古賀茂明「安倍政権の戦略ミスで電気自動車は世界最後尾の日本 トヨタ社長の涙の意味」
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7月6日、フランスのマクロン政権が2040年までにガソリン車・ディーゼル車の販売を禁止すると発表した。「なんだ、これから20年以上も先の話か」と思うかもしれない。しかし、現在、フランスの自動車生産台数のうち、ガソリン車・ディーゼル車のシェアは95.2%。HV(ハイブリッド車)は3.5%でEV(電気自動車)は1.2%に過ぎない(日経新聞)。「ゼロ」にするという国家目標は、現状から見ると極めて野心的と言ってよいだろう。
もちろん、7~8日のG20首脳会議に向けた一つのパフォーマンスという色彩も帯びてはいるが、ルノー、PSAという2大自動車メーカーの大株主がフランス政府であることを考えれば、単なるパフォーマンスではなく、官民一体で大きな目標を掲げたと見た方が良い。マクロン大統領のリーダーシップにまずは賛辞を送りたい。
フランスのことを褒めたが、実は、さらに先を行こうとする国も増えている。ドイツは、まだ上院だけだが、2030年までのガソリン・ディーゼル車販売停止を決議しているし、オランダやノルウェーなどでも25年ごろを目標にガソリン・ディーゼル車販売を禁止する動きがあると報じられている。アジアではインドで「30年までに販売する車をすべてEVにする」という担当大臣の発言もなされている。プラグインハイブリッド(PHV)も禁止ということなら、最も厳しい目標かもしれない(いずれも日経電子版)。
■電気自動車は中国が先行し日本は最後尾
世界一の電気自動車大国はどこかと聞かれたら、日、米、独、仏などの国が頭に浮かぶ方が多いだろう。
しかし、現在、この分野では、実は中国がダントツの1位だ。その中国が、普通のハイブリッド車をエコカーとは認めず、助成措置を止めることになった。対象をEV、燃料電池車、PHVなどのエコカーに絞り、19年以降、一定のEV販売を義務付ける規制も導入することにより、一気にEV大国への道を駆け上がる戦略だ。
一方、米国では、EV専業の新興メーカー、テスラ社が圧倒的強さを誇り、今年からEVの普及モデル、3シリーズを発売する。1回の充電での航続距離は300キロを超え、価格も安い。来年からはEV全体で一気に年産50万台を目指すとされ、その成長性には大きな期待がかかっている。
GMやフォードも日本メーカー同様テスラや中国に後れを取ったが、昨年の早い段階から、急速にEVシフトを進め、EV専用ブランドを立ち上げたり、航続距離500キロのEVなどを次々と発表して、テスラを必死に追いかけている。
トランプ大統領がパリ協定離脱を表明するなど、環境規制に後ろ向きなのが気になるが、カリフォルニア州などは18年からエコカーの認定対象からハイブリッド車を除くなど、さらなる規制強化を実施する予定で、EVシフトの流れは米国でも加速すると見られている。
欧州でも、ディーゼルの燃費不正問題を機に、日本より一足先にEVシフトが加速している。ドイツのダイムラー、BMW、フォルクスワーゲンの3大自動車メーカーもディーゼルに見切りをつけて、EV専用ブランドや航続距離500キロのEVを発表し、EVシフトを鮮明にしている。
フランスのルノーは航続距離を400キロまで延ばしたモデルをすでに販売しているが、マクロン政権のガソリン・ディーゼル車販売禁止宣言は、そうした流れをさらに確固たるものにするだろう。
こうした流れを受けて、中堅メーカーにも大胆なEVシフトを進めるところが出ている。中国メーカー傘下に入ったボルボ・カーは19年以降ガソリン、ディーゼル車の販売をやめると発表し、市場を驚かせた。
今後のEV普及の見通しは各種機関が発表しているが、改訂されるたびに、そのスピードが加速している。
特に、EVのコストの主要部分を占める電池の技術進歩とコスト削減のスピードは予想をはるかに上回っており、すでに18年には、通常のガソリン車とEVを比較した場合、ほぼ同等になるという予測も出されている。販売価格はEVの方が高いが、その後の燃料費やメインテナンスコストを合わせるとその分を補うほどコストが安くなるということだ。
■日本の「エコカー」は「化石」
世界中がEVシフトの政策を進める中で、日本はほとんど化石のような政策を続けているのが実情だ。
「エコカー減税」という言葉をかなりの方が聞いたことがあるのではないかと思う。「エコカー」に認定された「環境にやさしい」新車を買えば、それに対して、自動車取得税や重量税などが減免されるという制度だ。
そう聞けば、誰もが、エコカーとして認められる自動車は、販売される自動車のごく一部であると思うかもしれない。ところが、これが全くそうではない。
実際には、2016年度までは、新車の9割が「エコカー」減税の対象となっていた。つまり、平均よりもはるかに燃費が悪く、排ガスをたくさん出す車でも「エコカー」とされていたのである。諸外国が、環境規制を強める中で、これはいくら何でもひどいだろうという批判が高まり、自動車業界に天下りを多数送り込んでいる経済産業省もこれを100%守ることはできないと考えて今年からその対象を絞ることにした。
しかし、どれくらい絞ったかというと、2017年度からは新車のうち約8割、2018年度から約7割を対象とすることにしたのである。依然として、平均よりかなり悪い、環境を汚すクルマでも対象とするということだ。
もちろん、これは、経産省が天下り先確保のために、自動車メーカーを1社残らず守ろうとしている結果である。フランスなどが20年以上先の目標を定めて強力にEVシフトを政策的に推進しようとしているのとは正反対の動きだ。
