“ Be your age !”
せっかく《サマセット・モーム》というカテゴリーを立てておきながら、ほとんど書き込みをしなかった罪滅ぼしに、今年のゴールデン・ウィークは、勝手に《サマセット・モーム週間》ということにして、何件かの書き込みをした。
これで一応《サマセット・モーム》のカテゴリーも10件を越えて、《豪徳寺》なみになった。
久しぶりに読んだ『モーム短編選(下)』(岩波文庫)の小品も面白かったし、“A Marriage of Convenience”も“Mabel”も、かつて挫折した“Cakes and Ale”ほど難しい英語ではなかったので、なんとか読むことができた。
今から40年以上も前の1968年の予備校時代の5月頃にも、モームを読んでいたのかと思いつつ、そして奥井潔先生を思い出し、当時の四谷界隈を思い出しつつ、読んだのだった。
※下の写真は奥井先生の著書。
もう、これで《モーム週間》は打ち止めにするが、最後は、何度か触れた英宝社の《英和対訳・モーム短編集》から、『幸福な夫婦・凧』の表紙を掲げておく(英宝社、昭和33年[ただし手元にあるのは平成5年の第19刷])。
「凧」(“The Kite”)は中野好夫訳、「幸福な夫婦」(“The Happy Couple”)は小川和夫訳で、瀬尾裕という人の訳注と前書きがついている。
買ったときのレシートが挟んであって、それを見ると、1998年1月21日の17:54に、紀伊国屋書店新宿本店で買ったことになっている。
『環境の生き物』に収録された短編が、これらの英宝社の対訳本にあることを知って、購入したのだろう。
この本の前書きで、瀬尾氏は、モームの短編からあえて代表作を選ぶなら、「雨」「赤毛」「大佐の奥方」、そして「凧」を挙げると書いている。
「凧」(“The Kite”)は、モームのいわゆる“フロイトもの”である。
7歳の誕生祝に母親から凧を買ってもらった息子が、凧揚げに取りつかれてしまい、やがて父親、母親そろって毎週末は近所の広場で凧揚げにうち興ずるようになる。
21歳になった息子は結婚するが、たまたま通勤の列車の窓から眺めた凧揚げ風景を見て、再び週末になると実家に帰って、父母と凧揚げに熱中する。
そして、凧揚げに熱中する夫に、“Be your age !”(中野訳では「ちっとは歳も考えなさい」)と非難する妻に逆切れして、妻を離婚してしまう。さらに、彼の行動を詰る妻に対して、扶養料の支払いを拒絶したために裁判沙汰にまでなってしまう・・・。
そんな内容の話である。書き出しにある通り、“This is an odd story”である。
要するに、「マザコン青年」の結婚失敗談なのだが、母親と息子を結ぶものが「凧」というのが何とも奇妙である。
フランクリン(だったか)が雷雨の中で凧を揚げて、雷が電気であることを証明したというエピソードがあったり、トルーマン・カポーティの『ティファニーで朝食を』(新潮文庫)に収められた「クリスマスの思い出」という作品の中にも、冬の凧揚げが描かれている。
ヨーロッパ人もけっこう凧揚げが好きらしい。
しかし、モームの「凧」はどう読んだらいいのだろうか。
実は、話の最後のパラグラフに、モームの「凧揚げ」の深層心理に対する考えが記されているのだが、これは蛇足だろう。
この話の母子関係の説明としては、まったく説得的でない。
前の『モーム短編選(下)』に収められた「マウントドレイゴ卿」もそうだが、“フロイトもの(「マウントドレイゴ卿」は“オカルトもの”と言ったほうが正確かも)”になると、モームは少し説明過剰になる嫌いがある。
モームが描いた話を信じるかどうかは、もう少し読者を信頼して、読む側に委ねたらよいのに、と思う。
いずれにしても、「凧」をモームの短編の代表作に挙げるのには、僕は納得できない。「雨」「赤毛」以外は人によって意見は異なるだろう。
でも、それはそれとして、英宝社にはぜひとも品切れの作品も再録して、『環境の生き物』として再刊してほしいものである。
モーム側か訳者側の著作権の問題か、それとも翻訳上の問題でもあるのだろうか。
* 写真は、中野好夫他訳『英和対訳モーム短編集(2) 幸福な夫婦・凧』(英宝社)の表紙。
** 実は、今日5月6日はわれわれの31回目の結婚記念日なので一応(?)こんな作品を挙げておいた。ただし、「幸福な夫婦」というのがどんな内容だったかははっきり覚えていない。