学友(桐蔭学園高等学校理数科A組 20期)だった、船橋健太君は確かに、凄かった・・・
或る意味、平凡な頭脳構造の持主ではなく、桐蔭学園は一学年を三期制を採用しておらず、二期制を採用したのだけれど。
だから、夏休みが三期制を採用している学校と異なって、二か月くらいは夏休みなんだよね。
Σ(゚□゚;)
ですが、夏休みが明けた日、9月1日から長期に渡る昇格、降格試験があってですね。その二か月の夏休みに遊びに明け暮れると、先ず、降格クラスに堕ちますね・・・
まぁ、トップクラスにいても・・・
昇格クラスはもうないので、降格クラスしかないわけです・・・
話変わって、
船橋君の話をすると、
先ず、満点か満点近くしか採らない(採れない)学友でしたけれど。
あんまり、試験結果が素晴らしいので、勉強を教えてほしいと依頼しても、抑々が、我々、一般大衆とは異なって、
何故、そこで躓くのかが、わからないので。
説明が下手というより、説明を聞いても意味わかりませんでした。
Σ(゚□゚;)
で、
〇木村先生は、東京大学理科三類に合格した先生だったのですけれど。(1984年当時)
東京大学理科二類に入学されてから、東大を卒業して、大正製薬にお勤めなさり、結婚なされて、退職なされ、東大理科三類を三十歳を超えられてから、受験なされて、合格した先生でしたが。実家はお米屋さんで、木村先生のお父様は恐らく、大学卒ではありません。ふた昔(二十年前)以上、昔だと、もっと、実際は昔だけれど・・・。
私の両親より、木村先生のご両親は年上なので、先ず、上の学校には行きません(行けません)
お米屋さんはお金持ちの象徴だったのが、戦前でしたのでね。
恐らく、木村先生は裕福な家の息子さんだったと思われますけれど。
例えば、
西田君を例に採ると、
私の近所に暮らされていたのが、40年以上、昔になるのですがね。そこの旧型マンションにお父様と暮らされていて(お母さまは自殺で他界)、西田君とは学校の帰り道が大体、同じなので、よく一緒に帰ったのですけれど。お米を担いで自宅に帰る学生さんでしてね。
祖母が存命の頃は西田君に祖母が敬意を払っていました、ヨ🎵
三人、例に採りましたけれど。
西田君と木村先生は説明が上手く、大体、大衆と変わらない頭脳です。
船橋君は異能者かな。普通の頭脳じゃない。
或る意味、二人は先生には向いているけれど。
船橋君は、秀で過ぎて、先生には不向きだと思われます。通常の頭脳ではないみたいだったので。
では・・・💕
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