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植物園「 槐松亭 」

バラと蘭とその他もろもろの植物に囲まれ、野鳥と甲斐犬すみれと暮らす

梅雨が来ないのはいいけれど

2021年06月10日 | 植物
 6時から涼しいうちに草取りをいたしました。ゴミ出しも済ませやれやれ。

 5月の頃の南方の天気からして、梅入りが早く、今年も7月前半まで多雨・日照不足を覚悟しておりました。ところが梅雨入り宣言が出そうになったとたん夏日となり、以来雨降りの日が少ないのです。ここ数日は日本の一部では真夏並み、猛暑日が観測されております。

 夏野菜と果樹栽培に熱心なワタシとしては大変結構なのです。どんな野菜や草花も植えた当初は水を十分に与えます。根の生長を促進し「根付く」まで1,2週間は水切れしないように、土がやんわりと濡れた状態にいたします。しかし、それ以降はほとんど水やりが不要になります。極論すれば梅雨なんぞ無い方がいいのです。(降雨が無く日照りばかりだと、さすがに水撒きが必要になりますが)

 地植えの野菜はトマトがだいぶ大きくなってきました。乾燥とお日様大好きのトマトは、雨粒がほとんど落ちない荒れ地が原産で、根を深く張り、わずかな水分を必死に吸い上げて実に水分と栄養を送ります。ある程度色づいて熟してきたときに雨が降って根を浸すと過剰に水分が送られ、薄い皮が裂けてしまうのです。日照不足だと水っぽくなり甘さも足りなくなります。

 茄子は先日、初どりいたしました。柔らかくて瑞々しい夏野菜ですが、こちらも日照が一番大事です。日当たりがいい場所に植え、複数の苗なら1mくらい放して植えます。自分の葉っぱで他の葉が日陰になるのさえ嫌うのです。

 太陽の恵みは計り知れません。人間も動物も植物もみなお日様のおかげで健康に育ちます。

 ブドウは新設したビニール屋根のおかげで、直接雨だたきにならずに済みました。今のところ黒糖病にはなっていないようです。しかしこれも雨が降り続く梅雨になってみないとわかりません。油断せず近日中に霧吹きを使って、房の消毒を済ませたら、早々に袋掛けすることにいたします。

 スイカはようやく気温が上がり根が土に回ったので、つるがぐんぐん伸び始めています。いくつか雄花・雌花も咲き、数個はうまく受粉できたようです。小玉スイカが花粉を作らない品種が多いことから、人工授粉をするのが確実です。雨が降り続くと雌蕊の先が濡れて受粉出来ないので、梅雨時期はやきもきいたします。2,3日後にピンポン玉ほどに膨らめば受粉が成功したの証しになります。スイカは大玉なら3個くらいと言われていますが、生産農家ではないので5,6個まではならせるようにいたします。

 幸いにして、好天高温が続いており屋上栽培のスイカは順調であります。しかし、屋上のプラ舟の花壇に植えているので、夜間に地中から水分が上がってくることはありません。いくら乾燥好きのスイカでも全く水分がなくなった地中だと枯れてしまいます。雨降りの日は7,8割が土に入らないよう覆いをかけ、晴れた日が続けば、こんどは少なめに水やりをいたします。乾燥気味に育てる、この加減が難しいのです。

 さて、もうひとつの屋上の住人はメダカであります。毎年夏には一番気を使います。ただでさえ日照が強く西日までガンガン当たるのです。屋上の床の素材は塩ビ系で熱を反射し、照り返しで40度以上になります。するとメダカプールの水温も上昇し35℃を超えるようになります。メダカの水温の適温は28度以下、これから10度上昇すると死にます、煮えてきます。

 まだ梅雨前なので安心していましたが、昨日昼過ぎにプールに手を突っ込んで熱くなっているのに驚きました。ぬるめのお風呂ほどで、急いで水温を測ると35℃になっていました。これはエライことなのです。すぐに水道水を足し、周囲にホースで散水、プールが日陰になるよう覆いをいたしました。メダカは日照によって健康に育つといっても、炎天下に放置するわけにはまいりません。

 理想はシェードでプール一帯を日陰にするのですが、これは非常に難しいのです。周囲に大きな建物が無い2階屋の屋上は高温とともに猛烈な強風が吹きつけるのです。1シーズンでシェードがボロボロになります。今年も、毎日局所的な日陰を作り、あいつらの為だけに打ち水をするしかなさそうです。

