1989年9月
マイナーな山々は飛ばし今回は戸隠山(上級者コース)を選びました
先ず随神門から樹齢600年を超える杉並木に圧倒されながら
奥社へと向かいました
戸隠山の登山道は其処から始まります
どうした事かアルバムには記録が有りませんので写真の説明書きから
当時を思い出しながら綴って行きたいと思います
小手調べの鎖場を過ぎ頭上に岩が張り出した五十間長屋と呼ばれる
場所で最初の休憩をとりました
天狗の路地までは鎖場が続きます
一年前に事故が有った様で慰霊碑が岩の片隅にたっておりました
さて、どのくらい鎖場を通過したでしょう
最後の胸突き岩の鎖を過ぎると
いよいよ、コース一番の難所蟻の塔渡り+剣の刃渡りに差し掛かりました
全長30mくらい有るのでしょうか
幅は50㎝あれば良いところ30㎝に満たない所も有りました
両側は切りたっており右も左も150mの絶壁です
岩の表面がゴツゴツしているのでバランスを崩したら一巻の終わり
前日、宿泊したヒュッテ・エーデルワイスのオーナーさんが
毎年4~5件の事故が起きていますから十分注意して渡って下さいと
仰っていた通り心して渡らないと大変な事になりそうな場所です
とてもとても立って歩ける状態では無く
岩を跨いでズリズリと進むしか有りません
笑い顔も心なしか、こわばってますね
次の文はアルバムに書かれていたもの
赤いザックのカメラマン
私を写しながら「僕は巻道を行く」と言っていたが心を決めたか
「やはり挑戦します」と
「頑張って」と声を掛けると前を向いたまま「ハイ」と大きな声が返ってきた
最後の5mの剣の刃渡りのナイフリッジは生きた心地がしなかった
難所を超えグイグイ登って到着したのが八方睨(1911m)
生憎のガスで展望は皆無でしたが晴れていたなら
頸城山群等々素晴らしいt眺望だった事でしょう
戸隠山はどこまでも危険がつきまといます
右は切れ落ちた絶壁の続く道は九頭竜山付近の稜線です
途中、ガスの切れ間から見えた黒姫山(左)と飯綱山(右端)
別の方向には南アルプスも見えていたはずですが
カメラの性能を恨むしか有りません
此処は一不動の避難小屋で高妻山と戸隠山の分岐点です
此処からは一ヶ所、ザレた砂のトラバースが有りましたが
危険個所も無く私達は無事、戸隠牧場に降り立つ事が出来ました
牧場に降り立つと三人の女性が御地蔵岳をスケッチしていた
色々話す中で車に水を忘れ喉がカラカラと言う恥かしい失敗を話すと
「もっと早く仰れば良かったのに」と持参の暖かい茶を飲ませてくれたのだ
名古屋から来たという女性達の優しさと茶の暖かさが
締め括ってくれた山行だった
アルバムの最後にはそんな事が書かれていました
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登り始めから下山まで鎖・鎖・鎖
其れを繋ぐ様に掛けられた蟻の塔渡りと剣の刃渡り
まるでスリルとサスペンス映画に出て来る様なアドベンチャーシーンの様でした。
この頃、足を使うより手を使う山登りの方が好きでしたから
鎖場は結構、楽しみながら登りましたが極め付けの岩渡りは、さすがビビりました。
今となっては二度と見られない景色です。
断崖絶壁の写真は見るからに恐そうですよね。
でも左に笹が生い茂っておりますので、こういう場所は
見た目ほど恐怖は無いんですよ。
恥ずかしながら田中陽気さんを知りませんでした。
そこでユーチューブを開いて見ましたら
出て来るわ出て来るわ、田中陽気さんの記事で埋め尽くされているでは有りませんか。
先ず余裕であの岩を渡っている姿に驚かされました。
と同時に私もあんな所を渡っていたのかと背筋が寒くなりました。
あの時は怖いと言うより夢中でしたから、ただ前へ前へと進むだけでしたが
改めて見ますと本当に凄い所だったんだなと今更ながらに思ってしまいましたね。
niceさんも頑張りましたよね。
この時はカメラが一つしか有りませんでしたから渡り終えた主人が写したものと思います。
こう言う場所はガスが掛かっていた方が良いのか、スッキリ晴れていた方が良いのか解りませんが
今、思いますと谷底まで見えていたら多分、足が竦んで進めなかったのではないかと思います。
でも、恐怖の後の展望はスッキリ見たかったですね。
Fsさんも30代のころ計画されていたのですね。
山をやる者にとってはアルプスよりも魅力を秘めた山ですものね。
でも、此処は確か単独行は極力控えて下さいと言う注意書きが有りました。
妙義もそうですが、それほど危険が大という事なのでしょうね。
niceさんも最近、登られたのですよね。
もう一度、拝見させて頂きましたがお写真に迫力が有るせいか改めて凄い山だったんですね。
そう言えば主人もお写真の様に一部スタスタ歩いていましたが
「お願いだから四足動物になってよ」と懇願した事を思い出しました。
一不動から牧場まではかなり歩いた記憶は有りますが
滝の脇を下りたり岩をトラバースしたり結構きつい下りだったのですね。
写真が残っていないところを見ますと写す余裕が無かったのかもしれません。
お蔭で忘れていた記憶を取り戻す事が出来ました。
ありがとうございます。
蕎麦と言えば山登りの前日、蕎麦祭りが開催されていまして私達もゼッケンを付けて参加したんですよ♪
面白かったのは底なし笊に盛られた蕎麦に汁を掛けてしまった外人さん
困ったのは汁のお変わりが無く最後には粟だって
無理矢理、喉に押し込んだ事。
あれほど不味い蕎麦を食べたのは初めてでした。
あの頃は展望写真に夢中になっていた時期でも有ります。
たまボブさんも同じような事をされていたのですね。
光の加減で色の違いは出てしまいますが上手く繋げて有るでしょう 私の仕事です(エヘン)
一杯の温かいお茶、これは頑張ったご褒美として天照大神様が筋書きを設定してくれたのかもしれませんね。
戸隠山は天の岩戸伝説の有る山で全山、岩で成り立っています。
妙義も相当、危険な山ですが
こちらが「技術と腕力」に対して戸隠山は「バランス」でしょうか。
私も最近の戸隠山を検索してみまして驚きました。
かなり風化が進んでいる様で
巻道も現在、通行が禁止されているとか。
今、もう一度登るとしたら牧場から戸隠山(八方睨み)まで登って
上から塔渡りと刃渡りを眺めてUターンかな!
