(昨日のつづき)
あまりオススメできないが、こんな使い方もあるという例を一つ。
人生には度々帰路に立たされる瞬間がある。
目の前に大きな壁が立ちはだかった時、人は何かしらの選択、そして決断を迫られる。
上記の絵は、そんな窮地に追い込まれた場面での「だいじ」の使用例である。
本来なら「ごめんなさい」と素直に謝るべき場面ではあるが、そんな時にあえて「だいじだいじぜんぜんだいじ」を使うことによって、その場の緊迫した空気を和やかにし、問題に対して冷静な判断ができるというものである。
しかし和やかになるのはいいが、和やかになりすぎて都合の良いように自分の置かれた立場をいつまでも曖昧にしてしまうという、そんな間違った使用例もあるので気をつけてほしい。
●その間違った使用例●
「生理がこないの」
「だいじ」
「妊娠したの」
「だいじだいじ」
「結婚して」
「だいじだいじぜんぜんだいじ」
人生のさまざまな瞬間に立ち会い、人の心を和やかにしてくれる栃木弁「だいじ」。皆様もぜひ一度使ってみては。ただし、くれぐれも人道を逸するような使用は避けるように。
(も少し続く。では明日)
あまりオススメできないが、こんな使い方もあるという例を一つ。
人生には度々帰路に立たされる瞬間がある。
目の前に大きな壁が立ちはだかった時、人は何かしらの選択、そして決断を迫られる。
上記の絵は、そんな窮地に追い込まれた場面での「だいじ」の使用例である。
本来なら「ごめんなさい」と素直に謝るべき場面ではあるが、そんな時にあえて「だいじだいじぜんぜんだいじ」を使うことによって、その場の緊迫した空気を和やかにし、問題に対して冷静な判断ができるというものである。
しかし和やかになるのはいいが、和やかになりすぎて都合の良いように自分の置かれた立場をいつまでも曖昧にしてしまうという、そんな間違った使用例もあるので気をつけてほしい。
●その間違った使用例●
「生理がこないの」
「だいじ」
「妊娠したの」
「だいじだいじ」
「結婚して」
「だいじだいじぜんぜんだいじ」
人生のさまざまな瞬間に立ち会い、人の心を和やかにしてくれる栃木弁「だいじ」。皆様もぜひ一度使ってみては。ただし、くれぐれも人道を逸するような使用は避けるように。
(も少し続く。では明日)