ヒトリシズカのつぶやき特論

起業家などの変革を目指す方々がどう汗をかいているかを時々リポートし、季節の移ろいも時々リポートします

大学発ベンチャー社長にお目にかかりました

2010年05月10日 | 汗をかく実務者
 仕事に一途に打ち込んでいる方とお目にかかると、「生き生きとしているな」と感じます。自分の人生の進路を自分で決めながら、毎日知恵を絞り出す緊張感あふれる人生を歩んでいると感じさせる方が多いからでしょうか。特に、こう感じさせる方々は、“大学発ベンチャー企業”の社長などの経営陣です。

 これまでの仕事の経緯から、大学発ベンチャー企業を率いる経営陣の方々にお目にかかることが多いです。多忙な彼らからお時間をいただき、事業戦略などの経営のお話を伺わせていただくことが多い、幸運な立場にいます。

 今年4月から今日までの約1カ月間に、大学発ベンチャー企業の社長2人にお時間をいただき、インタビューさせていただきました。また、大学発ベンチャー企業に事業資金を投資するベンチャーキャピタル(VC)のパートナーと呼ばれる責任者からもお話を伺いました。それぞれ波瀾万丈(はらんばんじょう)な人生を楽しく生きていると感じました(研究会や勉強会でお目にかかり、ある程度のお話を伺った方はもっと多いです)。

 先日、大阪大学発ベンチャー企業のナノフォトン(大阪市)の代表取締役社長をお務めになっている謝林さんにお目にかかりました。

 4月13日に、大阪大学の研究拠点であるフォトニクス先端融合研究センターの第2期キックオフ講演会が大阪府吹田市で開催されました。その時に名刺をいただき、「お時間をください」とお伝えしていました。2日後に「明日、東京に行く」とのご連絡をいただきました。

 4月16日午後、埼玉県和光市の和光市駅前でお目にかかりました。謝さんは、独立行政法人の理化学研究所で打ち合わせがあり、早朝、伊丹空港から羽田空港に移動し、午前中に仕事を済ませた後に、お時間をいただきました。「早朝の飛行機で移動するのは大変ですね」というと、(ベンチャー企業の経営者としては)「時間を有効に使うのは当たり前」とあっさり、かわされました。精力的な謝さんは、「今日中に大阪に戻る」という。即断即決が信条のようだ。ご多忙にもかかわらず、事業戦略を熱心に説明されます。話すことで、細部をいっそう詰めていると感じさせるほどでした。

 謝さんは、ナノフォトンによって二代目の社長です。元々は、ナノフォトンとは縁もゆかりもない人生を歩んでこられました。中国の大学院で修士号を取った後に、東京大学大学院の工学系研究科の博士課程に進学し、航空工学を学んだそうです。博士号取得後に公的研究機関を経て、大手機械メーカーに就職し、研究開発にいそしんでいました。

 転機は、自分の研究開発成果を製品化する際に訪れました。製品化のために事業部に異動した時に、製品化・事業化に成功するには、事業化の際のマネージメントが重要なことを痛感したそうです。このため、新規事業起こしに必要なMOT(技術経営)を学ぶために、グロービス経営大学院の大阪校に入学しました。ここで修士号を取るために「睡眠時間が3~4時間の日々を過ごした」と笑います。言うは易く行うは難しです。強い意志がないと、実際にはできないことです。

 MOTを学んだ謝さんは、経営そのものに関心が移ったようです。ちょうどそんな時に、事業での売上高を伸ばす経営戦略を指揮できる人物を探していたナノフォトンの創業者である河田聡教授(ナノフォトン会長)と巡り合ったのです。現在の企業で研究開発者としてそのまま人生を歩むのか、ベンチャー企業に経営者として転職して腕をふるうか迷ったようです。大手企業の安定した地位を捨てることになるからです。結局、自分の人生を自分の判断で切り開いていけるベンチャー企業の社長のポジションを選んだのです。2008年11月のことです。

 自己実現のために、謝さんはリスクを取ったのです。地位は人をつくるとよくいわれます。日々、決断に追われる緊張感あふれる毎日を過ごされています。でも、自分が判断したことを自分で進めていくことはかなり楽しい人生のようです。インタビュー中、謝さんは自分が練り上げている事業戦略を楽しく語りました。一方的に話すのではなく、楽しそうだが、相手がちゃんと理解しているかどうかを冷静に見ながら、話を進める点で、コミュニケーション能力の高さを感じさせる人物でした。

 謝さんは、ナノフォトンが製品化したレーザーラマン顕微鏡「RAMAN-11」を主力製品として海外展開に力を入れる事業計画を進めています(「ラマン散乱」は小難しい物理現象なので説明は割愛させてください)。同顕微鏡は、「計測したいモノの“ラマン像”を高速で作成できる点が秀でている」と説明されました

(このレーザーラマン顕微鏡の画像データの著作権はナノフォトンが持っています。転載を禁止します)

 一般の方は、たぶん「大学発ベンチャー企業て何?」とお感じになる方が多いと思います。この「大学発ベンチャー企業」という言葉は、日本独特の表現です。日本のお手本とされる米国は、多数創業されるベンチャー企業の中で特に「大学発」という冠をつけないそうです。そのベンチャー企業が創業するきっかけの一つが某大学の研究成果であっても、一要素に過ぎないので、特に他のベンチャー企業と区別していません。

 これに対して、日本でのベンチャー企業の創業数は米国などに比べてかなり少ないのが現状です。普通の企業に勤めて、既にできあがった仕組みの中で仕事をする方が、すぐに力を発揮できる可能性が高いからです。日本に大手企業はこのところ、新規事業起こしにあまり成功していません。このため、経済産業省や文部科学省などは、日本の新産業興しを目指して“大学発ベンチャー企業”をたくさんつくる施策を推進しました。日本の研究者の3人に1人は大学・大学院にいるからです。大学・大学院の教員などが生み出す優れた研究成果を基に、ベンチャー企業を多数つくり、日本を活性化させたいと考えたのです。

 日本の大学発ベンチャー企業の実態は、経産省が2009年5月18日に公表した「大学発ベンチャーに関する基礎調査」平成20年度産業技術調査をご参照ください。
 同基礎調査は,事業活動を行っている大学発ベンチャー企業は1809社あると報告しています。この調査は産業技術環境局の大学連携推進課が、シンクタンクの日本経済研究所(東京都千代田区)に委託し,合計2649社のベンチャー企業を対象に調査したものです。経産省の中に「大学」と名が付く課が存在することが時代を表しています。