石油と中東

石油(含、天然ガス)と中東関連のニュースをウォッチしその影響を探ります。

ビジネスチャンスを逃すな!:和平外交の陰で武器輸出競争

2019-06-10 | 中東諸国の動向

(英語版)

(アラビア語版)

1.はじめに

 イスラム国(IS)が(完全とは言えないながら)掃討された後もイエメン、リビアにおける内戦、スーダン、アルジェリアの長期独裁政権の崩壊後の混乱、シリア国内でのイラン、トルコなど外国勢力と部族・宗派勢力の衝突等々、中東北アフリカ(MENA)地域は紛争が絶えない。さらに一度は中東から撤退する姿勢を見せた米国のトランプ政権はこれまでの中東和平の枠組みを無視してイスラエル支持を強める一方、イランの封じ込め強化及び体制崩壊の意図を隠さない。

 

 トランプの強引な外交により中東湾岸情勢が不安定化しているが、その間隙を突いてロシアはシリア・アサド政権の後ろ盾となって勢力増大図り、さらにトルコに食い込んで同国と米国の関係にくさびを打ち込もうとしている。米国に追い詰められたイランはロウハニ政権と国内強硬派との確執が暴発する危険をはらんでいる。そして中国、フランスなどの軍事強国も勢力伸長の機をうかがっている。

 

 MENA地域は今後しばらくの間は紛争が絶えないであろう。MENA諸国は石油資源に恵まれているものの(それ故にこそと言うべきかもしれないが)産業の発達が遅れ、武器は国産化できずすべて外国からの輸入に頼っている。欧米先進国にとってMENAは近代兵器の巨大な市場である。各国は平和確保と言う美辞麗句のもとでMENA諸国への武器売却にしのぎを削っている。

 

2.SIPRI(ストックホルム国際平和研究所)レポートに見るMENAの国防費と兵器貿易の実態

 スウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)による世界各国の軍事費と兵器貿易に関するデータベース[1]によれば、MENA各国の国防費、そのGDP比率及び一人当たり国防費は非常に高く、サウジアラビアなど湾岸産油国の兵器輸入額は世界のトップクラスである。そして兵器の輸出国としては米国、ロシア、フランスが上位を占めている。

 

 昨年の国防費は世界1位米国(6,500億ドル)、2位中国(2,500億ドル)に次いでサウジアラビアが世界第3位(680億ドル)である。因みにインドは世界4位、日本は世界9位(470億ドル)である。米国が突出して多く、サウジアラビアは米国の約10%、日本は7%である[2]

 

 この国防費をGDP比率で比較するとMENAの存在感が一気に増大し、サウジアラビアの国防費はGDPの8.8%を占めて世界一であり、オマーンが8.2%で世界2位、その他アルジェリア、クウェイト、レバノンが3位から5位と世界の上位を独占している(注、UAE、カタール及び激しい内戦を繰り広げているシリア、リビア、イエメンはデータが示されていない)。米国、中国、日本はそれぞれ3.2%、1.9%及び0.9%であり、MENA諸国と比べ国防費のGDP比率は大きくない[3]

 

 国民一人当たりの国防費はサウジアラビアが2,013ドルで世界1位である。これに次ぐのが米国(1,986ドル)であるが、MENA諸国ではイスラエル(1,887ドル、世界3位)、クウェイト(1,738ドル)、オマーン(1,389ドル)などが世界10位以内に入っている(UAE、カタールはデータなし)。因みに日本は367ドル(世界33位)、中国(177ドル、同世界53位)などであり、上記のGDP比率同様、一人当たり軍事費もMENA諸国は世界的に見て非常に高い水準であることがわかる。

 

 武器輸出額を見ると2018年の輸出は全世界で276億ドルに達し、最も輸出額が多いのは米国の105億ドルと全体のほぼ4割を占めている。米国に次いで多いのはロシアの64億ドルで全体の23%である。米国とロシアを合わせると全世界の武器輸出額の6割を超えている。これら2カ国に次いでフランス18億ドル、ドイツ13億ドル、スペイン12億ドルの西欧3カ国が並んでおり、さらに世界6位、7位に韓国(11億ドル)及び中国(10億ドル)が続いている。なお2009年から2018年までの過去10年間の累計で見ると、1位と2位は米国、ロシアの2カ国で変わらず、これに続くのがドイツ、フランス、中国、英国の各国である[4]

 

 次に国別輸入額で見ると、2018年の世界最大の武器輸入国はサウジアラビアであり、その金額は38億ドル、世界全体の14%を占めている。2位以下の輸入国はオーストラリア、中国、インド、エジプトの各国であるが、いずれもサウジアラビアの半分以下であり、サウジアラビアが突出している[5](UAE、カタールはデータなし)。

 

3.中東向け武器輸出国の動向

 現在の中東は世界最大の武器市場であると言って間違いない。この巨大なマーケットを狙って米国、ロシア、ヨーロッパ各国など世界中の武器メーカーが売り込み競争を繰り広げている。その中でも最大の輸出国は米国であるが、トランプ大統領は「偉大なるアメリカ」、「武器輸出による雇用創出」を題目に輸出商談に熱心である。

 

 トランプが就任後最初の外国訪問先に選んだのがサウジアラビアであったことがその証であろう。2017年5月のサウジアラビア訪問に際し、米国が取り付けた武器契約の総額は1,100億ドルに達した[6]。また米国は最近ではイランの経済封鎖を強め、同国を共通の敵とするサウジアラビア及びUAE(アラブ首長国連邦)に対して80億ドルの武器を売却している[7]。これは非常事態宣言に基づく大統領特権と言う議会の承認を必要としない裏技であり、野党の民主党が多数を占める下院から強い反発の声が上がっている。

