新潟県の富士山と呼ばれる米山山が遠くに見える柏崎平野、そして水田風景。そこには並々とした農業用水が流れ込んでいます。息子が農水省募集の農業用水事業インターンに参加するとの話しを聞いて父が、それなら現場を案内しよう、と。
鯖石川の中流にある藤井堰にいきました。管理棟がそばにあって、4月から8月まで土地改良組合で監視するとのことで、村の方が常駐していました。そして、堰の壁を上げ下げする遠隔コントロール装置の説明をして頂きました。
管理棟の側には桜並木があり、立派な石碑が立っています。そこに刻まれている江戸時代から続いた「水の争い」に、百姓にとって、いかに「水」が大切であり命綱であったか、が読み取れます。
父の若き時代、政治家・田中角栄氏に「力」を借りて作り上げた藤井堰の歴史が、次から次に息子に語られます。どこまで理解して聞いているのか、よくわかりませんでしたが、父は満足そうでした。
お盆のお墓まいり、1年に1度の顔合わせ、長くここに生まれ育っているはずが、それでも私が知らなかった松谷家の先祖の成り立ちに、びっくりすることがあります。この家族の語らいにあらわれる記憶という一人一人の失われた生活風景。
この記憶が森羅万象のごとく都市住民に一人一人の心の中に横たわっているはずですが、核家族と言う都市の希薄な共同体、故郷を持つ多くの都市住民たちがこの記憶をたどりながら、隣近所の人々と語れるようになるのはいつの事でしょうか。
鯖石川の中流にある藤井堰にいきました。管理棟がそばにあって、4月から8月まで土地改良組合で監視するとのことで、村の方が常駐していました。そして、堰の壁を上げ下げする遠隔コントロール装置の説明をして頂きました。
管理棟の側には桜並木があり、立派な石碑が立っています。そこに刻まれている江戸時代から続いた「水の争い」に、百姓にとって、いかに「水」が大切であり命綱であったか、が読み取れます。
父の若き時代、政治家・田中角栄氏に「力」を借りて作り上げた藤井堰の歴史が、次から次に息子に語られます。どこまで理解して聞いているのか、よくわかりませんでしたが、父は満足そうでした。
お盆のお墓まいり、1年に1度の顔合わせ、長くここに生まれ育っているはずが、それでも私が知らなかった松谷家の先祖の成り立ちに、びっくりすることがあります。この家族の語らいにあらわれる記憶という一人一人の失われた生活風景。
この記憶が森羅万象のごとく都市住民に一人一人の心の中に横たわっているはずですが、核家族と言う都市の希薄な共同体、故郷を持つ多くの都市住民たちがこの記憶をたどりながら、隣近所の人々と語れるようになるのはいつの事でしょうか。