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第2章 戦後世界のうねり:
058第三次中東戦争とナセルの死(2/3)
1967年6月5日午前8時を期してイスラエルの奇襲攻撃が始まった。目指す相手は国境を接するエジプト、ヨルダンおよびシリアである。まずシナイ半島のエジプト空軍基地を奇襲し、空爆で滑走路を使用不可能にするとともに、駐機していたソ連製戦闘機すべてを破壊した。寝覚めを襲われたエジプト側は全く反撃できなかった。イスラエル軍は怒涛のごとくシナイ半島を横断、スエズ運河の対岸に達したのである。
シナイ半島を制圧したイスラエルは踵を返すとヨルダン川西岸のヨルダン領を占領、さらにシリア領のゴラン高原も押さえた。第三次中東戦争はイスラエルの圧勝、エジプトはじめアラブ側の惨敗と言う結果に終わった。両者の戦闘はわずか6日間で決着が付いたのである。このため第三次中東戦争は俗に「6日間戦争」と呼ばれている。この戦争でイスラエルはシナイ半島とガザ地区、ヨルダン川西岸地区及びゴラン高原を一挙に手に入れ国土面積は倍増した。シナイ半島は後にエジプトに返還されたが、その他のガザ地区、ヨルダン川西岸およびゴラン高原は今もイスラエルによる占領状態が続いている。
スエズ運河はしばらく閉鎖され国際経済に多大な影響が出た。それよりももっと大きな悲劇はヨルダン川西岸に住んでいたパレスチナ人たちの上に降りかかった。彼らの多くは難民となってヨルダンに雪崩れ込み、その数は百万人に達した。
(続く)
荒葉 一也
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