象が転んだ

たかがブロク、されどブロク

大場政夫アナザーストーリー”その4”〜試合直前

2018年11月30日 03時05分45秒 | ボクシング

 サラテが来日した当時のオッズは、8対2で圧倒的にサラテの圧勝だったが。試合直前に来て、6対4まで縮まった。イギリスのとあるブックメーカーは、ほぼ互角のオッズをつけたほどだった。

 大場陣営はこれも想定内だった。サラテの戦歴を見れば、最初に8対2となるのも当然の事だった。しかし、大場のノンタイトルの4試合に限って言えば、スーパーフライのリミットで、世界ランカー相手に全てKOで下してた。
 故に、オッズがある程度まで切迫するのは自明でもあったのだ。

 サラテの地元のメキシコのメディアも、試合が近づくに連れ、”大場は危険なファイターだ”という評価で一致していた。アメリカのメディアは”早い回のノックアウトならサラテ、縺れれば大場”との見方を呈す。

 一方で”サラテが大場のアゴを砕くのが早いか、それとも大場がサラテの脚を止めるのが早いか”と、日本のメディアは大騒ぎした。

 独占放送権を得た日本テレビは、早速特番を組んだ。ファイティング原田や蛯原、西城正三に沼田義明ら、過去の往年の世界王者をゲストに迎え、燦々諤々の予想に火花が散る。
 西城は、”今の大場なら打ち合っても面白いんじゃないか。連打とコンビネーションでは政夫が上だろう”と語り、原田はジョフレとの死闘を例に挙げ、”打ち合ったら確実にマットに沈む、それどころか大場君の選手生命も終わる。とにかく脚を使い、執拗にジャブをボディと顔面に打ち分けるべきだ”と。

 現役のJrミドル級王者の輪島は、”でも打ち合うの見たいねえ〜。政夫くんは新しい大場をお見せすると言ってんだから”と水を差す。デュランに惜敗し、死闘を演じたばかりの石松は、”グローブはメキシコ製だし、サラテは実質フェザーだもの、パンチは重たく強いよ。俺だったら、序盤はガードを固め相手を伺うな”と、釘を刺す。
 蛯原は、大場のKO勝ちはあり得るのかな?と、苦言を呈した。

 これに関しては全員一致で、大場のKO勝ちはあり得ないという事だった。距離を詰めれば、確実にサラテの強打の餌食になるというのが一致した意見だった。


〈1〉

 大場は、計量の前日の夜、この特番を桑田トレーナーと共に、食い入るように見ていた。
 ”好き勝手な事言ってますね、みんな。まるで大人と子供の戦いみたいにね。俺もナメられたもんですね”と、照れ臭そうに笑う。
 ”好きに言わせとけよ。今回の目的はKOする事じゃなく、確実に勝つ事なんだ。ジムも相当な資金を注ぎ込んでんだからな、負けようものなら帝拳は潰れちまうぜ”、桑田は呟く。
 ”心配しないでよ桑田さん、判定でもKOでも勝つ用意はタント出来てますから”と、大場は桑田の肩を叩く。
 ”嗚呼心配はしないさ。でも帝拳の若会長はかなりビビってるぜ。長野オバちゃんがよ、必死でなだめてんのよ。政夫に見せたかったな”と、二人は笑い転げた。

 一方、サラテ陣営はこの特番の事を知りもしなかった。サラテの頭の中には、日本中が大騒ぎするビッグブートには眼中になかった。離婚の慰謝料の額だけが気に掛かり、お抱え弁護士と顔をくっつけ合うのが日常となってた。
 サラテにとっては、大場よりも古女房の方がずっと手強い相手だったのだ。
 しかし、頭を悩ませるサラテに、深い同情を示したのは新しい愛人であった。20にも満たないこのブロンド娘は、サラテを上手に操縦した。
 女はサラテの弱点を徹底的についた。彼女はサラテが望むものをすべて兼ね備えてたのだ。女が一言言えば、サラテは全て従った。