 夏が始まって暑くなり始めた今頃が、身体も慣れておらず、暑さ対策も不十分なので、熱中症にかかりやすい危険な時期なんです。ましてコロナでマスクを欠かせないとすれば、よほど水分補給が欠かせません。植物たちと同様、太陽とともに欠かせないのは「水」でもありますな。


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尾身さん怒れ! 国民もおこるべし

2021年06月09日 | 時事
 尾身茂先生は、社会的には今は「御用学者」、つまり政府お抱えの専門家代表で、今回のコロナの専門家委員会「分科会」の会長で、メディアや国会でも引っっぱりだこです。そもそも我が国は、世界全体でも100年に一回という危機「パンデミック」に直面している中で、コロナ対策本部が殆ど機能していない数少ない国であります。それどころか、厚労省・総務省・経産省・国交省などそれぞれてんでにコロナ対策(らしきもの)を行い、コロナ担当大臣が居ますが、こちらには直轄の組織はありません。ワクチン担当大臣というほぼ意味不明な大臣まで作って、責任の所在が分かりにくくしているのです。

※オリンピック開催に当たってIOCやJOCだけでなく「組織委員会」というものを作り、五輪担当大臣を置き、政府は決定権があるとかないとか都合よく使い分けます。あげくに責任は東京都、といざという時には逃げる準備もしてるのと同じ構図です。

 ここ1年間は、政府の意向に沿った形で分科会が動いているような印象でした。政府に言わされているのか、あるいは忖度して慎重な物言いであったかはわかりませんが。ところが、ここにきて俄然強気で明確な意思を表すようになりました。長いので、主旨だけ言えば「本来は、パンデミックの中で開催するということが普通でない。開催するのであれば、政府もオリンピック委員会もかなり厳しい責任を果たさないいけない。」という強いメッセージでした。

 パンデミックの中で開催するのが普通でないというのは、IOCの古参の「アルマゲドンない限り五輪開催」という暴言に呼応して発したように思います。つまり誰が何と言おうと専門家のプライドと矜持にかけて「開催は適切でない」と公言したのです。政府が、専門家の意見を聞かず五輪に突っ走る姿を見て「国民の生命・健康・生活」を優先すべしと腹を括ったんですね。

 さこれを受けてオリンピックありき、かつ責任は取らない政府・与党は大慌てであります。丸川というアナウンサー上がりの五輪大臣は「別の地平から見てきた言葉」と評しました。自分たちこそ国民と違う目線で行動していることを、はしなくも白状したに等しいのです。さらに田村厚生労働大臣 は「自主的な研究成果の発表と受け止める 」という会見での発言に驚いた国民は多いでしょう。かりそめにも政府が任命した会長が、正式な国会の委員会での意見・発言を「夏休みの自由研究」と貶めたわけです。菅さんの答弁で幾度も助け船を出してくれた尾身さんを馬鹿にし、足蹴にしたのです。

 マスメディアはさすがに挙ってこれを取り上げ報道しましたし、識者や「インフルエンサー」と呼ばれる有名人も、世論も含めこのとんでもなく非礼で、これほど高飛車な物言いに、当然ながら非難の声を上げました。

 するとついに出てきました。「国賊」であります。弱肉強食の旗印のもと、実質賃金を減らし、この失われた日本の30年と引き換えに私腹を肥やして、無能な政府の「ブレイン」として振舞ってきた「竹中平蔵」先生です。小泉内閣の時に始めた規制改革は、結局は自分のビジネスのためだったことが明確になっています。人材派遣業をやりやすくするために、派遣の業種制限を次々に撤廃し結果として日本経済発展の最大の柱だった「終身雇用」の根っこを腐らせたシロアリです。

 企業は、正社員の採用を抑え多くの仕事を派遣パートに置き換えて人件費を節約する安易なリストラに走り、将来を見据えた先行投資や人材育成、リスクを承知した上の事業拡大を怠ったので国際競争力が失われたのです。今話題になっている半導体の不足は、日本企業が半導体の製造を投げ出したことが一因です。安倍政権の円高誘導のために割高になったのも一因、総合電機メーカーが製造中止した分野を中国台湾韓国に、生産拠点ごと技術とシェアを奪われたのです。シリコンバレーでは数兆円の政府援助まで決まりました。

