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雲南のシルクキャンディ-・絲窩糖(スーウオータン)10 300年前の意味

2018-02-12 16:19:45 | Weblog
【「元」でも「明」でもない】
「昭通市の十大風味小喫」に選ばれた理由のなかに、回族、すなわちイスラムの食品として300年の伝統を誇る、とあります。

 昭通市のなかにある桃源郷拖姑村に暮らす回族調査のなかで絲窩糖が報告されたのだそうです。いまから300年前というと1700年ごろ。清朝の初期にあたります。

いままで何度か当ホームページでも記しましたが、雲南には回族、すなわちイスラムの民が以前より交易のために入り込み、とくに元代において流入しました。

そのときに雲南の平定に送り込まれたのが、フビライ・ハーン直々の命令で雲南に行政長官として赴いたサイジャチ(=サイード・シャムスッディーン)でした。もと、中央アジアの貴族で一族を率いてチンギスハーンも元にやってきた人物です。
(詳しくは当ブログ「雲南の回族・サイード・シャムスッディーン」をご参照くださいhttps://blog.goo.ne.jp/madoka1994/m/201305)

さらにもう一つの大きな波が明の明代以降、多くの漢人が組織的に屯田兵として雲南支配のために送り込まれた人々です。

明の永楽帝の命によってアフリカまで船を連ねていった鄭和は、雲南の昆陽出身ですが、彼も回族です。彼は明の軍隊によって雲南で狩られました。つまり鄭和は明以前より雲南で暮らす回族だったことになります。

ちなみに彼は以後、宦官として永楽帝に仕え、遠征を任されるまでになるのですが、それは彼の回族の知識に負うところが大きかったのです。

300年前となると、元でも明でもない、しかし回族、ということになります。
                   (つづく)
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