「どうしても大阪に帰りたいのです。なんとかしてくださいよ」「本社でできるだけ頑張ったほうがいいよ」データ通信本部の上司にお願いしたが、上司は地方のデータ通信事業の現場は私には合わないと知っていたのだろう、当初は首を振らなかったが希望調書で大阪転勤を書き続けたために1983年ついに大阪勤務となった。
大阪は生まれ故郷であり、楽しいイメージだけが膨らんでいたがさて転勤となると生まれ故郷への帰還はたやすいものではなかった。職場でも家庭でもさまざまな困難が待ち構えていた。そして優秀なスタッフや大きな仕事にも恵まれた。いわば悲喜こもごもの大阪生活であった。ここでは落胆した出来事を回想してみた。大阪の経験は落胆したことだけではない、感動した出来事も多くある。ここでは落胆した体験を書く。
<出勤しない社員>
「彼の担当は空欄になっていますが、どうしてですか」「彼はちょっと事情があってな。一応席は企画部だけど、実際は統括調査役預りとなっているから後で説明がある。気にしなくていいよ」大阪の職場に赴任当日、上司から部員の担当職務の説明を受けている時にある部員の担当欄が空白になっているのが気になって質問したときのやり取りだ。仮に今泉君としておこう。
統括調査役に聞くと今泉君は名うての問題社員として有名な存在らしい。職場の古株の高橋君に事情を聞いてみると今泉君は夜は北新地の繁華街で屋台を引いていて、それが終わると女を迎えに行くという。昼間はひもとして殆ど寝ているらしいという。そんな社員もいるのかと大阪の地で早速カルチャーショックを受ける。
一応直属上司としての責任もあるのでどうしたら良いかとその統括調査役に尋ねると、組合問題もあるのでこちらで対処するという。それなら最初から人事部付けにしておけばこちらも余計な気をもまずに済むものをと内心思ったが言わずに飲み込んだ。
我が課長氏も同じく新任で、今泉君の勤務態度を気にしているらしくある日彼のすむアパートに行く。ノックしても出てこないが人のいる気配がする。鍵穴から除いてみるとA君と女と布団に寝ているのが見えたそうだ。我が課長氏の顔にはむき出しの好奇心と、なにやらその先を言いたげな表情があった。
ある日、今泉君珍しく出社。顔に乱れた生活が出ている。勤め人らしいある種の緊張感や締まりは顔に全く残っていない。顔は少しむくんでいる。私は初対面ながら話を聞く立場だろうと考え、別室で話を聞く。まるで別世界の人種に話している気分になってくる。クラゲにはなすとこんな気分だろう。「会社に迷惑をかけるつもりはない」と以外に立派なことをいう。「もう既にかなり迷惑はかけていると思うが」と喉まで出かかるが呑み込む。今から考えると彼の表情には「あんたみたいな若造には俺の人生なんて皆目理解できないだろうな」と書いてあったな。しかし仕事場で訳知り風の顔をするのももっと妙だ。杓子定規な聞き取りだけを行うしか方法はなかったな。その後人事のボス氏にも退職の話をしたようだ。
その後今泉君に退職事例が発令される。会社都合となったと聞く。この場合退職金としてまとまった金が出るので、それで夜の遊びで作った借金を返したということだ。恐らくたちの悪い追い立てを喰った末の決断だろう。
<辞令を破る社員>
辞令を破る社員 2月は転勤や昇格の時期で、転勤者には辞令が渡される。ある日の朝、みんなの注目を集める出来事があった。上司がある社員に辞令を渡そうとするとその男は辞令をびりびりと破いた。そして上司につかみかかろうとした。学者肌の上司は幾分おびえている。どこでみていたのかその上の上司がやってきてその場を収めた。その上の上司は柔道4段でその迫力に押されたようだ。この上司はこんなところでないと使い者にならない男だが、このときはなかなか立派だった。その社員は転勤を受け入れたのか席を去っていった。その後は知らないのだが、次の職場で受け入れられたとも思えない。
<仕事のない社員>
NCB(中の島センタービル)の地下に居酒屋があり仕事を終えた社員が集まってくる。着任直後にこの居酒屋でスタッフと一杯やっていたときのこと、同じNTTデータの社員で他の課に属する男性の社員がやはり飲んでいてこちらの席に近づいてきた。一緒に飲んでいたA君がこの男となにやら話をした直後にこの男が水を顔にかけた。軽口めいたことをいったのが気に食わなかったのだろう。
この社員は昼間、定期的に他の職場を回ってくる。疎外感を感じていないという虚勢を張っているのだが声をかけて二言三言話しては次の職場にゆっくりとした足取りで向かう。
<副業でポルノを書く上司>
上司の一人のBさんはのんびりとした人好きあいのよい人柄で、職場の和を保つことである程度の地位を得てきたひとだ。そう、職場の和、これが大阪時代にもっとも大事にされたことで、課長研修で最も大事なことは何かとの設問に職場の和と書いている課長がいたことが印象に残る。そんな人柄だけに部下から信頼されるというより舐められている気配がある。それでも労使間のバッファ役として有能とみなされている。こんな役割をになう管理職も存在した。
