300年企業を目指すソフトバンクだが、意外なことをソフトバンクのある役員から耳にした。「ソフトバンクがもう大企業病で、誰が何をしているのかわからん」日本テレコムに始まりボーダフォンやウィルコム、イー・アクセスの買収と人材が流れ込み、顔すらわからないとぼやく状況になっているという。
中堅幹部からも「人事が規則規則で、5時には机を完璧に片付けて家に帰らされる、でもかつての夜中まで時間を忘れて没頭した熱気は今やなくなっているね」筆者はこれを聴いてこれでは300年企業どころでは無いなと思った。ソニーでもホンダでも東芝でもシャープでも侵された大企業病がソフトバンクにも忍び寄っていることを感じた。大企業病は大企業経験者には苦いものとして見えるがそうでない人にとってはむしろ誇らしいものに錯覚する、これが厄介な点だ。
ADSL開業当時は孫正義氏の半径10メートルの人間的魅力で遭難寸前の嵐を乗り越えた、今は殆どの社員が見たこともないと云う。人材の獲得は孫正義氏の眼力で直接集めたので「七人の侍」のように多様性を持った人が集まりそれぞれ能力以上の力を出した。やがて大企業となり前述のようなほころびが見えだしそれを直言する人もいなくなる。三国志を読んでも、ローマ帝国の衰亡を見ても、どうもこれは古今東西どのような組織でも避けられない道程であるようだ。だからソフトバンクに限った話ではないし、特別責められるべきではない。だが300年企業を目指すというからには手を打って置かなければならないが、こうしたちょっと小耳にはさむことから察する兆しや、皮肉なことだがある300年企業を扱ったノンフィクションを読む限り筆者は300年企業の可能性を信じてはいない。
孫正義氏を悩ました問題に顧客の住所不一致問題があるがこれは大企業病の現れだと気がついたのは後の事だ。孫正義氏が当時死に物狂いで戦ったNTTの大企業病に自ら侵されて行くかもしれないというのは歴史の必然といってしまうとそれまでだが皮肉なことだ。
2001年初頭に名義人不一致問題と類似の問題で住所不一致問題があった。これはNTTに対してADSL回線利用申し込みの際に名義人の名前と住所を記入するが、この住所記述がNTT登録住所と完全に一致していなければ受け付けないとするもので、2001年初頭に既に開業していた東京めたりっくやイ-・アクセスにACCAは随分悩まされた。
住所が不備であればしょうがないじゃないかと考えられるが、たとえば千代田区1-1-1 ライオンズマンション300が登録住所だとすると、千代田区1-1-1 LM300(つまりライオンズマンションを略語でLMと書いたケ-ス)ではNTT東西から住所不一致で返されてくる。郵便では十分届く記入の仕方でも、NTTデ-タベースに登録された住所と一字一句同じでなければ不一致で返されるためにこの不一致率が20%近くなりADSL事業者は頭を抱えた。
これだけ不備が多いとスム-スなサービス開始が到底できない。驚いてNTT接続推進部に住所が不一致で受け付けられない実態を聞いてみると、希には全くおかしな住所(たとえば新潟県横浜市など)もあることはあったが、ほとんどが、単なる記入方法の変形、いわばゆらぎに過ぎない。
その程度の変形では郵便配達では十分支障なく届くことが判明した。例えば、ライオンズタウン100号 と書くところを、LT100と書くとNTTでははじかれてしまうが郵便局の配達員はどちらの表記でも問題なく届けてくれる。NTT台帳に書かれた住所と顧客自身が書いてきた住所の実用上問題ないレベルの差異までをコンピュ-タではエラーと認識してしまうためだと説明して恥じない。これはNTTが郵便局よりも大企業病に侵されている証左で、郵便局は個人事業として営んでいるために大企業病を免れているのだ。
NTT東西のチェックシステムの改善を何度も申し入れ、接続ル-ルの改善としても総務省の各種のパブリックコメントに意見を提出したが当分の間、NTTから拒絶され続けた。そのうち、何かの動きがNTT東西内部であったのだろうか、郵便物の届く範囲でのマッチングのため人出を介して実施することでOKとなった。
ついで名義人不一致問題がある。2001年当初から問題は発生していたがソフトバンクのADSL参入により2001年の秋から一層おおきな問題としてクロ-ズアップされた。名義人不一致は顧客の記入したNTT回線名義人とNTTの顧客デ-タベース上の名義人が異なるためにおきる。ADSL事業者からNTTへのADSL回線利用申込み時に大きな問題となり、2001年9月の開業以来ADSLがピ-クを終えすでにFTTHに主役の座を譲り始める時期まで容易には解決しなかった。
