『またヒヨコを殺してしまった。あんな猫さっさと捨ててしまえ』
朝の静けさを破って父の怒声が響く。大事なヒヨコを2羽も捕らえて、堪忍袋の緒が切れたらしい。昭和21年、私が旧制中学校1年の春である。
その頃、我が家では猫を飼っていたネズミを良く捕る三毛である。だが、ひな鳥にまで危害を加えるという許しがたい欠点を持っていた。
猫を捨てるのは自転車通学をしている私の役目だ。
学校までは役1時間かかるが、途中で適当な場所を探せばよかった。猫を入れたコダシ(わら作りの入れ物)を荷台に縛り付けて出発した。
時々猫が泣き声をたてるのを右手でコダシをたたいて黙らせる
半分ほど行くと、二本の用水路に挟まれた場所が目に入る。『ここだ』
周囲に人がいないのを見計らって猫をそっと手放す。
『なゃお~』と鳴く声に構わず、急いで自転車にまたがる。
でも、間もなく目がかすむのに気付く。
手の甲でぬぐった。
一時よくなったが、また曇る。中年の男性が自転車で近づく。
私は目にゴミが入ったふりをしながらペダルを踏む足に力を加えた。
戦後の暮らし、米粒1つでも大事な時代
当時の子供の頃の経験が強く胸に焼き付いているんですね
感動しました年老いて振り返ったそんな時代
飼い猫を捨てなければならなかった
事情の切ない胸の内