小田急の特急ロマンスカーは長らく箱根への観光輸送を目的として設定されて来ましたが、1990年代に入ると箱根への観光客が減少する一方で通勤利用のビジネス客が目立つようになりました。その利用者の変化を受けて1996年には初めて展望席を持たないボギー連結車の30000形EXEを導入しますが、この後も更に箱根特急の利用率は減少の一途を辿り、2001年に実施したアンケートではロマンスカーを利用したいとする旅客の大半が展望席の存在を挙げていました。この結果を受けて展望席を備えているもののハイデッカー構造でバリアフリーに対応出来ない10000形HiSE車を新型特急車で代替する事が決定し、登場したのが50000形VSE車です。
早いもので、2005年3月に営業運転を開始してから15年の歳月が経過し、その間に70000形GSE車も就役しましたが今なお箱根特急のフラッグシップトレインとして君臨しています。7000形LSEが引退した現在、長らく小田急ロマンスカーの伝統だった連接構造を採用する唯一の車両になりました。
車体のデザインについては外部デザイナーを起用することになり、原点に立ち返りつつ過去に例が無い車両を作るというコンセプトで、関西空港の人工島と旅客ターミナルビルの設計・施工技術を手掛けたことで知られる岡部憲章氏が担当していますが、岡部氏の作品では初の鉄道車両となりました。走行機器にも過去の1961年に実施された車体傾斜制御、1967年の自己操舵台車など当時の技術では実用化が難しく日の目を見ることが無かった技術を21世期の水準に改良して採用し、革新的ながら過去の成果も活かしている大変画期的な車両になっています。
住宅のリビングルームのような落ち着いた移動空間を目指した車内。座席は景色を存分に楽しめるように全て窓に向けて5度の角度を付けています。円弧を描く高い天井が特徴的ですが、この室内空間がVSE(Vault Super Express)の愛称の由来になりました。なおVaultとはアーチ型の天井様式で日本語では穹窿と称しますが、その種類はBarrel vault,Groin vault,Rib vault,fan vault,Byzantine vaultsと非常に多岐に渡り、初期の建築に応用された例では紀元前4000年頃のエジプトやメソポタミア文明まで遡ることが出来ます。
高い天井と遮るものが無い大型曲面ガラスで非常に見晴らしの良い展望席。HiSE・LSE車の展望席は14名だったのに対し、VSEでは16名に増加させました。乗務員室は当然2階部分に設置している為、自動で展開する梯子で出入りするようになっていますが、運転席は運転士が立ち入るまでは後ろ向きになっており、着座すると前を向きコンソールに向かって前進する独特の構造です。
今年7月23日は2019年10月に発生した台風18号により被災し不通になっていた箱根登山鉄道が全線で運転を再開する事になり、折しも日本政府からは新型コロナウイルスにより疲弊した景気・経済の復興を目指してGo Toキャンペーンが実施され、箱根もまた多少観光客の姿が見られるようになりましたが、箱根湯本行きロマンスカーは空席が目立ち展望席でさえ空きがある状況です。また大勢の観光客で賑わいを取り戻す日が一日も早く戻る事を祈りたいですね。