ひねもすのたりにて

阿蘇に過ごす日々は良きかな。
旅の空の下にて過ごす日々もまた良きかな。

名も知らぬ駅に来ませんか 18

2021年05月17日 | 「名も知らぬ駅」に来ませんか
ファジーネーブル

「こんばんは」
複数の声がして、先頭で入ってきたのは馴染みの高山さんだった。
「おや、今夜はお三人ですか?」私が声を掛けると、
「ええ、空いていますか?」と高山さん。
「ご覧の通り大丈夫ですよ。予約も入っていないので、ごゆっくりどうぞ」
先客に一つ席を詰めてもらい、並びの3席を作って座ってもらった。

高山さんの隣に同年配か少し年下の女性、その向こうに前頭部が薄くなりかけた男性が座った。
「マスター、僕はマッカランをロックで。君らは何がいい?」
二人の方に顔を向けて高山さんが訊いた。
「何がお勧めかな?」連れの男性が私に声を掛けてきたので、
「そうですね。無難なところでソルティドッグはいかがでしょう」
「じゃあそれで」
「承知しました」とマキちゃんの方に顔を向けると、頷いてグラスを準備し始めた。
「由布さんはどうする?」高山さんが隣の女性に問うと、
彼女は落ち着いた様子で私の方に、
「甘いカクテルを頂けますか。あまり強くない方がいいけど」
「桃はお好きですか?」私が訊くと、
「大好きです!」こっくり頷いて微笑んだ。
「では、ファジーネーブルをお作りします」

「今日は中学卒業25年記念の同窓会がありましてね、その流れなんです」と、高山さん。
「それにしては人数が少ないですね」と私。
「2次会でバラバラになって、3人でここに流れ着いたんです」
「うちは港ではなく駅ですから、流れ着くというより、終点に着いたというところでしょうか」
「それもそうだ。で、向こうのムサイのが松田、隣がゆうさん。由布と書いてゆうですね。実はこの3人は中学3年間同じクラスだったんです」
「仲良し3人組ですね」
と言って、由布さんの前にファジーネーブルのロンググラスを置く。

ファジーネーブルは、ピーチリキュールにオレンジジュースを注いでステアする。
ピーチのリキュールにオレンジジュースを加えるので、
ピーチなのかオレンジなのか、その味の曖昧さをファジーと表現して命名したと言われている。
甘くて飲みやすい上に、アルコール度は低いので、女性好みのカクテルとしては人気がある。
ピーチリキュールのレシピでは王道である。



マキちゃんが作ったソルティドッグとマッカラン・ウイズ・アイスが、松田さんと高山さんの前に置かれる。
3人のグラスがそろったところで、
「乾杯!」とそれぞれのグラスに口をつける。
「おいしい!」由布さんはそう言って、私の方に顔を向けると、にっこりと頷いた。

今年40才になる高山さんは、フランチャイズ展開しているコンビニチェーンのオーナーで、
業績はまあまあだが、最近は人手不足で店員の確保が大変だと嘆くことが多い。
それとなく話を聞いていると、松田さんは熊本市内の会社の課長クラスで、
由布さんは、個人営業のフラワーコーディネーターというところのようだ。
3人ともそれぞれの家族があり、男女2人の子どもと、その内の一人が中学2年生というのも共通しているそうだ。

「俺たちの中学時代と比べると、今の中学生は理解を超える存在だよな」
松田さんの言葉に、他の二人も深く頷いている。
それはいつの時代もそうなのだ。
特に変化の激しい今の時代に生きている子どもたちには、ゆっくり安らげる時間さえままならないのかもしれない。
子どもへの愚痴話で盛り上がっていたが、2杯目のグラスを空けた頃から、松田さんが睡魔に襲われ始めた。
高山さんに指を指されて松田さんの方を見た由布さんは、
「クスッ」と笑った顔を高山さんの方に振り向かせた。

その笑い声が聞こえたのか、松田さんがカッと目を開いて、
「オレ、帰るわ」と言うや、
立ち上がって、覚束ない手つきで財布を取り出し、千円札を数枚出して、それを
「高山、これでいいか」と言ってカウンターに札を置いた。
「今勘定してもらうからちょっと待てよ」と、高山さんが私に目配せをする。
私が勘定書きを書く前に、
「いいから、お前はもうお少し由布さんを接待しろ」
「いやいや、そういうわけにはいかんだろ」と言う高山さんの袖を引いた由布さんが、
「いいじゃない、せっかく松田君がああ言ってくれているんだから」と言い、
その由布さんの顔をじっと見た高山さんが座ると、
「じゃあな」と松田さんは二人に手を上げて帰って行った。

由布さんのおかわりは、再びファジーネーブルだった。
高山さんは3杯目のマッカラン。
「由布さん、家の方は大丈夫なのかい」
「旦那がいるから大丈夫よ。高校生の娘も帰っているし、こう見えても時々女子会で飲み歩きしているのよ」
「へ~え、中学生の時、僕のマドンナだった由布さんが飲み歩きかぁ」
「幻滅した?それより、高校生になったとき、高山君をデートに誘ったけど相手にしてくれなかったじゃない」
「いやぁ、あのときは本当に意外で、思い人から誘われるというのが想定外で、狼狽えて首を横に振ったんだよ」
「そんなことだと思ったわ。高山君は昔から自己評価が低かったよね。女子の間では結構評判よかったのに」
「まさか!」
「本当だってば」
「もう一度誘ってくれたら、今頃は稼げる女房を持って、左うちわだったのか。残念なことをしたなぁ」
「フフッ、残念だったわね。美人の妻と左うちわを逃がしてしまって」
「仕方ないさ、人生なんて何処でどう変わるか誰にも分からないよ」
「そうね、仮定の人生を羨んでもどうしようもないわね」

「由布さんにお願いがあるんだけど、高校生の娘さんに、うちの店でバイトをやってくれないかな?」
現実に戻ったように高山さんが訊くと、
「娘の学校ではバイト禁止なの」
「そうか、じゃあ無理だな」
「娘の部活の先輩だった子が今年から大学に通っているから、その子に訊いてあげるわ。私もよく知っている子だから」
「よかった。頼むよ。これで今夜の同窓会に来た甲斐があったというもんだ」
「なに言ってんの。かってのマドンナに会えたのが一番の収穫だったんでしょ」
からかうように笑顔で言った由布さんに
「そうそう、もちろんそれが一番さ」
とこれも笑って答えた高山さんは、
「マスター、お勘定お願いします」

松田さんも含めた割り勘で支払いを済ませた二人は、にこやかに店を後にした。
その後、二人に何か発展があったのか、ですって?
さあ、それはどうでしょうか。
結構いい雰囲気ではありましたが、ご期待のような方向に行くのとはちょっと違うような。
気になって仕方ない!と。
では、一度「名も知らぬ駅」にお出でになって、本人に確かめてみますか

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