このBさんとも会社の退け時など一杯飲むこともある。そんなあるとき、Bさんはポルノ小説を書いて雑誌に投稿しているとの話をしてくれた。ときどき採用されて掲載されているらしい。そんな隠れた才能があるのだと夕ぎりそばを箸でたぐろうとした手を止めてまじまじと顔をみた。
このBさん、ほかにも才能を発揮している。フロッピーディスクの鍵を開けるソフトを開発して雑誌で売っている。そして韓国語を習得中だという。ポルノ小説の投稿とソフト開発、この意外な組み合わせにも少なからず驚いた。
<定年退職で女を買った話をする上司>
定年退職で会社を去ることになった上司は会社から通知をもらった日に同じ定年退職組の友人数名と連れ立って記念に女を買いに行ったと酒の席で得意げに部下にしゃべった。職場で紳士ぶらないこと、本音をみせることが大阪では大事なことだと学んだが真似をする気にはなれなかったな。
<現実ばなれの部長>
日経新聞の切り抜きを作ってそれをネタに現場とかけはなれた話が好きな某部長はシステム開発の経験がまったくない。大阪では優秀な管理職も多いが一方ではこのようなとんでもないレベルでも出世の階段を上ることができる。本社の目が行きとどかない職場なのだ。
この部長は某有力顧客に「あなたの話は難しいからね」といやみを言われても一向に気が付かない。実際にシステム開発を経験したこともシステム設計に携わったこともない男が日経コミュニケーション、日経新聞記事の受け売りで部下を仕切っていく。
<怒鳴り散らす担当部長>
大阪勤務でなにかと文化の違いに苦労したがようやく移動体システム開発のリーダになって所を得た。それまでのシステム開発の経験が全面的に生かされることになった。しかし開発プロジェクトの真っただ中、何も考えずにチームの主要スタッフをすげ変える無神経な上司には閉口した。この上司の振る舞いには常に強いものに媚びる姿勢があり立場の弱い者には怒鳴り散らす悪癖があった。大阪ではとくに組合が強いためにこの男の仕事ぶりには背景に組合への迎合がちらつく。この男、強い上司の前では膝を少しかがめる女のようなしぐさで満面の笑みを浮かべてシナを作る。上司には徹底的にゴマをすり、部下には非情に怒鳴り散らす。
システムダウンなど緊急事態になったときにこの男の無能ぶりがさらけ出される。まず緊急事態の対応が先なのだが、現場に怒り狂った表情で現れて懸命にコンソールに向かって対応している部下を怒鳴り散らす。自分の怒りを発散させることが第一義なのだ。のちに福島原発事故のときに菅首相が現場に現れて怒鳴り散らしたとの報道に接したときにこの首相の無能ぶりとリーダシップを完全に誤解していることを悟った。
<エキセン管理職>
管理職Ⅿは部下に怒鳴り散らすことができるのが優秀な管理職と誤解していて、ことあるごとに感情的な叱責を加える。部下からはエキセンと陰で呼ばれている。ほとんどアルコール依存症候群に近く、大酒を飲むため痔と前立腺を患っている。総務の若い女性の胸をつかむなどの行為もなぜか表ざたになることはない。
<勘違いしている部下>
妙な通信プロトコルノウハウを抱え込んで他人に明かさず能力があると勘違いしている部下がいた。当時コンピュータを接続して通信を行うにはプロトコルがあったがそれに方言が混じりうまく接続できないことが多かった。その方言を知っていることが技術者の身を守るために有効だった。だからそのノウハウを持った男は容易にそのノウハウを文書化しない。
その男の身に技術が蓄積され他の社員は蚊帳の外に置かれる。現在のネット社会では考えられない前近代的な仕事のやり方が地方のしかも一部の職場ではなされていた。こうしたことが企業ノウハウとされた古い考えはインタネット時代の到来で影を潜めることになる。
地方には顧客特有のシステムを受注しているので顧客特有の規模の小さな受発注システムや経理システム、各種の占いなどがあり、多くはそれぞれの顧客に張り付いた社員の個人ノウハウに依存していた。社員は顧客に専属となるが変わりがいないために非常に採算性のわるい運営となる。
<新任をいじめる風潮>
友人の榊原君は私より一年早く本社から大阪の現場機関に転勤となった。ある銀行システムのハードメンテナンスが仕事で部下がやるべき仕事まで自分でしょい込み、とうとうストレス過多で倒れた。不整脈がひどくなり廊下で倒れた。彼はその後仕事を辞めることになった。上司が彼を臨時の仕事で雇うなどの気配りを見せたが結局システム開発の経験はここで終わってしまう。
198x年x月x日
以前から職場が同じでよく知っている同僚のA君が不整脈で倒れたとのこと。会って話を聞くとこちらに転勤後何度も不整脈を経験しているらしいが、今回はことのほかひどく、職場で仕事中に倒れ、心臓が止まったという。彼の担当のクライアントの苦情が厳しくそれによるストレスがひどいとのこと。元々丈夫だっただけに、心労がよほど重なったのだろう。
