【いくつになってもアン気分】

 大好きなアンのように瑞々しい感性を持ち、心豊かな毎日を送れたら・・。
そんな願いを込めて日々の暮らしを綴ります。

光の春

2009-02-08 16:16:16 | レトロ(素敵)な空間~散策


   今朝も、こんな絹のヴェールが掛かる
  幻想的な空になりました。

   そして昨夜は、頭上にお月様。
  明日(9日)が満月なのですね。

   何だかこの季節、ロマンティックの
  神様の総動員? のような気がします。

   そう言えば、2月の異称、
  『如月(きさらぎ)』 だってそうですもの。
  文字だって語感だって・・。

   さて、いつの間にか日脚も伸び、
  日溜まりの中の太陽は本当に暖かくなりました。
  そんなこんなで、ついつい春が来た・・なんて、思ってしまうのです。

   昨夜もそうですが、
  今朝も殊の外、冷えました。

   それにどうしても気が緩んでいます
  から、余計に寒く感じるのでしょうね。
  気を付けなければいけません。

   今日は小1時間ばかり、
  ご近所を散歩して来ました。

   いつもの散歩道の距離を
  少しだけ伸ばしてみたり。
  ちょっぴり外れてみるのもいいですね。

   “武蔵野に散歩する人は、路に迷ふ事を苦にしてはならない。
  どの道でも足の向く方へ行けば必ず其処に見るべく、聞くべく、
  感ずべき獲物がある。”
                      【「武蔵野」~国木田独歩】

   冒頭の写真は、
  いかにも色彩がなく、まさに冬景色です。 

   それでも太陽は有り難く、今日のような
  天候ですと、前向きに考える事が出来ます。

   ただ、昨日の今日だからかも知れませんが、
  至る所で木の切り株に遭遇してしまいます。
  それも結構、樹齢の高いものが。

   そこは昭和の香りの十分残る、昔ながらの
  住宅地ですが、それでもこのような樹木との
  共存共栄は無理なのでしょうか・・。

   どうしても葉っぱを落とす、
  広葉樹が敬遠されるようです。

   “四顧し、
  そして風の音に耳を傾けよ。”


   このように、独歩も書いているのですが・・。
  現代人は、風の音を聞くなんていう、そんな心のゆとりさえも、
  失してしまったのかも知れませんね。

    こちらは、お隣の枝垂れ梅です。
   いつの間にかこんなに咲いています。
  
    青空に白い花が映えていますね。
   プ~ンと芳香付きです。

    そして、お向かいの家では、
   いよいよ沈丁花が出番を待ち・・。
  
    このように、あちこちで自然のアロマが
   開幕の時を待っているようです。
   春の足音がひたひたと・・。     

早春の貌

2009-02-07 19:00:00 | 路傍の花~道草


   今朝は、こんな雲一つない
  夜明けを迎えました。

   従って案の定と言いますか、
  かなり冷えました。

   と言っても、居間の温度計は、
  10度を少し上回った所で止まって
  いるのですが・・。

   日中は写真の通り、↑ 
  晴れ渡り、ぽかぽか陽気に。
  
   この季節になると、毎年のように
  思い浮かぶのは、「春は名のみの風の寒さや・・」~
  「早春譜」 のメロディーです。

   暦の上ではもう春ですが、
  まだまだ風は冷たく、
  なかなか春を実感出来ません。

   この歌の詩は、
  まさにぴったりで、心に沁みますね。

   『赤毛のアン』 にも、
  “春は詩人になれる・・” という、
  フレーズがありますが、日本でも、
  万葉の昔からそうだったようですね。

   どうやら春を待つ気持ちは、
  世界共通のようです。

   「春隣」 「春淡」 「春遠からじ」 「明日の春」 等など・・。
  美しい言葉が並びます。
  と同時に、やはり人々の待ち切れない春の希(ねが)いが、伝わって来ます。

   さて、本当に久し振り・・ 
  道草です。

   行きは、コートにマフラー姿
  ですと、暫くすると暑い位でしたが、
  帰りはさすがに風が冷たくなって
  います。

   まだまだ冬枯れの野原。
  それでも今日は、お天気が良いので
  前回ほど色彩がない・・なんて、
  感じずに済みました。

   それに、ふとした拍子に、
  光が緩んでいるように感じたり・・。そんな中・・行きつ戻りつした甲斐がありました。

   今年最初の、水色の小さな花、「オオイヌノフグリ」(別名:星の瞳)を発見。
  しかも群生しています。それでも・・。

   “こんなに早く咲くものなの・・?” なんて、嬉しいクセに思ってみたり・・。
  その心は、複雑です。そして、そして・・。

   通りすがりにいつも眺めていた、桜の木。
  “冬芽は・・?” なんて楽しみにしていましたら・・。な、何と根元からバッサリ。

   私達がこちらに越して来るずっと前からここにありましたのに・・。
  なぜか、この木だけは大丈夫、なんて思ってもいましたのに。
  これで犠牲になった? 桜の木は3本です。

