↑ 偕成社のシャーロック=ホームズ全集より。赤字部分はこの本より引用。
シャーロック・ホームズにも、クリスマスを題材にした短編があります。
(シャーロック・ホームズというのは、ご存知のように、小説史上もっとも人気のある探偵です。)
コナン・ドイルはシャーロック・ホームズのシリーズ中、五冊の短編集を出しています。
クリスマスにまつわる話は、その一冊目『シャーロック・ホームズの冒険』のなかの『青い紅玉』という短編です。
(ちなみに『シャーロック・ホームズの冒険』は1891年7月から1年間、イギリスの『ストランド・マガジン』に連載されたものを、単行本にまとめたもの。)
『青い紅玉』の書き出しは、
クリスマスの翌々日のこと…
それじゃあ、クリスマスはもう過ぎてるよ、
と思うかも知れないけれど、事件の発端はクリスマスの夜です。
退役軍人で便利屋のピータースンがクリスマス・イブにお祭り騒ぎをし
朝の4時ごろに帰宅途中、トテテナム・コート通りを歩いてたときのこと。
少し前を歩く、ガチョウを肩にぶら下げた男が、数人の男たちとケンカをはじめました。
そして、身を守ろうとステッキを振りかざしたひょうしに、店のウィンドーを割ってしまいます。
ピータースンは男を守ろうと駆けつけるのですが、
ウィンドーを割ってしまったその男は、マズイとばかりに逃げてしまいます。
ピータースンは仕事の制服を着ていたため、警官だと勘違いされたのでしょう。
そのときに、男が落としていったのが、フェルト帽とクリスマス用に絞めたガチョウでした。
ピータースンはその拾いものをシャーロック・ホームズのところに持ち込み、落とし主がわかるかどうか、託します。
さて、この帽子のもち主はどんな男だろうとホームズとワトソンが話しているところに、
ピータースンがびっくりぎょうてんした顔でやってきました。
ホームズはこんなジョークを飛ばすのですが、
そのくらいピータースンの顔つきは変だったのです。
「ガチョウが、ホームズさん! あのガチョウが!」
息をきらしながら、ピータースンがいった。
「え! ガチョウがどうかしたのか?
生きかえって、台所の窓から、バタバタでていったとでもいうのかい?」
「見てくださいよ! 女房がガチョウの餌袋からなにを見つけたと思います?」
ピータースンが手をつきだすと、そのてのひらのまんなかに、青い宝石がきらきらとかがやいていた。
そのままにしておくとガチョウが傷んでしまうだけなので、
ピータースンがもらい受け調理にかかったところ、
ガチョウの餌袋からキラキラした青い宝石が出てきたというのです。
その宝石は、新聞記事「コスモポリタン・ホテル宝石盗難事件」に出ていた、
モーカール伯爵夫人の盗まれた「青い紅玉」に違いありません。
その「モロッコ革の化粧箱から宝石が盗まれた事件」と
「トテナム・コート通りでひろったガチョウの餌袋」は、
いったいどのように結びつくのでしょうか?
ガチョウ Wikipediaより
新聞広告で落とし主の男をベーカー街に呼び寄せ、ガチョウをどこで手に入れたかを聞くホームズとワトソン。
そのあと、ガチョウのルートを追ってロンドンの街中を移動する二人。
①フェルト帽とガチョウの落とし主、ヘンリー・ベーカーは
博物館の近くにあるアルファの店で「ガチョウ・クラブ」という催しに参加し、
毎週数ペンスずつ積み立てて、クリスマス用のガチョウを手に入れた。
②ベーカー街→ブルームベリ区の「アルファの店」に移動
店の主人は、「そのガチョウは、コベント・ガーデン市場の鳥屋から2ダース仕入れたなかのひとつ」だという。
③コベント・ガーデン市場へ
ホームズは鳥屋の主人と、「そのガチョウは〝町で育てた鳥〟か〝田舎で育てた鳥〟か」で賭けをし、
「ガチョウは町の養鶏業者から買い取ったもの」であることを聞き出す。
④街の養鶏業者、ブリクストン通り117番地のオークショット夫人のところに行こうとした矢先、
犯人と出くわす。
(ここから先の、事件のオチは本を読んで確かめてみて! 面白いです。)
さて、こうして犯人を見つけ、事件を解決したわけですが、
ホームズは事件のいきさつをすべて聞き終わった後で、
ふいに立ちあがり、ドアをさっとあけてこういいます。
「でていけ!」
「なんですって、ホームズさん! なんとありがたい!」
「でていけ! これだけいえばたくさんだろう」
つまり無罪放免してやったのです。
もし宝石盗難事件の犯人をこのまま警察に引き渡せば
生涯囚人暮しとなるでしょう。重罪だから。
しかし…ホームズはいいます。
「ちょうど、おおいにめぐみをほどこすべきクリスマスじゃないか。
めずらしい、奇妙な事件ととりくむチャンスにめぐまれたのだし、
それも解決できたとなれば、それだけで苦労のしがいがあったというわけだ。」
いろいろあったものの、けっきょくは無害な事件。
謎解きの過程を落ち着いた気持ちで楽しめます。
タイトルにもなった高価な「青い紅玉」とならんで主役を張ったのは
「クリスマスのガチョウ」でしたよ。
<おまけ>
クリスマスとガチョウ──19世紀のロンドンでは
クリスマスとえば七面鳥、日本では鶏が定番になっていますが
19世紀のイギリス・ロンドンでは、ガチョウがクリスマスの大ご馳走だったようです。
『クリスマス・キャロル』にも、現在の幽霊が見せた幻影のなかで、
スクルージの雇い人ボブ・クラチットの一家が、本当に美味しそうに安価に手に入れたガチョウをいただくシーンが出てきます。
スクルージは、クリスマスの朝に目覚めたあと、いまならやり直せると、感謝と喜びに満たされ、
品評会で賞品をもらった、幻影で見たものよりもっと大きくて見事なガチョウを、ボブ・クラチットの家に届けさせます。
『青い紅玉』でも、ガチョウは最初に登場した落とし主が、
「ガチョウ・クラブ」なるものでお金を積み立てて手に入れるくらい、
クリスマスの食事のメインイベントだったようです。
クリスマスにはガチョウというのは、たとえば日本人であるこちらが思っている以上に
クリスマスをクリスマスたらしめるシンボルだったみたいです。
※この記事はばっちもんがらさんのブログ、Yam Yamさん、mobileさんのコメントを参考に
書き直しています。おかげさまで、内容が濃くなった気がします。感謝!!です。