そんな中で、今の日本の自動車産業の状況を如実に示す出来事が二つあった。
一つ目は、トヨタの株主総会だ。トヨタの16年度決算は減益。17年度も減益予想である。神妙な面持ちでトヨタ経営陣が、その報告と今後の経営戦略を説明したのに対して、株主からは、将来を不安視する質問が出された。世界最強の自動車メーカーとして盤石の地位を築いてきたトヨタであってもその状況はかなり心配だということだろう。「東洋経済」によれば、総会最後の豊田章男社長の締めの言葉は、「株主からの応援にも近い質問にこみあげるものがあったのか、涙ぐみながらの挨拶となった」そうである。
これは、いかにトヨタが苦境に立たされているかを物語る。トヨタは、従来、将来のエコカーは水素を使う燃料電池車だと断定して、その開発に集中して来た。しかし、現実には、電気自動車シフトが世界の流れとなり、昨年秋に、やむなく、EV開発に舵を切った。その時も、世界トップメーカー、トヨタの意地なのか、EVも含めて何でもできる体制を整えるというような、負け惜しみの発表をしている。
もう一つの出来事は、トヨタが、EVのトップランナーであるテスラ社の株式をすべて売却したということを半年間も隠していたことが判明したことだ。トヨタはテスラ社の株を3%所有して、協業を目指してきた。その株を2%売却したことまでは知られていたが、最後の1%も2016年末までに売却したことを6月になって新聞各社が報じたのだ。
たかが1%の株の話かと思う方もいるかもしれないが、実は、これが大きな話なのである。それに私が気づいたのは、これを報じた日経の第一報とその半日後に出された記事の見出しとその内容のトーンが全く逆転していたからだ。
最初の記事配信時刻は、6月3日10時27分、その見出しは「トヨタ、テスラ株すべて売却 EV協業見込めず」というものだった。これを見ると、トヨタはEVで協業したかったのだが、それがうまく行きそうにないから、仕方なく株を売ったというように読める。また、記事本文では、「16年末までに手放したもようだ」となっていて、トヨタの正式な確認は取れていなかったことがうかがわれる。さらに、「14年にテスラが電池供給を打ち切ったため、トヨタは一部テスラ株を売却」と書かれていて、今後のEVの競争力の重要な要素である電池の供給をテスラに打ち切られたと読める。普通に解釈すれば、EV開発で先行するテスラに出資して保険をかけていたトヨタが、結局テスラの事業が成功するにつれて相手にされなくなり、電池の供給まで止められ、まったくメリットが無くなったので、やむを得ず株を売ったということになるだろう。
ところが、その約12時間後の22時47分配信の記事では、トーンも内容もがらりと変わる。その見出しが「トヨタ、テスラと決別 全株売却しEV独自開発を加速」と変わり、記事の内容でも、テスラによる電池の供給停止ではなく、「車開発で優先する項目の違いなどから、14年にはテスラからの電池調達を中止」として、トヨタの方が電池を買うのをやめたのだという表現に書き換えられていたのだ。いかにも、トヨタの方が、積極的にテスラとの縁を切りに行ったように見えるし、EV開発もテスラに頼るのではなく、「独自」に開発した方が早いとトヨタが考えたというトーンに一変している。
また、株式売却については、「全て手放した」と断定している。トヨタ側と話をして確認が取れたことがわかる。
この記事の変化を見ると、当初は、内々に情報をつかんだ日経が、第一報として書いた記事に対して、トヨタの広報が、日経新聞に、自社の立場を良く見せるための「説明」をして、その結果記事が変わったことが推測される。トヨタに逆らうことは、経済紙日経には難しいのだろう。
しかし、客観的にみると、どんなにトヨタが強がってみても、テスラのEV攻勢にトヨタが負けたことははっきりしている。テスラ社は、先行投資で赤字が続くが、時価総額は今年4月に510億ドル(約5兆6000億円)に達し、100倍以上の販売台数があるGMを一時抜いた。トヨタは、水素自動車に賭けてきたのが裏目に出て、EV開発競争では、世界の大手メーカー中最後尾に取り残されたのだが、それを認めることは「世界トップの自動車メーカー」のプライドが許さなかったのだろう。
トヨタの本格的電気自動車の発売は20年ごろとしているが、それまでの間はPHVでしのぐしかない。しかし、鳴り物入りで発売した新型のPHVプリウスの電池による航続距離は、最大でもわずか68キロ。欧米の大手メーカーに比べて、その差は歴然としている。
ここまで書けば、相当に深刻な状況だということはお分かりいただけると思う。
■安倍総理と経産省が日本の針路を誤らせる
ところが、安倍総理と安倍政権を支えると言われる経産省は、今もなお、護送船団方式で、全ての自動車メーカーの生き残りを図るため、エコカーと言えない普通のガソリン車にまで助成措置を続けている。EV普及のための抜本的規制強化やエコカー減税見直しという話は全く聞かない。
その経産省は、2016年の通商白書で、日本の輸出が「自動車一本足打法」になっていると警鐘を鳴らしていた。その一本足が、世界の競争に取り残されてポキッと折れたらどうなるのか。トヨタ社長の涙は、絶体絶命ともいえる危機感の裏返しである。
原発輸出、武器輸出、そしてカジノ解禁を成長戦略の3本柱とし、「岩盤規制にドリル」で穴を開けてお友達への利権誘導に勤しむ安倍総理。
豊田社長の涙の意味をよく考えたらどうだろうか。(文/古賀茂明)
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