 この竹中が「「明らかに越権」と 「世論はしょっちゅう間違う」 と延々と持論を展開したのです。コロナ菌に文句を言えと。彼の経営する「パソナグループ」はオリンピックでは様々なイベントを受注して破格の委託料を貰う契約を交わしています。遡ればアベノマスク、給付金支払い事業も受注し、ワクチン接種会場運営までも随意契約で受注したと聞きます。彼にとってはコロナは「コロナ金」、ありがたい打ち出の小づちに見えたでしょう。

 人の生き血を吸う、コバンザメ、火事場泥棒、守銭奴・・・どんな悪口も及ばない「死の商人」であります。自分では、巨額な報酬を海外に移し所得税をまぬかれているのが自慢だそうです。こんなやつが、ワタシ達の生活をどんどん苦しくし、先進国で最低のGDP成長にとどめ、先進国で最悪の貧困率を生み出してきた元凶の一人なのです。

 越権というのは、自分に一定の権限・責任がある人がそれを越えて何かを決めることです。尾身さんは何も決める立場にないアドバイザー、その意見は「国民目線と専門家の知見が一致した重い警告である」と、受け止めるべきなのです。

 この竹中は、五輪が中止になると儲け損なう、それだけの理由で必死に抗弁しているのです。何人の人の生命や生活が脅かされても意に介さない人であると断言いたします。こんな人物を政権内にありがたく囲って、重用してきた自民党の歴代首相もまた、然りであります。
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おめでとう 笹生選手 朝からハッピーなわたし

2021年06月07日 | スポーツ
昨朝はいつもにもまして早起きいたしました。今年初めて満月美人が開花したからです。一年大事に育て開花を見るときの喜びはがひとしおであります。

満月美人は月下美人の改良品種で、この種はほとんど他に改良種や変異種はありません。花は咲くものの、実際は挿し木で簡単に増えるのであまり他の近種と交配させる必要がなかったのだそうです。最近では徐々に交配の研究がすすみ新種も出ているようです。

  特徴は、年にせいぜい、1、2回しか咲かず、夜に咲き始めて翌朝にはしおれるという儚さにあります。その分エロチックなほどの艶やかさと濃厚な香りを放ちます。強香なのに柔らかく、エキゾチックで他に例えられないような芳香なのです。諸般の事情でこの花を一昨日写真に収めることが出来なかったため、早起きしてなんとか間に合いました。あたりにはまだうっすらと香りも漂っておりました。

 もう一つの理由が「全米女子オープン」世界に冠たるアメリカゴルフツアーの5大メジャートーナメントの一つであります。かの樋口久子、岡本綾子、宮里藍などが幾度も挑戦し阻まれてきた伝統ある最高峰の大会3日目で、笹生優花が2位、畑岡奈紗 が5位と好位置につけていたからであります。首位のLトンプソンとは1打差、レキシーは世界ランク7位、無類の飛ばし屋で、乗ってくると手が付けられないすが安定感にかけ、ここぞという時のポカがあります。絶好の位置であったのです。

 起床してすぐテレビを付けたら4R出だし数ホールで笹生はなんと+4、レキシーは-1と一気に6打差がついていたのです。その後に続くのが例によって韓国人選手、「あぁ、日本人はやっぱり最終日弱いのだ」と情けなくなり、ブログ更新など朝の日課をこなしておりました。6時になるかならない時間に篆刻修行をするという見上げた心がけなのです(笑)、おかげで割合で気のいい篆刻印が彫れました。

 それでひと段落し、ゴルフの結果をネットで確認したら、なんと3人が同スコアで、最終ホールではありませんか、目を疑いました。慌ててテレビを付けました。畑岡奈紗ちゃんは一足早く1位タイでクラブハウスチャンピオン、なんとレキシーは18H目がスリーパットのボギー!!、史上初の日本人同士のプレーオフとなったんです。久しぶりにその瞬間ほんとに鳥肌が立ちました。

 畑岡は、上背が無いのでもともと横降り、インパクトで体が浮くように伸びあがります。特徴ではありますが泣き所です。それでもアイアンショットの時はその伸びあがりがほとんど無いように修正したようで、とても正確なショットに見えました。しかし、POになってからは力が入り緊張感が増したように見えました。

