5月9日
阿蘇市の小中学校は今日から平常日課に戻ります。
ただし、給食センターの一部破損による影響で、完全給食とはいかないらしい。
食パンとココアパンに牛乳、ジューシーと他にもう一つ。調理したものは出ないということです。
食パンとココアパンは色が違うだけじゃねぇ?という声も。
学校も大変なのだ、と震災の影響を考えてしまいます。
阿蘇では5日に、震度4の揺れが10分間に2度ありました。
さすがに2度目は外に出ました。揺れた直後の同じような揺れでは、家の強度が心配でした。
その後は、震度3が一度あり、あとは震度1~2が数回あっています。
地震というのは、精神的ダメージが大きく、
静かな夜に、ドンという車のドアを閉める音が、地震前の地鳴りではないかと一瞬身構えたり、
揺れに対する感覚が過敏になって、眠りが浅くなったりします。
阿蘇地方では、気候が熊本市内などに比べて冷涼なので、一月以上早く田植えをします。
しかし、今年は例年になく遅いのか、それとも水路などの被害が大きいのか、
水を張った田んぼが半分以下です。
毎年5月中旬には、水を張った田んぼに写る阿蘇五岳の涅槃像が美しいのですが、
今年はそれも望めそうにもありません。
そろそろ被害の実態が報道され始めましたが、その中で、
震度6弱を経験した被災市町村民の割合は県民の8割に上るそうです。
かってない数字だそうで、危険判定された住居は1万5千棟に及び、
阪神、中越震災の約3倍になるそうです。
熊本震災が非常に広範囲に渡っていることが伺われます。
大学の先輩の家もイエローカードが出ているそうで、
現在、一間でもいいから、風呂のあるアパートを探しているそうです。
水はそこまで来ているが、宅地内の配管が破損して止水栓を開けない。
修理業者はどこも手一杯でいつになるか分からないという状況です。
積み重なる疲労とストレスで身体をこわさないようにと、
慰めにもならない言葉をかけて電話を切りました。
ひび割れた道路は日増しにそのヒビの幅を広げ、
国道はいち早く修して回っているのですが、県道は後回し、
市道になると果たして修理できるのかさえ見通せません。
地盤の陥没による用水路の段差は、ひどいところになると1メートルもあり、
流れるはずの水が段差を越えられず、本来下流からの逆流さえ考えられ、
溜まりに溜まって、付近の家は浸水にまで脅かされるのです。
これからの雨の季節に、阿蘇は戦々恐々です。
黒川水域は堤防の破損や地盤の沈降により、危険水量を1段階下げると言われています。
今までより少ない水量で川の氾濫があり得ると言うことです。
4年前の九州北部水害の爪痕もまだ完全に復旧していない中、
またあのような悪夢に襲われたら、もう立ち直れないでしょう。
自然災害のパンチに、2度のダウンからは立ち上がっても、3度目にはもう力が残らないかもしれない。
先日スーパーで、以前通っていた南阿蘇村立野にある床屋のご主人と会った際、
そのような話をしたことでした。
彼も水害の土砂崩れと今回の地震の被害者です。
前を向かなきゃ始まらないというのは分かっています。
しかし、年金生活を強いられる老人や、復旧のめどが立たない経済状況の人間には、
前を向く気力も材料もないのが事実です。
これからは県を上げて復旧に取り組んでいくことになるでしょうが、
弱い立場の人々が、そこから取り残されないよう、
行政だけでなく、近くにいる我々も心を配らねばならないと思います。
地震もだいぶ収まってきているように思います。
まだまだ書き足りないことはたくさんありますが、
熊本震災と私の状況については、一応これで報告を終了します。
阿蘇市の小中学校は今日から平常日課に戻ります。
ただし、給食センターの一部破損による影響で、完全給食とはいかないらしい。
食パンとココアパンに牛乳、ジューシーと他にもう一つ。調理したものは出ないということです。
食パンとココアパンは色が違うだけじゃねぇ?という声も。
学校も大変なのだ、と震災の影響を考えてしまいます。
阿蘇では5日に、震度4の揺れが10分間に2度ありました。
さすがに2度目は外に出ました。揺れた直後の同じような揺れでは、家の強度が心配でした。
その後は、震度3が一度あり、あとは震度1~2が数回あっています。
地震というのは、精神的ダメージが大きく、
静かな夜に、ドンという車のドアを閉める音が、地震前の地鳴りではないかと一瞬身構えたり、
揺れに対する感覚が過敏になって、眠りが浅くなったりします。
阿蘇地方では、気候が熊本市内などに比べて冷涼なので、一月以上早く田植えをします。
しかし、今年は例年になく遅いのか、それとも水路などの被害が大きいのか、
水を張った田んぼが半分以下です。
毎年5月中旬には、水を張った田んぼに写る阿蘇五岳の涅槃像が美しいのですが、
今年はそれも望めそうにもありません。
そろそろ被害の実態が報道され始めましたが、その中で、
震度6弱を経験した被災市町村民の割合は県民の8割に上るそうです。
かってない数字だそうで、危険判定された住居は1万5千棟に及び、
阪神、中越震災の約3倍になるそうです。
熊本震災が非常に広範囲に渡っていることが伺われます。
大学の先輩の家もイエローカードが出ているそうで、
現在、一間でもいいから、風呂のあるアパートを探しているそうです。
水はそこまで来ているが、宅地内の配管が破損して止水栓を開けない。
修理業者はどこも手一杯でいつになるか分からないという状況です。
積み重なる疲労とストレスで身体をこわさないようにと、
慰めにもならない言葉をかけて電話を切りました。
ひび割れた道路は日増しにそのヒビの幅を広げ、
国道はいち早く修して回っているのですが、県道は後回し、
市道になると果たして修理できるのかさえ見通せません。
地盤の陥没による用水路の段差は、ひどいところになると1メートルもあり、
流れるはずの水が段差を越えられず、本来下流からの逆流さえ考えられ、
溜まりに溜まって、付近の家は浸水にまで脅かされるのです。
これからの雨の季節に、阿蘇は戦々恐々です。
黒川水域は堤防の破損や地盤の沈降により、危険水量を1段階下げると言われています。
今までより少ない水量で川の氾濫があり得ると言うことです。
4年前の九州北部水害の爪痕もまだ完全に復旧していない中、
またあのような悪夢に襲われたら、もう立ち直れないでしょう。
自然災害のパンチに、2度のダウンからは立ち上がっても、3度目にはもう力が残らないかもしれない。
先日スーパーで、以前通っていた南阿蘇村立野にある床屋のご主人と会った際、
そのような話をしたことでした。
彼も水害の土砂崩れと今回の地震の被害者です。
前を向かなきゃ始まらないというのは分かっています。
しかし、年金生活を強いられる老人や、復旧のめどが立たない経済状況の人間には、
前を向く気力も材料もないのが事実です。
これからは県を上げて復旧に取り組んでいくことになるでしょうが、
弱い立場の人々が、そこから取り残されないよう、
行政だけでなく、近くにいる我々も心を配らねばならないと思います。
地震もだいぶ収まってきているように思います。
まだまだ書き足りないことはたくさんありますが、
熊本震災と私の状況については、一応これで報告を終了します。
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