 あれ程の苦しい減量が成功したのも彼女のお陰だった。女もまたサラテと同様にスラムの出だったのだ。
 アメリカ軍人の私生児で、メキシコの貧民街の一角に新聞紙に包まれて捨てられてた。ブルーの瞳とイエローゴールドの頭髪は、神の贈り物と近所の評判だった。
 彼女は孤児院で育てられ、16になるとファッションモデルとして世界を旅した。旅する毎に男を変えた。そして出会ったのがサラテだった。
 新しい恋人は、彼女の”元彼”を一撃で粉砕した。相手はカレッジフットボールの大柄な白人男だったが、サラテの拳の前では単なる肉の塊だった。
 女は男の勇気と殺気に惚れ込んだ。男は商売道具である拳を掛けて、彼女を奪ったのだ。その勇気に女は心を奪われた。


〈2〉

 それに比べれば、大場の恋愛は大人しいものだった。小学生の時の同級生で憧れの女性がいた。でも育ちが違いすぎて、中々声を掛けれなかった。
 大場が王者になった時、一度プロポーズをした事があった。結果は、彼氏がいるからとアッサリと断られた。
 大場は荒れた、荒れまくった。夜の女を買い漁った。あまりの破天荒ぶりに、長野ハルはタイトル戦の後は海外へ連れて行った。タイトルマッチの間にノンタイトルを噛ませたのも、大場の欲情と狂気を冷ます為だった。

 大場は車を買う事も許されなかった。長野ハルはそんな不遇で破天荒な大場を何とか諭し、慰めた。日本に2台しかないコルベットを欲しがったが。長野は与えなかった。
 長野ハルは考えた。今の大場に必要なのは愛し、愛してくれる女性の存在だった。大場を一度はソデにした女性だったが、長野が遭って話してみると、実にしっかりとした女だった。

 フッた理由を”人様の顔を殴る人は、世界王者であっても信用できない”との事だった。長野は必死で女を説得した。大場が如何に彼女を愛してるか。どんなに壮絶な減量をしてるか。家族の為に全てを犠牲にして、ボクシングという彼女が野蛮だと思うスポーツに、全身全霊を掛けて打ち込んでるかを・・
 そして彼女はとうとう折れた。長野の度重なる説得というより、大場の壮絶な人生に折れたのだ。”私は政夫さんを命をかけて支えます。今以上に幸せにしてみせます”と長野に誓った。
 全くフィクションだから何でも書けますな(笑)。ケッケッケ


〈3〉

 舞台となる蔵前国技館は、試合前2時間というのに超満員に膨れ上がってた。日本列島が興奮してたせいか、9月中旬の東京にしては少し暖かくもあった。
 サラテはブロンド娘の必死の説得もあってか、老トレーナーの指示通り、大場のビデオを見せる事に成功した。
 ”とてもハンサムな顔立ちね、俳優でも勿体無い位よ。でもボクサーでハンサムって、とても危険な相手じゃない?”
 ”嗚呼、それだけ打たれてない証拠だからな。でも今晩の試合でオオバの顔はボロボロだろうよ”
 ”多少は手加減してよ、奥さんが可愛そうだわ。とにかく早いとこ倒して、楽に終わらせてね”
 ”ああ、奴が俺に勝とうなんてバカな事を考えなければな。痛い目に遭う前に沈ませてやる、俺はこう見えても慈悲深いのさ”

 二人の会話を見て、セコンド陣は安心した。大場のビデオを見るサラテの目は本気だった。サラテは本気で大場を仕留める気でいる。”恋人のゲキが効いたかな”と、老トレーナーは笑った。
 控室でもサラテ陣営には、前日までのピリピリしたものがなく、一気にリラックスムードが漂ってた。女を連れてきたのは、全くの正解だった。

 一方、大場陣営は少しだが緊張感が漂ってはいた。計量後のサラテは機嫌が良すぎた。くすんで見えた顔色は今や鮮やかに輝いてるし、減量で疲弊してた筈の肉体は、猛獣みたいな雰囲気を醸し出してた。
 大場陣営は、パーフェクトなサラテの戦歴に、改めて戦慄を覚えた。”決戦当日になると完璧に仕上げてくる。これが真の王者の姿か”、桑田トレーナーはポツリと呟いた。


〈4〉

 しかし、大場本人は至ってリラックスしていた。鏡を見ては髪型を気にし、記者を相手に愛嬌を振りまく。決戦当日と思えない程に。
 時折、会場の様子が気になるせいか、記者に尋ねる。”入りはどうなの?ちゃんと埋まってるかな”
 ”もう会場内はピリピリですよ。白井義男さん以来ですかね、こんなに騒然としてるのは”
 ”何だかワクワクしてきたな。サラテもこんな大きな会場でやった事ないだろうね。結構ビビってたりして・・”