 一方最終日出だしで躓いた笹生は、粘り強くスコアを戻して首位タイに戻ってきたせいか、非常に自信に満ち、POもたんたんとプレーを続けました。畑岡は2ホールともドライバーを曲げ深いラフに入れましたが、そこから計算しつくされたセカンドを放ちパーで切り抜けました。笹生は逆にフェアウエーからのショットが寄らず、決め損ねていました。

 3ホール目、今度は笹生がラフに入れそこからバーディーチャンスに付けました。一方畑岡は絶好のフェアウエーのライだったのに、笹生がぴたりと乗せたのを見てプレッシャーがかかり、手前の遠位置に乗りました。パットも打ち切れずショート、上りを強気に入れにいけなかったのが勝負の分かれ目に見えました。

 笹生は、並外れたヘッドスピードで、躍動的な美しいスィングの選手です。見惚れますね。ローリーマキュロイのコピーともいわれてそっくりなんです。パッティングは、ラインの読みが早くぱっと決めて打ちます。他の選手が立ったり座ったり何度も行き来をするのですが、読みがいいのとキャディーへの信頼なんだろうと思います。長いフックラインを真ん中から決めました。いやいや恐れ入りました。史上最年少の優勝でした。この2年間で、渋野、松山、笹生と3回メジャートーナメント優勝なんて夢のような出来事でした。

 彼女の優勝スピーチも流ちょうな英語で感動的でした。ワタシはアメリカツアーに行くなら、男女を問わず英語を日常的に使えるようになるべきだと思います。パートナーやキャディー、関係者との意思疎通がスムースでなければ劣後します。米ツアーに行くなら語学を学び本拠地をアメリカの置くようでなければ通用しないと思います。

 それで、笹生が優勝セレモニーで表彰されるとき、フィリピン人で初めてメジャートーナメントに優勝したと紹介されました。彼女はお父さんが日本人、お母さんがフィリピン人で二重国籍なんですね。タガログ語と英語を話し、日本語も勿論話せます。大阪なおみ、八村塁 、サニブラウン、オコエ、鈴木武蔵など何人ものハーフのアスリートが活躍する時代になりました。種が遠ければ遠いほど異種交配による植物の姿は美しくなり、性質は強健になることが多いのです。

 しかし、それに引き換え予選落ちした渋野日向子ちゃん、あの滅茶苦茶なスィングにこだわったら、本当に引退も懸念されます。早く岡本綾子さん、修正してあげてください。


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篆刻 自己流でも「失敗しませんから」

2021年06月07日 | 篆刻
篆刻印を本格的に初めて、まだ7か月です。中指には印刀による「タコ」が出来て、痛みますが、仕方ありません。書道と同じく多作多書が上達の基本のように思います。書道であれば、「臨書」が修行の基礎で、書聖とか三筆とか呼ばれる達人の名跡、古書、古典の数々を真似して書くのがその大半となります。

 篆刻はどうかと言えば、印譜と呼ばれる名人の手になる印影をお手本にするのが近道になります。また、篆書に関する書籍・字典を見れば、自分が彫ろうとする字を何通りかの篆書体が引けますので、これを参考に下書きするわけです。何の字を彫るかはその人の好き好きですし、印の目的(姓名印・雅号印・関防印・遊印)によって選字します。

 これが篆書体をベースに印案を考えるのですが、一言で篆書体といっても、時代によって字体の変遷があります。概ね「金文」というのが起源と考えられており、 その後統一規格になった小篆、印に置き換えやすいように正方形にまとめられた印篆などがあります。金文も又、石鼓文に書かれた大篆という書体がベースでそれよりさらにさかのぼれば漢字の起源である甲骨文字に行きつくのです。後世になるとこれが崩されて隷書体に変遷したり、鳥虫篆、龍文字など装飾性が高くて、原語の形を留めず判読できません。古くは中国の官印として、字の線を延長して線をぐるぐるスペースに埋め尽くす九畳篆というのもあります。これも読めませんね。

 ともかく、一応大事なのは複数の字を刻むときは、その時代や地域に統一された書体にするというのが決まりごとなのです。印篆刻に金文が紛れ込んではならないのです。こういう一連の作業を検字というそうです。

 篆刻の入門書を読むと、字を選んでからの手順が面倒なんです。まず印稿作り(デザイン・下書き)で仮の印稿を毛筆で書き、厚紙を黒く塗ったものに印の形を押して朱墨で出来上がり図を原寸大に作る本印稿を作成します。黒く塗った印面に、これを見ながら逆字を朱墨で書き込むのです。これを布字と呼びます。こんなことを丁寧にやっていたら彫るまでに何日もかかりますよ。