   “その春、ベル氏が残酷にも裏手のあの小さな木の塊を
  切り倒してしまったからである。
   アンは、木の切り株に座って泣いたが、
  そのロマンティックな味も感じない訳ではなかった。”
   

無言の呟き

2009-02-06 16:16:16 | 趣味の器(壺)~その他

「ゼラニウム」

   写真で眺めますと、いかにも
  冬の空・・と言った今朝の空ですね。

   それでも起床時の居間の気温は、
  13度。暖かい朝となりました。

   雲一つない空という訳では
  ありませんが、雲間から今日も
  太陽は力強く輝いてくれています。

   午前中は、そんな空でしたが・・。
  今では全く雲は視界にありません。

   今日も、ちょっぴり 『アンの世界』
  2月を覗いてみましょう・・。

   “・・・太陽は低くクリーム色をしており、雪は白く、
  影はほっそりして青かった。
   木の影ほど美しいものはないと思う。
  そして庭に入った時、私の影はいかにも滑稽に見えた ――
  長く向こう端まで伸びている。・・・”
            【「エミリーはのぼる」 第2章】



   さて、私が壺が大好きな事は、
  先日もお伝えしましたね。

   これら壺に、こんなにも惹かれる
  のは、一体どうしてでしょう。

   一言では、なかなか言えませんが、
  時を静かに重ねたものの重み・・
  人の手になるもの独特の、無言の
  温もりを感じるから・・でしょうか。

   スッと背を伸ばしたもの、
  厚ぼったくて、ずんぐりしたもの。
  様々です。

   少々、ずれていたって歪んでいてもいいのです。
  手作りのこれら一つ一つを眺めていると、心が安らぎ落ち着きます。

   そして、なぜか無言の信頼も感じたりして・・。
  まさに壺に囲まれ・・眺めて、触れて・・癒されるのです。

   こんな風に記していながら・・これはそのまま、“和” に通じますね。
  昔の家具や道具類にも当てはまります。

   そう言えば、実家の物置の片隅に、埃をかぶって置いてあった木の米びつ。
  中を開けてみましたら・・。

   それこそ、いつのものやら分からない? 古~いお米が出て来たものです。
  でも、変色はしているものの、虫が付いていない事に驚いた事を思い出しました。
  聞けば、ヒノキで作られているとか。これも先人の知恵なのですね。

   横に細長いので、場所を取りますし、その時は考えてもいませんでしたが、
  何かに使えそうです。見せながら収納・・というのも良さそうです。

   そうそう、先日の 【普段使いの壺】 は、水瓶でした。
  瓶(カメ)と言うように、それは呼吸しているのです。
  今の家屋には、食品を入れなくても、置いてあるだけで存在感を感じます。 

春の序曲

2009-02-05 16:16:16 | 心の宝石箱


   “寒い!” と思って目覚めましたら・・
  今朝の起床時の居間の温度は10度。

   10度で寒いなんて言っていましたら、
  北国の人に笑われてしまいますね。

   でも、今年はまだ10度を下回る事は
  ありません。

   今朝も、薄い絹のヴェールのかかる
  朝となりました。

   雲一つ、ありませんので、
  冷えた筈ですね。でも日中は、今日もぽかぽか陽気。

   これが夏の朝でしたら、まず朝顔に朝の挨拶・・というのが定番ですが、今の季節は三色菫。
  その三色菫にも、冒頭の写真のように笑顔が多く見られるようになりました。

   “・・・しかし東屋あずまやの段々に座り、ジミーさんが育てた
  大輪の紫色の 三色すみれ をじっと見つめて5分もしたら、
  腹立たしさがすっかり消えてしまった。
   誰でも、ほんのしばら三色すみれ を眺めていれば、
  怒ってはいられなくなる。・・・”
               【「エミリーはのぼる」 第2章】

   本当に三色菫のあどけない笑顔は、天真爛漫と言うか・・眺めていますと、
  こちらの心までパッと明るくなります。
  花に癒されるって、こういう事を言うのでしょうね。


 
   ところで、先日来から読んでいました、夏樹静子著 『量刑』
  一昨日読了しました。さすがに面白く、最後まで堪能したものです。

   それにしても、彼女の文体は品性に溢れています。
  おまけに、推理小説と一言では片付けられないような、社会性に富んだ、
  問題提起させてくれる、数多くの作品を世に送り出しています。