たった今、地震が有りましたね。震源地は宮城県南部、震度5弱だそうです。
ここも結構な揺れが1分以上、続きました。
本題から外れてしまいすいません。
当時は岩山が楽しくて仕方ない時でしたから結構、無茶をしていました。
ロープや鎖の無いゴツゴツした岩が一筋、谷を結んでいるだけでしたから、もう命がけ、まるでタイトロープです。
巻道も有ると聞いていましたが巻道とは言え蟻の塔渡りの部分だけですので最後の剣の刃渡りは逃れられません。
今、振り返りますと良く怪我もせず行って来られたものだと思います。
将来、孫が戸隠を登ると言ったら反対するでしょうね。
果敢に挑戦されてびっくりです。
私は高い所は平気ですが、この鎖場を登る勇気はないなあ(^^;
少しでも間違ったら転落しそうなとんがりに立ち、写真撮影の余裕もすごいです。
本当に、見ているだけでビビりましたよ!
断崖絶壁の横で佇む様子にも驚いています。
私だったら目がくらんでとても無理!
たかさんの度胸に万歳(^_-)-☆
>コース一番の難所蟻の塔渡り+剣の刃渡り
田中陽希さんのグレートトラバースで初めて知りました
こんなとこ通るの・・!?
映像拝見しながら ビビりまくりました
その後
↑上のコメント (niceshotpete)様の 登山記を拝見して
またまたビビりでした
怖いですね
自分だったら 絶対の二乗くらい 無理
でも 怖いもの見たさで 四つん這いでも通過してみたい
ノーヘル、ノーザイルで たかさん 凄い\(◎o◎)/
改めて 見直しました。
たいしたものです。
ガスで展望がなかったのが残念でした。
私は30代(1980年代前半)のときに登る計画をしたのですが、計画倒れでした。
その時はこんなにキツイとは想像もしていませんでした。
単独行の予定でした。
今思うと行かなくて良かったかな?
私は、たかさんのお尻の下の岩に両手を掛けて、足はそれより下に置いて、蟹の横ばいだったような記憶が。
渡ってる時の自身の写真があるって羨ましい。
セルフタイマーで撮れば良かったかな。
でも、タイマーかけてもたいした距離、カメラから離れられないか。背中だけ写ったりして・・・。
同じような天候の日ですね。
私は、一不動からの下りも怖かったなぁ。沢が増水したらどうしようと怯えてました。
下山後にあの広闊な戸隠牧場があるっていうロケーションは、登山後の余韻に浸るには絶好ですね。
次の思い出の山も楽しみ
これほど凄い山とは知りませんでした。
五十軒長屋のオーバーハング、蟻の塔渡り+剣の刃渡りのナイフリッジですか。
見ているだけなのに見のすくむ思いで拝見しました。
横岳の馬の背のような岩場で、馬乗りになって進んだ時のことを想い出しました。
切り貼りした写真も懐かしいですね。
まだパノラマ機能もなく、広角レンズも持っていない頃は、
自分でカメラを水平移動させながら複数枚撮って、つなぎ合わせて
アルバムに張ったものです。
それにしても、お若い頃の果敢な登山歴、お見事ですね。
そして下山後の女性達との触れ合い、読後の緊張が優しくほぐされました。
実際はすごく危険な山なのですね。
すこし調べて見たら、。「2,000m級だからと甘く見がちだが、極めて特異で危険な山である。
風化や崩壊が激しく、手がかりや足場にした岩が抜ける。事故は墜落が多く、ほとんど即死」と
いうようなことが書かれていて驚きました。
北アルプスなんかも危険度が高いのでしょうが、それを凌ぐ危険度を伴った山のようです。
ブログの写真を拝見しても、その一端をうかがい知ることができます。
1989年に登られたのですから、当時はご夫婦共に、気力も体力もあったのでしょうね。
もっとも現在も気迫十分でしょうけれどね・・・。
想像するだけで ゾクゾクしてきます。
難易度最高級を クリアされる ご夫婦の若さ、力強さ、
他の山では 感じることの出来ない恐怖感、
勲章ものだと思います。