 ワタシはこれはほとんど無視しております。独学で先生に付くわけでもなし。伝統や基本に忠実というのは勿論大変結構ですが、時間の制約があり手も痛むワタシに、篆刻家志望の若者とおんなじことは出来ません。そこらの白紙に石を置いて鉛筆で周囲を書きなぞったら、大まかな印稿を書きます。出来たらサインペンで上書きします。これを見ながら印面に鉛筆で逆文字を書いていって、良さそうだったらまた、油性サインペンで上をなぞります。朱文も白文もお構いなしで、ペン書きの文字を彫る(白文)か黒い部分を残して彫る(朱文)だけの違いです。さぁ彫ろう、と思い立っておおよそ20分もあればここまでにたどり着きます。

 そんなテキトーな布字なので、その通り忠実に彫る必要もありません。彫っているうちに手が滑って印刀があらぬ方向に進むこともあります。石の材質で線質も変われば彫ってるうちにこうしたらどうだろう、とアイデアも浮かびますので、気持ちの赴くまま自由に彫れればいいと思います。

 印刀も、大半が「目打ち」と呼ばれるニードル・千枚通し状の道具を使います。彫金などに使うものや細密細工用のやすりなど何でも試します。刃物で刻むというより、とがったきりで石を突く、削るというイメージでしょうか。印刀は鋭くきれいな線で彫れますが、「危ない」のでありますな。鋭利なので手許が狂えば即、深い傷を作り大量に出血します。血液サラサラの薬を飲んでいるワタシは、痛いだけでなく流血がなかなかとまらないのです。また、握りが細いので年寄りのもろけた指には優しくないのです。
 手だけでなく石にも鋭く切り込むので、失敗した時のダメージが大きく修復不能で一からやり直すということにもなりかねません。

 テレビの天才外科医の言葉を借りれば「ワタシ 失敗しませんから」。印を早く作るこつは、失敗してやり直すのを無くすことです。一発勝負と思って神経を針先に集中させます。プロは印刀をゴリゴリと一気に動かすようですが、ワタシは1,2ミリずつ進んでは指で拭い、左手の指で針先を抑えながら、常に軌道修正が出来るように慎重に掘り進むようにします。丸でも直線でもきれいな線を出したかったら「定規」を当てて軽く彫り、もう一度しっかりフリーハンドで刻むなどの技も使います(笑) 篆刻のテクニック習得は、先生がいない分、遠回りしているのかもしれないのですが、少なくとも篆刻印一つ彫り上げるスピードは専門家には負けません。

 ずっと自己流で篆刻を学んでいます。ほとんどが「邪道」なのかもしれません。その先生は、試行錯誤と経験を重ねている自分自身です。お手本はヤフオクで集めた先人が彫った篆刻印や、印譜です。書道が「臨書」ならば篆刻は「模刻」であります。彫の素晴らしい中古印や本に載るような名人作の印を真似して印稿を作り、結果その通りのものが彫れれば、彫り方・作り方などはワタシにとってどうでもいいことなんです。

昨日彫った最新作であります。
鳥が飛んでるような、わが巨人のジャビット君が隠れてるような可愛いものでしょ?

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メダカを増やすのは得意だが 金は増えない

2021年06月06日 | メダカ
 週に一二度、朝メダカプールですくって、近所の花屋さんにメダカを届けております。今シーズンは今日納品したので9回目であります。一回10パックで80匹これで700匹以上がワタシのもとを旅立っていったことになりますね。100パック届けてもワタシには12,500円しか入らないので商売としては成り立ちませんが、花屋さんは労せずしてその3倍の売り上げになるので喜ばれております。勿論お客さんも市価の半額以下のメダカが手に入るので結構入荷日を楽しみにしていると聞きます。

 通常メダカは春から秋まで不定期に何度も産卵いたします。一回10個から30個ほどでしょうか。水温が18°Cくらいになって日当たりが良ければどんどん繁殖し始めます。春先に孵化したメダカも夏には抱卵し立派に子孫を残すようになります。水温・日照以外にも食べているエサで成長や繁殖の様子が違ってきます。