   今回の作品が、いい例ですね。裁判官が 『量刑』 を決める事の難しさ・・。
  本職の裁判官さえそうなのですから、素人の裁判員でしたなら・・。
  ~なんて。色々、考えさせられる小説です。

   その他に・・。今、サッと思い付くものでは、『白愁のとき』 、
  『家路の果て』
でしょうか。

   『白愁のとき』 は、働き盛りを襲った、アルツハイマー病を描き、
  『家路の果て』 では、折角求めたマイホームが欠陥住宅。
  住宅ローンに喘(あえ)ぐ家族の悲劇を描いたものでした。

   とは言え、最近の私は十八番(オハコ)の推理小説でさえ、
  ほとんど手にした事などない始末。

   と言うか・・怖いものに対して、敬遠気味だった事は事実です。
  最近では、なぜか、のんびり・・癒し系ばかり。そして、最後はハッピーエンド。

   そんな私が又々、取り出したのは同じ夏樹静子著 『クロイツェル・ソナタ』 です。
  音大を目指し、バイオリンの練習に日々、励んでいた少女が拉致され・・。

   かなり戦慄的な内容ですが、旧知の地名などが出て来て懐かしさもほんの少し・・。
  これからどんな展開になるか楽しみです。

愛の妖精の舞う季節

2009-02-04 17:00:58 | 四季のスケッチ


   昨日は、一旦日の出を見た後、
  午後になって、
  いつの間にか降り出した雨でした。
  それは春の雨のようにしっとりと・・。

   今朝は、その雨も上がり、このように
  力強い日の出を見る事が出来ました。

   この時は、まだ雲がありますが、
  その後、全く雲はありません。
  久し振りの青空です。

   こうなると日溜まりは・・。もう春!
  2月は、まだ始まったばかりですが、
  希望の月ですね。アンだって、こんな風に言っているではありませんか。

   “まだ 2月 です。「修道院の屋根には雪が月に輝いて」 おります。・・・
  でも、あたしはこう考え始めております。
   「後もう2、3週間で春になる。
  それから又、何週間かすると夏になる ―― それからお休みになり ――
  グリーン・ゲイブルズや ―― アヴォンリーの牧場に降り注ぐ 金色
  日光や、夜明けには 銀色 になり、正午には サファイア色 になり、
  日没には 真紅 に染まる湾や ―― それからあなたに会える」 と。”

                                         【「アンの幸福」最初の1年11.】

   それにしても、『アンの世界』 には、何と素敵な色が飛び交っているのでしょう。
  金色や銀色、はたまたサファイア色の日光に、真紅に染まる湾ですか・・

   ただ、春は待ち遠しいけれど、そんなに早く来て欲しくないような・・。
  それでなくても、アッという間に月日が経ってしまうのですから。
   
   さて、翻って日本の2月・・。
  まだまだ寒さは厳しいけれど、陽射しの中には、
  そこはかとなく、春を感じる事の出来る季節になりました。

   昼と夜の間にある、曖昧な時間。「逢魔が時」
  こんな時間を含む、黄昏時も一時に比べれば、いつの間にか長くなり・・。

   以前より、楽しめるようになった気がします。
  たったそれだけの事なのに、随分得をしたような不思議な気分。

   これをそのまま2月に置き換えれば、冬と春の曖昧な月・・と、
  言ってもいいのかも知れません。

   「逢魔が月」? それにしても、さすが、日本。
  こんなにも詩的で、ちょっぴりスリル? ある言葉もあるのですね。

   そして、2月と言えば、言わずと知れた、「聖バレンタインの季節」 でもありますね。
  気楽に考えれば、これも又、素敵ですよね。

   別に胸時めく男性でなくったって、日頃、お世話になっている方とか・・
  カードなんか添えたりして・・。心弾む、素敵な事だと思うのです。
  それに、プレゼントを選ぶって、大層楽しい事ですもの。

   どんな事であれ、ウキウキしませんこと・・?
  欧米のバレンタインのように、深い意味を伴わないプレゼント。
  知らん顔して、パスするよりも余程、楽しいような気がします。

気が付けば、春の隣・・

2009-02-03 17:17:17 | 四季のスケッチ


   今朝は、薄らと霧がかかり、
  こんな幻想的な朝となりました。

   毎朝の空を眺めるのが、私の
  楽しみの一つとなっていますが、
  本当に様々な顔を見せますね。

   今日のように幻想的な空があるかと
  思えば、くっきりはっきり鋭角的な空。

   見渡す限り何もない青空があるかと
  思えば、厚い雲に覆われた空。

   又、一面の真珠色の空だったり・・。
  居ながらにして、こうして夜明けの空を眺める事の出来る幸せを思います。

   もし、これで西の空が見渡せたと
  すれば・・。想像するだけで、
  もう、ワクワク!!