 ”マサオ!試合前よ、少しは集中なさい。相手は殺戮鬼よ、アンタを殺す気でいるのよ。油断したら一気にヤラれるわ、私もアンタもジムも”
 長野ハルは、浮かれ気味の大場を一喝する。
 ”会長、心配ないって。試合前に政夫がこんなに機嫌がいいのは記憶にないな”、と桑田が言い放つ。 
 ”お母さん見ててよ、本物のボクシングというものを見せてやるから・・これで殴ったら奴は死んじゃうかもな”
 大場は、6オンスの薄いメキシコ製のグローブを見つめながら笑っている。



6 コメント

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tokoさん続けてです (lemonwater2017)
2018-12-04 14:36:16
第5話はもう書き終えてんですが、結構スリリングな序盤に仕上げてます。

勿論ネタはバラせませんが。

殺戮と狂気がぶつかり合うんですから、それに見合うファイトを演出するつもりです。

でも書いてるほうが興奮しまくり、まるで自分がリングに上がり、サラテと対峙してる様な錯覚に陥ってます。いい歳して困ったもんです。

tokoさんもボクシングには造詣が深いようで、これからも宜しくです。
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大場がサラテに勝つには (tokotokoto)
2018-12-04 14:15:57
いよいよ、対決のゴングですか。ここまで4話を費やしてますが。結構長かったです。

第一話で一気にゴングとも思ったんですが。流石に色んな引き出しを用意してましたか。転んだサンらしいです。

読者をその気にさせといて、焦らし焦らしまくる。そして一気に攻めこむ。

第五話で勝負となるはずですが。拳をまみえたらどんな展開を見せてくれるんでしょうか。
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Re:50代中半のおじさんです(笑) (lemonwater2017)
2018-12-02 03:03:36
鈴木さん、はじめましてです。

ホント、大場の事故死にはびっくりしましたが。

それ以上に、その事故の現場に居られたというのも、凄い偶然というか運命ですかね。

助手席においてたケーキは殆ど崩れてなかったというから、凄い衝撃だったんでしょうか。

ボクシング同様に瞬間に生きたんですね。
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60代後半のおじさんです (鈴木)
2018-12-01 22:28:50
私は大場さんの試合はテレビで観戦していました
そして東京で働いていたので首都高速で亡くなったのもテレビで知りました
日本に数台しかない外車を乗り事故に会われたとニュースで知りました
次の日仕事で高速を走ると人が多くいました車の同僚達と車の中から手を合わせた事が思い出されます
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輪島功一と会ったって (lemonwater2017)
2018-11-30 09:10:58
肱雲サン、輪島と知り合いなんですか。

凄いなあ、都会に住んでると一杯いい事あるんですね。

西城さんですが。藤原とのキックマッチ、YouTubeで見ました。流石にキックじゃ藤原が有利ですね。

個人的には、ライオン古山さんが大好きだったです。二度ほど不可解な判定でタイトルを獲りそこねましたが。あの頃がボクシングは全盛でしたね。

古山の敵とったると、少しボクシングをかじった事あるんですが、直ぐにお袋に反対された。”人様の顔殴る商売だけはやめてくれ”と。
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天才は早世す (肱雲)
2018-11-30 07:47:48
お早うッす。大場もだけど、西城正三も懐かしいね。2人とも二枚目でカッコ良かったよな~。それと忘れちゃならないのが、輪島功一で粘り強かった。彼のカエル跳びフェイント攻撃は、芸術品だった。僕が学生時代、武道練習場に輪島が突然ヒョッコリと顔を出し、主将だった僕に厳しいアドバイスをしてくれたよ。あれは一生忘れられないね~。流石、一瞬で僕等の練習の甘さを見抜き、指摘されたんだ。それと、さっきの西城の話に戻るけど、彼は僕より9つ年上の71歳になってると思うけど、キックボクシングに転向して、藤原敏男と対戦したりしてるよね。キックと言えば、「沢村忠」が一世を風靡して、真空飛び膝蹴りなんかをマジ卍、真似していたぜ。
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