ヒトリシズカのつぶやき特論

起業家などの変革を目指す方々がどう汗をかいているかを時々リポートし、季節の移ろいも時々リポートします

法政大学発ベンチャー企業のDMP代表取締役・CEOの山本達夫さんの話です

2013年07月22日 | 汗をかく実務者
 先日、監査法人などが主催したセミナー「産学連携ベンチャーサミット」を拝聴した話の続きです。

 昨日(2013年7月21日編)は、東京大学発ベンチャー企業のユーグレナ(東京都文京区)の代表取締役の出雲充さんの話をお伝えしました。今回は、もう一人のメーン講演者だった法政大学発ベンチャー企業のデジタルメディアプロフェッショナル(DMP、東京都中野区)の代表取締役・COE(最高経営責任者)の山本達夫さんの話です。



 山本さんは、2013年3月10日編で紹介した経済産業省などが主催した「イノベション実用化ベンチャー支援事業」告知セミナーで話された内容に近い、基本的には同じ話をされました。今回、配布されたパワーポイントのプリント資料も大部分が前回と同じものです。

 ディジタルメディアプロフェッショナルの代表取締役社長の山本さんがベンチャー企業の経営者として注目されているのは、2002年7月に技術先行で創業した同社の事業モデルを再構築し、2004年3月に社長に就任して3カ月後の同年6月に新しい事業計画をまとめ上げ、さらに9月にはベンチャーキャピタル(VC)数社から増資投資を確保し、当座の事業運営費を確保したからです。事業推進を可能にする運営資金を確保し、企業として存続できるようにしたからです。

 ディジタルメディアプロフェッショナルは、2002年7月に法政大学教授の池戸恒雄さんが、自分の研究成果であるグラフィックス(画像処理)技術の特許や半導体回路、ソフトウエアなどの知的財産(IP)を基に創業したベンチャー企業です。創業時は社長に就任しましたが、いい人材が見つかれば、社長の席を譲る考えだったようです。

 当時の大学発ベンチャー企業の大部分と同様に、池戸さんの独創的な研究成果を基に、技術先行で創業した企業でした。逆にいえば、しっかりした事業戦略をつくれる優れた経営者を迎え入れれば、約2000社創業された大学発ベンチャー企業の中のいくつかは、本物の企業に変身できる可能性もあるということです。

 同社の創業に関与し、投資していたベンチャーキャピタル(VC)のジャフコの谷本徹さん(当時、現在はリード・キャピタル・マネージメント代表取締役)たちは、半導体事業に精通した社長候補を探しましたた。ジャフコの方々は、ヘッドハンティング会社を通じて、何人もの社長候補者と面接したそうです。

 その結果、2004年3月に山本さんを社長・CEOに選びました。



 山本さんは、2004年当時はルネサス・テクノロジー(現在はルネサス エレクトロニクス)の米国バイスプレジネント(副社長)でした。山本さんは1981年に日本IBMに入社し藤沢研究所でPC開発部長としてDOS/V仕様のPCなどの仕様企画や開発に従事しました。その後は、米国IBMのオースティン研究所(テキサス州)でPowerPCシステムの開発ディレクターとしてPowerPC利用のワークステーションの開発に従事します。米国アップル社の初代Apple Power MACの共同開発プロジェクトでは、IBM側のプロジェクトリーダーを務めた人物です。

 その後、山本さんはセガ米国法人副社長に転職し、カリフォルニア州のシリコンバレーでゲーム機の開発を担当し、さらにその後は、日立製作所半導体事業部の米国副社長を務めます。半導体事業の経営者としての多彩な経験をつんだ方です。

 創業者の池戸さんは、創業当初から「次期社長を招いた後は、経営から退く」と明言していたそうです。グラフィックス用半導体の研究開発とその量産化ではマネジメントスキルがまったく異なるからです。池戸さんは同社の大株主ですが、現在は経営には全く関与していないそうです。

 ディジタルメディアプロフェッショナルが注目を集めたのは、2010年8月に任天堂の携帯ゲーム機「ニンテンドー3DS」の3次元画像処理のGPUに、同社の画像処理用の半導体回路技術が採用されると発表されたからです。

 書き始めた時の予想に反して、予定より長くなったので続きは明日にします。