   そう言えば・・アンが、サマーサイド
  中学校長として赴任した柳風荘の塔の
  部屋では両方、見渡せましたものね。

   柳風荘ウィンディ・ウィローズを去るのが
  悲しくてたまりません。・・・
  ここにいる時のように、
  風と仲良しになる事は、
  又とないのではないかと思います。
  又、朝日と夕日の両方を見られる部屋に住む事が、
  この先あるかしら?”
               【「アンの幸福」 第3年目 14.】

   私と来ましたら、いつもの事とは言え、
  朝の空の事で、こんなにも誌面を割いてしまいました。

   本来なら一番最初に記さなければなりませんのに・・
  遅ればせながら・・今日は、『節分』 ですね。

   言うまでもなく、「鬼は外、福は内!」。
  でも、昔話に出て来る鬼は、(挿絵なども) 何とユーモラスなのでしょう。
  尤も本来の鬼は、怖いのでしょうけれど。

   とは言え、鬼に因んだ諺(ことわざ)って沢山ありますね。
  それだけにある意味、愛されて? いるのかも知れません。

   「鬼が笑う」 「鬼の居ぬ間に洗濯」 「鬼の目にも涙」
  「鬼も十八、番茶も出花」
等など・・。

   鬼の語源は、「隠(おん)」 とか。姿の見えないものは、怖いという事なのでしょうね。
  心の中の鬼・・も、この機会に追い出してしまいましょうか・・。
  ところで、「狂言」 には、こんな話もあるようですね。

 
 節分の夜に蓬莱の鬼が来て、小歌を歌い、女を口説く。
女は妻になると偽って、隠れ笠、隠れみの、打ち出の小槌を取り、
「鬼は外、福は内」と豆を撒くので鬼は逃げ去る。


   そうそう、節分には、柊(ひいらぎ)の枝に、鰯(いわし)の頭を刺した物を戸口に立て、
  鬼打豆と称して炒った大豆を撒く習慣があるそうですが、皆さんの所ではいかがですか?

謙虚な花

2009-02-02 16:16:16 | 四季のスケッチ

「ヒマラヤ雪の下」

   昨日もですが今朝も、
  随分寒いと思って目覚めた割には、
  拍子抜けの起き抜けの気温。

   無理もありませんね。
  この所、春のような天気が続いて
  いたのですもの。

   おまけに太陽にも、
  あまり力強さは感じられません。

   そして、カレンダーもいつの間にか
  2月になってしまいました。

   2月と言いますと・・。
  外は、まだまだ寒いけれど、光も幾分和らぎ、
  そこはかとなく春を感じる季節です。一方、こちらは 『アンの世界』 の2月。
  「想像の余地」 を十分感じる描写ですね。
  
   2月 のある晩のこと・・・雪が微かに窓に当たり、
  例の途方もなく小さなストーブは真っ赤に燃えた黒猫のように、
  ごろごろ音を立てていた。・・・”
             【「アンの幸福」 最初の1年9.】

   ただ、冬ではありますが、全国的に暖かくなっている事だけは間違いないようですね。
  温暖化の影響でしょうが、様々な所で異変をもたらしているようです。

   例えば桜の開花。この50年で平均4、2日早まっていると言います。
  花の開花には、冬の寒さが関係しているそうですね。

   異変と言えば、桜便りにも・・。
  桜の開花は、南から・・というのが通例ですが、
  ここ20年ほどは鹿児島などでは、逆に開花が遅れているそうです。

   従って最近では、東京辺りから南下して行く事もあるとか。
  桜前線にも変化が生じて来つつあるのですね。

   それというのも、冬に厳寒の日が少なくなったため、
  花芽が目を覚まさなくなってしまったそうです。(鹿児島)

 (桜の)花芽は、前年の夏頃形成され、その後眠ってしまう。
それが冬、一定以上の冷気にさらされるとびっくりし、
蕾を膨らませる準備にかかる。~「休眠打破」 という植物のメカニズム
 ~(昨日の新聞より)   


   さて、冒頭の写真は、先日も登場した 「ヒマラヤ雪の下」 です。
  一際、大きな葉っぱに似合わず、可愛らしい小さな花。
  先日は、まだ蕾でしたが、その花が開きました。

   ただ、この花・・他の花の葉っぱの下や、陰に姿を潜めるように咲いています。
  「ヒマラヤ雪の下」 という、ロマンティックな名前の通りの花なのですね。
  それにしても、日本の 「雪の下」 とは、全然趣の違う花ですね