 エサは、極端に言えば日当たりのいい屋外に、面積が広いメダカプールを置いていれば給餌しなくても生きています。自然界ではエサはやりませんね。お日様のおかげで水中に藻類が繁殖しますし、風に飛ばされた塵埃や水中に落ちてくる小昆虫などもエサになるのです。しかし、それだとやはり繁殖に入るだけの充実した個体にはなかなかなりません。100均などの安物のエサなどは何が入っているかわかりませんし(おそらく中国製)、栄養価が低いのでワタシは使いません。

 市販されているメダカ用のエサは稚魚用と成魚用に分かれていますが、値段の高いものにはラメ入り・ミユキ系・赤メダカ用など専用に発色を鮮明にする成分が含まれてたり、繁殖目的でカロリーが高いものもあります。うちのメダカちゃんたちは、飼い主と違ってセレブ扱いなのです。

 熱帯魚・観賞魚用に売られている「テトラミン」のフレークタイプ のエサをまとめてネットで買います。栄養バランスがいい高カロリー食材で、数ミリから1㎝ちかいフレーク状の人工飼料ですが、これをミルで細かく粉砕するのです。これに浮遊性が高い(水面に浮いたまま)の粗い粉末状のえさ、メダカ繁殖用のちょっと高いもの、メダカ養殖家オリジナルの植物・魚粉を混ぜたもの、乾燥イトミミズなどを単用または混用いたしております。人間と一緒で、いろんな食材・成分を高カロリーでバランスよく沢山食べさせる、産婦人科さんの食事を考えればいいのです。

 ワタシの繁殖方法はといえば、数百匹入っている平民プール(もともとミックスの親の集団)は適当に産卵床を投入し、2週間ぐらいに一回プールそのものの交換をするときに採卵いたします。大きなざるに、汚れてきたプールの水を通し、ざるに引っかかる産卵床や卵をそのまま小さな繁殖用水槽に移すだけです。この時、稚魚は一匹も見つかりません。親と一緒のプールで孵化したらその日のうちに全部親が食べてしまうのです。

 オロチメダカ、ミユキ系、ダルマ、楊貴妃などのブランドメダカは原則として平民メダカとは分けてそれぞれ別の水槽に入れてあります。そのうちの何匹かはわざと相互に混ぜておきます。ブランドメダカ同士の混血、つまり珍しい新種狙いであります。こちらはココヤシの繊維を産卵床にして1週間をめどに引き上げます。

 きれいな水道水に投入しておくと、もうその数時間後から稚魚が孵化してきます。だいたいそれから10日間で孵化するのですが、非常に弱い赤ちゃんなので、大体半分が大きくなる前に死んでしまいます。特にブランドメダカは歩留まりが悪いのです。もともとはこの世界に存在しなかった、奇形・変異で生まれた同系統の個体同士を数世代掛け合わせているので、雑種と違って弱いのです。

 同じ時期に産卵したものは平民だろうがブランドだろうが構わず同じ孵化用プールに入れます。区別するのはもっと大きくなってから、より分けるのも楽しみなんです。それより優先するのは、産卵床を引き上げた時期によって小分けのプールに変えて入れていくという作業です。同じものにひと月近く産卵がずれたものを一緒にすると、先に生まれた稚魚が大きくなり、生まれたてのメダカを捕食するようになるからです。そうでなくても、同時期に孵化した稚魚は成長の個体差が大きく、あっという間に2センチほどになるものから1㎝程度で生長不良になるものまで様々です。

 ワタシの観察では、同じ時期に産卵した稚魚で、ある程度の大きさから急速に長く太く育つものがあります。これは、食欲旺盛で、他の兄弟メダカに先んじて生長した結果、いち早く生餌を食べているからに違いありません。そう、2か月にも満たない段階で弟メダカを捕食して育ってるのです。食べないまでも追いかけるので、小さなメダカは弱ってしまいます。

 稚魚の中でもそうした大きなメダカを見つけたら、掬って親メダカに移します。そんなちまちました作業を毎日行って、すでに今年生まれの新生児たちは2千匹ほどおります。数えていませんからあくまで推計ですが。

 オロチメダカもだいぶ増えてきて、百匹以上の稚魚がいます。(赤ちゃんの時から色が明らかに黒いのですぐわかります)これに三色錦という黒赤が混ざったものミユキ系メダカも、数多く生まれております。秋口にはマイガーデンのそばでメダカ掬いとブランドメダカ販売をやれば、と家内がけしかけております。

 
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