198x年x月x日
A君会社を辞める決意を固める。このままでは死んでしまうと思ったらしい。
198x年x月x日
A君会社を辞める。B君のこともある。転勤後にある種の条件が重なると精神的にかなり追い詰められるらしい。人ごととは思えない。幸いと言うべきか、私の職場はそこまで人間関係も含めて悪い職場環境ではない。しかし皆無という訳ではない。
B君は課長として赴任後、レクレーションの一環のソフトボールで誤ってバットがあたったか部下を傷つけてしまい、その後、精神的におかしくなった。B君も以前の職場でよく知っていた元気いっぱいの青年だったが赴任先で事故の後会ったが別人のように憔悴していた。なんだか風船のしぼんだような印象であった。目に全く力が無い。覇気などどこを探してもない。
ある事故を堺に職場の部下の見る目ががらりと変わり、若い課長は精神的に追い詰められていったのかもしれない。あるいはソフトボールで自分が誤って怪我をさせた部下の怪我が思いの外重くて悩みそれが深い心の傷となっているのか。
198x年x月x日
A君が会社を辞めた後に会う。自宅からかなり離れた山中に土地を買い、自力でログハウスを建てているという。毎日肉体労働で見違えるように元気になっている。不整脈はすっかり無くなったという。元の上司の紹介でパートタイム的に仕事をしているという。なかなか思いやりのある上司だ。それと自宅でパソコン教室を開いたとのこと。奥さんが働いているので子供の世話もしなくてはならずかなり忙しい毎日らしい。
<幽霊がでる>
大阪堂島電電ビルでは怖い話も聞いた。深夜の食堂で幽霊を見た。建築中の事故で亡くなった人らしい遺体がすきまから出てきたとか。
198x年x月x日
課長研修会に出席する。幹部のAさんの講演あり。この人は40代になったばかりの若手幹部だが外見は落ち着いて見える。話の内容は要約すると「自分の経験では人間は働き過ぎではなかなか死なないものだ。みんなもっと働け」ちょっと無理のある話だ。やはり人生訓的な話をするには、まだまだワカい。
外部講師の話あり。個人のセミナー屋さんだが2人ほどスタッフを抱えている。電卓の使い方をかなりの時間を費やして説明して、実践的な研修だと勘違いしている。ときおり昨夜出向いたらしい北新地のママの下ネタ話で気を引こうとするが、下品な笑いをとろうとしているのが見え見えでつまらない。この外部講師の話は全く面白くなかったが最後に教訓的な事を言って締めくくった。これだけは印象に残る。
「人はほめられ袋をもっていて、それが一杯だと人にもほめてやろうとする。だから人にはほめてやりなさい。反対に叱られ袋ももっている。いつも叱られていると人にも小言ばかり言うようになる」
夜は食事の後テーマを定めての発表会があった。いろいろな職場から集まっているので関心の持ち方に違いが有るのが興味深い。Bさんは昔ながらの伝統的職場から来ている。職場の和をもっとも大事だと考える旨の発表。労働組合との関係で苦労しているのだなと話を聞いていて思う。
198x年x月x日
研修2日目 本社幹部Bさんの話。この人はなかなか国際経済をよく勉強している。GDP比較で世界の中での日本の経済力の位置などを数字を並べて説明してくれる。しかし肝心の会社の経営数字や今後の会社の方向性の方は説明なし。おいおい、本社の最高幹部だろうが。
社長の講演あり。この社長は親会社から来ているので当業界のことは現在勉強中とのこと。しかし勉強家らしい。はじめて社長になって本屋で社長に関するノウハウ本を大量に買い込み読みあさったそうだ。このあたり普通は舞台裏をしゃべらないよね。正直にしゃべるところがこの人の持ち味らしい。この社長はさすがに経営の方向性を明確に説明するが、教科書的なところは否めない。
広報担当幹部の話は面白かった。夕刊紙の記者は後がない。特落ち(他社がすべて載せているビッグニュースを落とすこと)したら倉庫番に飛ばされるらしい。
夕刊の締め切りまでに時間的余裕が無いので記事をあらかじめ作ってくる。取材してもその話に合うところだけを切り取ってでっち上げる。夜何時に帰っても記者が家の前を張っている。人格的にも危ないのが多いとか。大きな事件に出くわした体験の話だけに面白い。研修会中最も面白かった。
最後は作家の藤本義一さんの話。人事課長が藤本義一氏を紹介したが、その紹介の仕方がカンにさわったらしく藤本さん冒頭からお冠の様子。
「11PMの司会でおなじみの藤本さん。小説家でもおありで・・・」と課長氏が紹介したのが気に入らなかったようだ。小説家が本業です。と課長氏をにらみながら不機嫌に苦情を。
話は、「人の頭は一日に十万単位で脳細胞が壊れていく。酒を飲めば十万、眠りすぎても十万、運動しすぎても十万、セックスしても十万単位で脳が壊れていく。」人の脳細胞は4兆あるので、10年でどれだけ減るか、20年でどうだとかを漫談調で話していく。なにかで読んだ受け売りだろうが余り面白くない。正直「それで・・・」の感あり。