梨木香歩、1959年うまれ。同志社大学を卒業し、イギリスに留学している。
いまはどうか知らないが、長らく京都在住だったのは、大学が京都だったせいだろうか。出生地は不明。九州に山小屋を持っていた時期があるようなので、九州の出身かもしれないと思う。
ネットで検索したところ、宮崎、京都と諸説あるが鹿児島県出身というのが濃厚。
イギリスで、児童文学者のベティ・モーガン・ボーエンに師事する。
『西の魔女は死んだ』と、あとは短編をいくつか読んだくらいだけど、それらの小説と、このエッセイでは、随分趣が違っている。
情景や心象風景の描写に優れた人。
少年が蝶々を採集して虫ピンで標本にするように、さまざまな体験を採集して、文章によって標本にする感じ。
文章が無機質というわけではない。情感豊か。それでも、自分が経験した情景を文章に転写するような、そういう作業が感じられる。
言葉を編んで、情景を浮かび上がらせるのがたくみである。
こういう作家だったのかと、いまさらながらにうなっている。
ストイック。
このエッセイはカヤックに乗って体験したことを中心に水辺の情景に絞って語られる。
ちくま文庫の帯は「物語の予感。カヤックで漕ぎ出した水辺の世界を描く、珠玉のエッセイ。待望の文庫化」とうたっている。
表紙が星野道夫さんの写真。アラスカで写真を撮り続け、最後に野生のクマに襲われ亡くなった印象深いカメラマンだ。カバーデザインは鈴木成一デザイン室。力が入っている。
★水辺の遊びに、こんなにも心惹かれてしまうのは、これは絶対、アーサー・ランサムのせいだ──長いこと、そう思い続けてきた。
ウィンダミア──初めて英国湖水地方最大のその湖の姿を見たとき、彼の小説の主人公の使用年たちが──ロジャーや、ジョン、スーザンとティティたちが、「蛇行して」過ごした夏のことが眼前に生き生きと蘇り、胸が詰まったことを覚えている。けれど、現実のウィンダミアは、ほとんど完全に観光地化されていた。(9ページ)
★けれど、この、今日の神々しいまでの光り具合はどうだろう……。
『アイヌ神話集』の、
「銀の滴降る降るまわりに、金の滴降る降るまわりに」
という一節を思い出す。そのままずっと見ていたいぐらいだけど、思い切ってその結界のただ中へと入ってゆこう。ボイジャー号、末端衝撃波面を突破します。アーサー・ランサムの小説の、凛々しい主人公たちを真似て、小さくそう呟き、えいっとパドルを動かす。(25ページ)
★実は私自身、十代の頃、ポケットに球根を入れて一人で近所の山を歩いていた時期があった。日当たりのいい草地を見つけては、いたずらのように球根を一つずつ埋め込んで歩く。そしてその球根の花が咲く時期に、もう一度歩いては、まるで思わぬサプライズを拾ったように喜びを集めて歩く。見つからない花もあったし、周りの雑草に埋もれて見つからないものも多かったけれど、それだけに弱々しくても無事咲いているのを見つけたときの喜びはひとしお。今はもちろん、そんな環境破壊の一種のようなことはしない。(65ページ)
★私の集中力が異様に見えるのか、観光客が物珍しげにこちらの手先を覗いてゆく。こういう視線には慣れている。けれどまあ、本当に、何でこんなに夢中になるのだろう……。いや、理由は分かっている。
物語のにおいがするのだ。(73ページ)
★私はゾクゾクとワクワクが奇妙に入り交じった、「身の毛もよだつ」感じを味わいながら、船着き場に帰ろうとしている。
物語の予感は、いつでもこんな風にやってくる。(90ページ)
★そのストラクチャーの本質は残しておきながら、ディテールをどうヴィヴィッドなものに変えてゆくか、というところに語り部の本領が発揮される。民話とは、昔からそのように伝わってきたのだろう。(102ページ)
★まだ学生で英国にいた頃、水曜日の午後は、隣に住んでいたアイリッシュのおばあさん、サリーの所へお茶をよばれるのが日課だった。…略…
そういうある日の午後、マザーグースより、こっちの方が面白いかもしれない、英国人の血肉、という意味では同じくらい重要だし、と彼女が手渡してくれたのが、『The Wind in the Willows』(邦題『楽しい川べ』)だった。(118ページ)
★(樹木の)個体野中に流れている時間のスパンが、動物のそれとはどこか決定的に違う、という気がする。(146ページ)
★その言葉が、私の脳裏にしまってあつた、外国のある作家の手紙の言葉を思い出させたのだ。
その作家は鬱病の夫を抱え、地域の中心的な人物として、慈善会等様々な場で活動せざるを得ない牧師夫人でもあった(つまり、夫は鬱病の牧師である)。昔の牧師夫人というのは、面倒見の良い、信仰心の篤い女性、という像を当然のように押しつけられていた。今、手近にその本がないので正確なことは書けないが、彼女が書簡で確かそんなことを言っていた。二千年かけて育ってきたキリスト教という大木は、今まさに倒れようとしている。その大木を頼って様々な生物が生きている。ショックを与えないように、ゆっくりと倒れさせ、朽ち果てさせなければならない。できるだけ時間をかけて。自分の役目はそれを助けること、というようなことを。(157ページ)
★舞台は北欧だが、リンドグレーンの『私たちの島で』で、主人公の少女マーリンは、初めて避暑に行くことになった「ウミガラス島」を一目見たときの印象を、日記に次のように書いている。喜びのあまり、自分自身に問いただすように。
「マーリン、マーリン、おまえは長いあいだどこにいたの? この島は、ここでずっとおまえを待ちつづけていたのに。心ひかれる浜小屋や、昔ながらの村道、古い桟橋や漁船があって、胸がうずくほどこんなにも美しいこの島が、外海のなかにしずかに平和に横たわっていたのに。それなのにおまえがそれを知りもしなかったとは、ひどすぎはしない?……」
成長期に、こういう海外の「率直な」文章にどっぷり浸かってしまったことが、確かにその後の私の、どこか日本人として奇異な部分をつくった原因かもしれないと、認めざるを得ない。けれど、もう、そのことはいい。ときどき対人関係で少し苦境に陥るだけで、概して退屈とは縁遠い毎日を送れたのだから。
これは個人の、内的な歴史の一部。(176ページ)
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ももんが
neko774no@yahoo.co.jp
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