地をウロウロ道に迷いながら、次の目的地を探しました。
次回に続きます。
最後まで読んでいただき
ありがとうございました。