孫正義氏は「死んだ爺さんの名前が名義人になっていて孫はそんな名義人など知らない、NTTでは何の問題もなく使えるのに我々だとチェックされる、本当におかしい」と、ことあるごとに訴えていた。
NTT社員の間からこれは顧客も困り、おかしいのでなんとかしましょうという声が上がらなかったのだ、この本質はNTTの大企業病だと後年に気がついた。
NTTの大企業病である名義人不一致問題でさんざん苦労したのに、今度はソフトバンクが大企業病になる、これは歴史の茶番で残念なことだ。こうした歴史を学ぶことが役に立つと思い書いている。非常に大事なテーマを含む事例なので以下に詳細を述べて置きたい。
ADSLサービス申し込みの15%前後が名義人不一致になり、電話で確認してサービス開始に結びつけるが電話で再確認と言う方法は簡単なようで実は相当困難を伴う、最終的にはひと月かかると言った事例もあった。それでも確認ができないと言うケ-スも多い。名義人不一致解消にかかるオペレ-タ費用や顧客を逃がしてしまう逸失利益は事業経営を圧迫した。
名義人がわからなくなる原因は次のケ-スがあった。
①両親や祖父などが名義人であった。
②同居のたとえば大学生の息子が、名義人の意味を理解せずに自分の名前を書いてADSL各社に申し込む。
③電話回線販売業者から買い取ったケ-スでは、名義人がその販売会社のままになっている。
名義人不一致のデ-タ不備で帰ってきた申込みは以下のような流れで処理されることになる。
①ADSLプロバイダのデ-タ不備解消の専門チ-ム(ソフトバンクBBでは数十人規模)が電話を掛けて、名義人の確認をお願いする。勤務にでていたり、買い物であったりで外出しているケ-スが多く通常一回で電話が当事者につながることは稀で平均三回程度の呼び出しでつながる。それでもコンタクトがとれない人も多く、ひと月後に打ち切るとしてもかなりの数がサービスできないままに置かれる。
②電話と並行して往復はがきを発送するが、これを合わせても解決率は6,70%ではなかったか。
正しく訂正されて、順調に開通するのが平均32日かかり、場合によっては2,3ヵ月後だったりする。
ADSL事業がピ-クを迎えたのちの2006年11月の公聴会において孫正義氏は開業以来約100万の名義人エラ-があったと述べており、結局、名義人エラ-の後処理で32億円程度(100万*3200円・・・後処理費用)の後処理費用と30万顧客をロスしたことになる。30万人の逸失顧客から逸失利益を計算すると数百億円のロスが発生していることになる。
ソフトバンクBBのみならず、他社もこの名義人問題では悩みを抱えていた。 KDDIの小野寺社長も同公聴会で以下のように述べている。
「回線名義人の不一致により、番号ポ-タビリティ等のサービス提供までに要する期間が増大し、申込みのキャンセルに至ることもあります。 中略 名義人資格の継承など、これが適切に行われていないため、中略 不一致がかなり発生しております。中略 ドライカッパ・番号ポ-タビリティとも、回線名義人確認手続きを簡略化すべきではないかと思っテ-マす。」と、NTT東西の名義人デ-タベースのメンテナンスの怠慢と、チェックの簡素化に言及している。
又、株式会社ケイ・オプティコム土森常務取締役も同様の発言を同公聴会で行っている。
「NTTからの番号ポ-タビリティということで固定電話の回線名義人の照会を行っておりますが、中略 1割以上の割合でNTTから不整合、「ノ-」というのが返ってきております。中略 そもそも、回線名義人が利用者にわからないということ自身、問題ではないでしょうかということです。中略 競争事業者のためではなくて利用者のためであるということをもっと意識していただきたいと思っております。」とこれまた、メンテナンスの怠慢に疑問を投げかけている。
「NTTでは代理店が獲得した申し込みの名義人はノ-チェックですよ」NTTでは代理店からの申し込みは申し込み候補者として扱い、すべて、NTT社員が電話し、本人確認するのだと言う。だから、代理店からくる受付の名義人が間違っていても名義人を確認できるので受け付けるのだと言う。
