先日この夏の青少年「全国読書コンクールの課題図書」が正式に発表されました。『季節風』の事務局長を長年やってくださっている栃木在住作家高橋秀雄さんの『地をはう風のように』(福音館書店)をご紹介します。
高橋さんはすでに『やぶ坂からの出発』という作品で日本児童文学者協会賞を受賞されてもいる大御所です。描かれているのは、一環して「人間」。ご本人曰く《くそリアリズム》。
小学校が夏休みに入ったころ、日光連山を見上げる小林地域には、田畑をえぐり土煙を上げる風が吹く。それは決まって、暖かい穏やかな朝を迎えた日の午後に山からじかに下りてくる強い西風だった。
ほれぼれする冒頭の描写は、まだ続きます。主人公のコウゾウはこの自分の前にたちはだかる土色の風をときに自分のようだと思うのです。本宅の田植えの手伝いをすることでもらい湯ができる、そんなボロ屋に住み、田植え、薪割りとコウゾウは働かざるを得ません。近所から小銭を借りてきて返さずにいる祖母が恥ずかしく腹立たしく、教室でも「どうせおれなんか」とも思います。でも唇をかみしめながら「チクショウ、チクショウ」とわめきながら、コウゾウはくじけず哀れみではない本当の人の優しさを感じ取っていきます。
子どもたちは、どんな感想文を書くのでしょうか。昭和を生きた大人が読んでくれたら、きっと感じることが多い作品だとも思います。
こちらが日本児童文学者協会賞受賞作品『やぶ坂からの出発』(小峰書店) 高橋さんの作品は、薪割りやら旅芸人やら筵編みやら、今の子どもたちにとっては実体験できない素材が多いので、私はずーっと、どれか映画かドラマになってくれないかなあと願っているのです。
岩手の家もかつては茅葺き屋根で、風呂は外にあり、冬など雪かきをしながら風呂場へ行った。もちろん薪で焚いて、熱いときは雪をすくって入れた。藁の布団にも寝ていた。なんて聞いています。40年くらいも前なのですけれどね。やはり子どもも重要な働き手だったようです。
ところで、読書感想文といえば……。
小学校のとき、『Yの悲劇』(エラリークイーン)の感想文を書き、丸をひとつしかもらえませんでした。読書感想文で覚えているのは、それだけ。他の子たちは花丸なんてもらっているのにです。まあ、殺人事件だし、犯人は○○だし(古い推理小説だからネタバレしてもいいかなとも思うのですが、一応犯人は言わないでおきますね)、先生読んでないものだったかもしれないし、なんて思ってしまいます。でも、小学生の私にとっては、大事な一冊でした。わからない言葉を必死に調べて必死に読んだなあ。それでいいじゃん、って思いますね。「後ろから鈍器で殴られた」って、あって「鈍器」って何? って感じでしたね。辞書を調べてもよくわからなかった。でも凶器なので、ここ何なのか重要だったんです。やっぱ感想文向きじゃあないですよね。……と、脱線脱線。
課題図書は、今本屋さんでバーンと平積みになっています。