日限山4丁目の住環境保全は、昔、自治会とは別のボランティアによる日限山3・4丁目建築協定運営委員会があって、町の造成を行った不動産会社がつくった建築協定を引き継ぐ形でやってきたが、10年、20年となると脱会者が増え続け、宅地細分化がおこりました。建築協定による住環境保全は限界と判断した運営委員会は会を解散しました。
代わりに、3・4丁目の自治会である港南プラザ自治会と西洗自治会は、ボランティアをメンバーとする日限山3・4丁目まちづくり協議会を編制し、建築協定の代わりに地区計画をつくる計画を進めました。協議会は精力的に作業を進め、地区計画案を詰め、2011年度に住民に賛否を問いましたが、地区計画のハードルが高くてこえることができず、やはり住環境保全活動は限界と判断した協議会は会を解散しました。
歴史を振り返ると、日限山4丁目の住環境保全活動は失敗の歴史のように見えますが、決して絶望的ではありません。現在はもともとの建築基準法に基づく用途地域の制約があるだけの状態で、当分宅地細分化は続きそうです。しかし、日限山4丁目は最寄りの駅から遠くて、通勤、買い物などに不便です。長い目で見ると人口は減少するでしょう。美しい町での生活を愛する人が住む閑静な住宅の町としてやがて安定すると思います。
今は宅地細分化がおこっていますが、町は明るくなっているとの印象を受けます。改築が進んでいます。次第に増えつつある若い世代は、若い人のセンスで家・庭を美しくしようと工夫しています。それが新鮮です。老人が住んでいる家・庭でも手に余る老木を処分する動きが出ており、庭がすっきりしたところが増えつつあります。老木となって見ぐるしいカイズカイブキなどの生け垣を処分する人が増え、道からもよく見える庭が増えつつあります。
まちなかの道は昔と変ることなく、概して広く、広々した町の感じを保っています。問題は蜘蛛の巣のように張り巡らされた電線電柱です。残念ながら地下埋設はまったく見通しがたっていません。
今後の町の目標は、各家・庭のさらなる美化・フェンスレス化(道行く人に楽しんでもらえる庭は町を明るく美しくします)、周辺の緑地帯・緑道の整備と思います。現在でも日限山4丁目は環状緑地帯で囲まれています。特に隣接する舞岡公園は広大な美しい自然公園です。日限山4丁目を舞岡公園の門前町と考え、一体的美化をはかるといいと思います。老人でも歩きやすい緑道を建設し、町を囲むと、町は横浜有数の快適住環境になります。
(注)緑道とは単なる並木道ではありません。林の中、公園の中の道を歩いているような印象を受ける老人でも歩きやすい人専用の道です。横浜では下の写真に示した港北ニュータウンの緑道が有名です。これは公園の中の道ではありません。まちなかの道です。両側の林の幅が広くなっています。
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