NTT東西にADSLサービスを申し込むと、申し込み本人が名義人を知らなくても上手く誘導してくれる。ソフトバンクへの加入を前提に116に正しい名義人の確認をしても、教えてくれない。さらにこの名義人の確認の際にNTTのADSLへの加入を誘導されるという苦情があがることが度々あった。
具体的事実があると、NTT東西に申し入れを行う。しかし殆どのケ-スで事実を確認できずとの回答である。116とのやりとりを録音したい衝動に駆られたが、これはさすがに違法だろうと実行はできなかった。NTT東西もオペレ-タ教育を徹底しており、露骨な誘導のケ-スはさすがに極めて少ないのだろう。
他社も困った問題ではあった。共通問題であることには変わりなく、共同戦線を張って解決を試みたことがあった。
イ-・アクセス、アッカ、ト-カイなどADSL事業者が集まり、NTT東西に顧客デ-タベースのクリ-ンアップを要求したことがある。名義人エラ-が10%以上常にコンスタントに出ると言うことは、NTTの顧客デ-タベースの名義人は10%以上が現状にアップデ-トされていないことを推測させる。これを正しい名義人にする試みがソフトバンクの孫正義氏から提案されいろいろな方法が検討された。
全NTT顧客に照会はがきを送り、現在のNTT登録名義人を顧客にチェックしてもらう。その回答を待ってNTT顧客デ-タベースをアップデ-トするというのがベーストな方法であることは容易にわかる。
しかしこの費用を試算してみると大変な金額になった。160円の往復はがきを3500万の個人顧客に送りつける。一回で100%の回答が来ることは少ないので平均3回繰り返すとして、その処理コスト(おもに人件費)も含めると優に200億円を超す。
最終的な回答率は70%もくれば大成功だろう。この先のメンテナンス費用も考えNTTを入れた各社で分担するとしてもとても賄いきれるものではない。この試みは頓挫した。
各ADSL事業者はこの名義人不一致問題に頭を悩ましていて単に手をこまねいていたわけではない。各種の対策を必死で講じていた。例えば次のような方法を考えていた。
① 客の申し込み時点でその場で販売代理店員が誘導して本人の携帯電話からNTT116(各種問い合わせ用受付番号)に電話をしてもらい、正しい回線名義を確認する。問い合わせた名前が正しければ問題なく、正しいとの答えが確認できるが、誤っている場合には「正しくないです」と答えられるだけで、正解は教えてもらえない。
個人情報保護の立場からは当然だろう。あたかもクイズあてのゲ-ムのように「ではxxxはどうですか」「それも正しくありません」「ではyyyyは」といった繰り返しで何とか正解にたどり着く場合が多いが、それでもたどり着けないケ-スもある。しかし結果的にはこれはかなり効果的な対策となった。
② NTTに名義人確認作業を委託する方法も取ってみた。つもりに積もった名義人不一致案件をNTTの子会社に委託して解決してもらうという方法が浮上した。
この子会社はNTTの電話番号案内が有料化されて人員削減が図られたときにつくられた、元のNTTオペレ-タさんを吸収する会社である。これはNTT西の相互接続推進部幹部から提案されたという変わった来歴をもつ。役立つかもしれないと藁をもすがる思いで業務委託してみたがしかしこの試みも電話しても不在の割合が想像以上に多く、解決の決定打にはなりえなかった。
住所不一致や名義人不一致はADSL各社共通の問題であり、2001年4月2日にはイ-・アクセスがNTT東西との問題点として総務省へ意見申し立てを行った。
申し立て内容は、「①利用者の確認・切り替え工事依頼時にNTT東西の営業部門となる116を利用する際、フレッツADSL勧誘・情報漏洩が起きる問題があるため部署を分離すべき」、②「ADSLサービスとフレッツADSLサービスの回線名義人・住所確認手続手続きに差がある為、簡素化などの措置が必要」、③「ダ-クファイバ接続交渉が遅く4ヶ月かかる場合があるため迅速化を要望」、④「接続不可区間のダ-クファイバ心線利用状況の詳細情報公開」、など4項目にわたるが①と②が、まさに名義人不一致題を訴えている。しかしこれも効を奏さなかった。
名義人不一致問題は日本特有の相互接続問題であり米国では理解されづらい
