杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

映像と活字のはざまで

2008-02-11 16:37:15 | 朝鮮通信使

 米グラミー賞の朗読アルバム部門で、民主党大統領候補選のオバマ上院議員が受賞しましたが、グラミー賞に朗読の部門があったんですね。初めて知りました。

 ちょうどグラミー賞授賞式を見ながら、スルガ銀行系列のシンクタンク・企業経営研究所の中山勝さんから頼まれたテープ原稿の書き起こしをしていました。同所発行の経営情報誌には、全国的に話題の企業経営者にインタビューするコーナーがあり、2ヶ月に1度ぐらいのペースでテープ起こしを頼まれます。

 会議や講演のテープ起こしというのは、ライターにとっては低予算のわりに面倒極まりない作業ですが、どんなに安くて時間のない依頼でも断らずにトコトンこなした経験が、自分の筆力を鍛えてくれたと思っています。さすがに20代の頃に比べると、聞き取るスピードは鈍りましたが、企業経営研究所からの依頼は、インタビューの内容そのものが面白いだけに楽しんでやらせてもらっています。

  

  話し言葉を活字にするのは、テープ起こしの経験からさほど苦になりませんが、音読する台本を書くというのは、映像作品『朝鮮通信使』で初めて体験しました。初めての映像脚本が、このテーマというのは、よくよく考えれば無謀な挑戦だったと思います。

 朝鮮との問題が絡む、時代背景の複雑な歴史モノ。フツウに読めない固有名詞や地名、漢文やハングル読みがたくさん出てくるし、難しい表現は避けようと無理に端折ってしまうと意味が通じなくなるし、ナレーションやテロップは、クドクドした解説調の長文にはできないので、どこまで噛み砕いてわかり易くするか等々、問題は山積で、映像の専門家である山本起也監督と、活字出身の私とでは、しばしば意見が対立しました。

  

 そんなとき、私は監督から、文字で説明しようとせず、映像の力が伝えるものに視聴者の判断を委ねよ、というこの分野の大切な鉄則を教えてもらいました。これは、今、自分が創ろうとしている『吟醸王国しずおか』にも示唆を与えてくれています。長崎県対馬の最北端にある韓国展望台で、対馬と韓国がこんなに近いということを、文字やナレーションではなく、50キロ先の釜山の遠景をポンと見せることで伝えようと、雲が晴れるのを何時間も待つ監督の姿(写真)が、それを如実に教えてくれました。

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 今のテレビ番組を観ると、ナレーションやテロップが多すぎるように思えます。情報をわかり易く伝えようとするあまり、視聴者の判断力や想像力を低下させているように感じてなりません。もちろんジャンルにもよると思いますが、視覚と聴覚という、活字にはない情報伝達手段を持つ映像の強みを、ちゃんと考えて使うべきだと、素人なりに感じます。

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 『朝鮮通信使』は林隆三さんの朗読やナレーションの力にずいぶん救われました。この作品に隆三さんをオファーしたのは山本監督自身です。当初、プロデューサーは、静岡出身の若手女優が通信使ゆかりの場所を訪ねて歴史を学び、国際交流の大切さを知る、という、まあ、テレビ番組にありそうなシナリオを想定していました。

 監督も私も、当初はその女優の事務所を説得できるようなシナリオを書くよう指示されましたが、事務所からは色よい返事が来ません。私たちは脚本の方向性が定まらないまま、シナリオハンティングに出かける羽目になり、取材先の長崎県対馬で、監督が、この作品のテーマに本来ふさわしい、重厚な存在感を示すことの出来る俳優として、知己のある隆三さんのマネージャーに直接電話を入れ、口説いたというわけです。

 マネージャーの久保田倫世さんは静岡出身。偶然、旅番組で隆三さんが対馬を訪ねたばかりだったため、対馬でのコーディネーターを紹介するなど親身に協力してくれました。久保田さんが紹介してくれた対馬観光物産協会の財部純臣事務局長という方が、これがまた、どこにでも顔の利く凄腕ネゴシエーターで、本来、手続きに時間のかかる文化財の撮影申請も、特例措置で可能にするなど、大変な力を発揮してくれました。

 この作品に、隆三さんを迎えることの出来た幸運は、多くのスタッフが感じていると思いますが、脚本づくりと撮影交渉にあたり、すべてが初体験で右往左往した私自身、ひときわ深くかみ締めています。

  

  『朝鮮通信使』後は、書く文章も、必ず音読し、より一層、リズムやテンポを大切にするようになりました。すると、不思議なもので、「真弓さんは声が落ち着いているし、話し方が丁寧だからMCをやってほしい」と頼まれることが増えました。地酒の宴会司会程度なら昔から経験がありますが、真面目な講演会やフォーラムの司会となると、プロの司会者やナレーターさんの手前、恥ずかしくてとても表ざたには出来ません。

  

  そういえば、山本監督も美声の持ち主で、話し方もきれいで説得力があり、女優が決まらなかったら、「監督が自分でレポーターをやったらどうですか」と冗談で話したぐらいです。いずれにしても、「伝えるものがあり、伝える手段を大切にする」姿勢に、映像作家も朗読者も活字ライターも違いはないかもしれません。