 

 強権をふるう点ではロシアのプーチン大統領も負けてはいない。ロシアは外交と武器供与を一体化した戦略で中東におけるプレゼンスを強化している。シリアでは国際的なIS(イスラム国)包囲網の中で、ロシアは一貫してアサド政権を支援した。米国など西欧諸国が弱体な民主勢力に足を取られた結果、ロシア、イラン及びクルド勢力を敵視するトルコなどを味方につけたアサド政権が息を吹き返した。本来結束する大義のないロシア、イラン、トルコが一致してアサド政権を支援したのは、「敵の敵は味方」と言う現代中東の複雑な権力構造のなせる業である。

 

 こうしてロシアはシリアの地中海沿岸にあるタルトゥース軍港を強化し、シリアへの兵器輸出を拡大しつつある。さらにギュレン師の引き渡し要求を巡り米国とトルコの関係が悪化したことに付け込んで、ロシアはトルコに地対空ミサイルS400を売り込もうとしている。実はトルコと米国の間ではすでにステルス戦闘機F35の売却計画が話し合われており、ロシアのS400ミサイルはまさに米国のF35を撃墜するための兵器である。当然のことながら米国はF35の売却計画を白紙撤回している。(但し移り気なトランプ政権にとってF35は有力な輸出商品であり、トルコに対する対応が変る可能性は否定できない。)

 

 米国、ロシアに次ぐ武器供給国であるフランスの戦略は狡猾である。マクロン大統領は平和と自由のスローガンを掲げてMENAの紛争調停に乗り出している。フランス国民もサウジアラビアのムハンマド皇太子がカショギ事件に直接関与しているとして同国への武器輸出の停止を求めている。ところが実際にはフランスは自国産業擁護のため武器輸出に血眼になっているのである。それは同国自身のレポートで明らかであり[8]、昨年の武器輸出総額は前年比30%増の91億ユーロ(103億ドル)であり、そのうちサウジアラビア向けは10億ユーロとのことである。マクロン大統領はテロ対策支援を口実にサウジアラビア向けの武器輸出を正当化している[9]。同国の国防産業は重要な雇用創出産業である。雇用を重視する一般市民はマクロン政権に暗黙の了解を与えていると考えられる。

 

 MENA各国の武器貿易には米ロ仏以外にも多くの国が関与しているが、最近急速に存在感を高めているのが中国である。中国は従来から安値を武器に小型銃火器を中心に武器輸出を行ってきたが、最近ではドローン(無人攻撃機)などのハイテク武器を開発、中東への売り込みを図っている[10]。またサウジアラビアと弾道ミサイルを共同開発するとの報道も流れている[11]。同国が「一帯一路」外交政策のもと中東への進出の機会を狙っていることは周知の事実である。外交と武器輸出が水面下でつながる中国の戦略はフランスのそれと好一対をなすと言えるであろう。

 

以上

 

 

本件に関するコメント、ご意見をお聞かせください。

荒葉一也

Arehakazuya1@gmail.com



[1] SIPRI databases(25 May 2019)参照。https://sipri.org/databases

[2] 「MENA各国と主要国の軍事費(2018年at current price)」参照。

http://menarank.maeda1.jp/18-T01.pdf

[3] 同上

[4] 表「武器輸出額(2009-2018年)」参照。http://menarank.maeda1.jp/18-T03.pdf 

[5] 表「武器輸入額(2009-2018年)」参照。http://menarank.maeda1.jp/18-T04.pdf

[6] ‘US says nearly $110 billion worth of military deals inked with Kingdom’, 2017/5/21 Arab News

http://www.arabnews.com/node/1102646/saudi-arabia

[7] ‘Trump bypasses US Congress to sell arms to Saudi, UAE, Jordan’, 2019/5/25 Kuwait Times

https://news.kuwaittimes.net/website/trump-bypasses-us-congress-to-sell-arms-to-saudi-uae-jordan/

[8] ‘French weapons sales to Saudi jumped 50% last year’, 2019/6/4 Arab News

http://www.arabnews.com/node/1506296/business-economy

[9] ‘Macron says military equipment sales to ally Saudi Arabia part of 'war on terror', 2019/5/9 Arab News

http://www.arabnews.com/node/1494861/business-economy

[10] ‘Mideast plays key role in Chinese export of armed drones, report says’, 2018/12/17 Arab News

http://www.arabnews.com/node/1422101/business-economy

[11] ‘Saudi Arabia buying new missile technology from China: Report’, 2019/6/6 The Peninsula

https://www.thepeninsulaqatar.com/article/06/06/2019/Saudi-Arabia-buying-new-missile-technology-from-China-Report

 

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石油と中東のニュース(6月9日)

2019-06-10 | 今日のニュース

(参考)原油価格チャート:https://www.dailyfx.com/crude-oil

(石油関連ニュース)

・サウジ石油相の減産継続発言で原油価格上昇。Brent $62.27, WTI $53.18

 ・イラン石油相:OPECを脱退する予定なし。サウジ、UAEを暗に非難

(中東関連ニュース)

・イスラエル検察当局、ネタニヤフ首相の汚職容疑喚問の延期認めず

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・サウジ航空、ジェッダーモロッコ・マラケシュ間に直行便運航開始

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