NTT顧客の名義人不一致問題は日本特有の相互接続問題と考えてよい。時折欧米の通信事業者や通信行政関係者来社して意見交換する機会があり、この名義人不一致問題をアジェンダの一つにすると、彼らの国にそういった問題が発生していないこともありなかなか理解してもらえなかった。おそらく親子間等での承継(NTTの用語で電話回線の権利を引き継ぐこと。施設設置負担金の支払からくる権利で、又電話番号の利用権を継承することでもある)そのものがなく、電話回線廃止と新規開設しかないので誤った名義が存続し続ける余地がないのだろうと理解した。
さらには日本固有の加入権と誤解される施設設置負担金に相当するものが無いのでそもそも加入権を売買する行為が存在しない。そのため名義が売買によって利用者と分離され異なった名前で使われることもない。親子であっても無くなった親や祖父の名義をそのまま使い続ける習慣がそもそもないのだろう。さらに納税番号制度がいきわたっており、この番号がユニ-クに顧客を特定するので問題が発生しないと思われる。米国にこの名義人不一致問題が存在しなかったことも総務省がこの問題に前向きではなかった理由のひとつだろう。(総務省は米国にお手本があると積極的に努力するが、そうでないとどうもモチベ-ションが働かないようだった)
名義人不一致の解決策としてNTTは基本料アンバンドリング案を提案するが合意は得られず
元来NTTは名義人問題に対してADSL事業者が契約時にしっかり確認しないことが問題だとの一貫した態度を取り続けていた。NTT東の相互接続推進部の幹部であった佐々木氏は次のようにNTTの責任回避を根拠とした論陣を張った。ADSLサービスではMDFで顧客の回線を一旦切断するので、不正な名義人をNTTが認めたとして、仮に通話が不可能になるなどの事故があった場合、顧客から損害賠償を求められ、その他訴えの当事者になる可能性があり、NTTが第一義的に責任を負わなければならなくなる。従って名義人不一致の申し込みは受け付けることができない。これにたいしてソフトバンク側は、それはレアケ-スであり、仮にそのような損害賠償が稀に発生するとしても、その時はソフトバンクが責任をもって賠償に応じる事を約束すると応じても結局は進展はなかった。
あるとき、 NTT東の佐々木氏から名義人不一致問題の解決策として一本のメタル電話回線を音声とADSLの回線使用権に分離すればどうか。そうすれば名義人が異なっていても利用権が分離されているから問題ないとの提案があった。NTTの名義人不一致の受付を拒む最大の問題点は、異なる名義人つまり見知らぬ他人にADSL接続工事時に回線を一時的に切られることや、勝手に回線を利用されたと訴えられることを恐れていたことによるがこの提案によればこうしたトラブルが避けられると見たようである。しかし、よく考えてみると電話回線切断による事故は同じであり、トラブルを互いに協力して対応しようとする姿勢がなければどうしようもない。
しかもアイデアはADSLの新たな利用権料が発生し基本料の値上げに通じる可能性もあり猛反対が予想される。さらにあらたなル-ルを作成し実現するには相当な議論と期間が必要である。即時の解決を望んでいる、「血を流し続けている」ソフトバンクとすれば、とても時間のかかる議論に思えた。名義人エラ-の後始末だけで、試算の前提にもよるが、月、2億円の金が吹っ飛んでいた。結果的にはこの案は現在のユニバーサルサービス基金制度をより複雑にするだけで、引き延ばしの口実だとみて同意しなかった。
遅きに失した総務省の名義人問題解決
この名義人問題は後に総務省谷脇氏のリ-ダシップで優先接続を事前に控えた事情もあり、請求書送り先名等、名義人同等のものでもNTTが受け入れることで一応実務的な問題は解決した。2001年から数年間にわたり継続した実に大きなテ-マであった。既にADSL事業者はこの問題で相当の出費をした後であり、これは遅きに失した判断と言うべきである。総務省はこの解決にいたるまで、個人情報の保護を盾に解決を渋り、事業者に血を流させ続けた。
一方、NTT東西はあれほど頑強に抵抗した名義人不一致の解決を優先接続の実現が近づくと自らの利益にかかわってくるとみて早急に請求人名義で妥協した。名義人不一致問題は過去のものとなったがNTT東西の名義人不一致に対して示した一連の態度はとても地域独占企業のモラルを示したものとは言えないだろう。
追記
総務省が2006年9月に発表した「新競争促進プログラム2010」では、「孫対策」とみられる対処がいくつか取り入られていると感じた。一例として総務省の「新競争促進プログラム2010の進捗状況について」を見ると「回線名義人情報の取扱いの改善」などが挙げられている。