お茶の放射性物質の検査基準の問題が取り沙汰され、ちょうど大震災発生の3月11日にお茶の取材をしていた私にとっても心配なニュースでした。急須で淹れて飲む日本茶の需要が落ち込む中、作り手も売り手も今までの価値観や手法を見直し、懸命に消費拡大の努力をしている姿を間近に見ただけに、まさか原発問題に静岡茶が巻き込まれるなんて寝耳に水でした。
5月の連休中に牧之原茶園をドライブしたときも、漠然と、「浜岡で事故があったらこの茶畑はどうなるんだろう・・・」と不安に感じたものの、まさかこんな形で危機に見舞われるとは・・・。
さらに、当初、川勝知事が荒茶の検査を拒否すると断言したときは、ちょうど静岡県の新総合計画づくりの取材をしていて、「県民の生命と財産を守る」ことを第一に掲げ、危機管理対策に全力を挙げるという力強い文言を目にしていたので、どことなく違和感を感じました。検査拒否が危機管理と整合するのか、「静岡茶は検査を拒否した」という言葉だけが独り歩きし、かえって風評被害を増大させるのではないかと・・・。
静岡の茶業界では、消費拡大に向け、「T-GAP」という業界独自の厳しい生産管理基準を設けて、品質に国際基準レベルの高い“お墨付き”を与える自助努力をしています。そのこととも整合性が取れないのではないかと。
その後、業界から荒茶段階での検査に理解が示され、知事もゴーサインを出されたようで、少し安堵しました。
私は夏でも、急須で淹れた温かい緑茶を、600cc入るビアマグに一日2~3杯は飲む日本茶党で、この習慣は変えられません。放射性物質が検出されたとしても、急須で淹れる段階で何十分の1にも薄まり、身体への影響はないということですから、こんなことでビビるようじゃ茶どころ静岡県民の名がすたる!・・・といっても、私は茶の作り手や売り手の声を間近に聞く機会があり、彼らに対する絶対の信頼があるから言えることかもしれません。
お茶をあまり飲まない人や、県外・海外の人には、やっぱり解りやすい“お墨付き”が必要なんだろうと思います。
先月末、シズオカ文化クラブさんの定例会で、静岡市の茶町通り界隈を散策し、茶商の前田冨佐男さんにお茶のブレンドについて興味深いお話をうかがいました。静岡茶がここまで発達したのは、地形に特徴があり、「山のお茶」と「里のお茶」に違いがあるから、なんだそうです。
「山のお茶」は山間の斜面の岩盤土壌に育つ。うまみになる肥料は撒きにくいけど、日中と朝晩の温度差があり、水も豊富だから、お茶本来の香りが引き立つ。浅蒸しで香りを保つように仕上げます。
私はもともと本山、川根本町、天竜など山奥の香りも渋みもある(まるで静岡吟醸のような)山茶が好きなんですが、「山茶は浅蒸しの香り茶」という前田さんの解説にナットクしました。
一方「里のお茶」は、栄養豊かな平地の土で陽光をたっぷり浴びて作るから、葉が肥える。肥料も撒きやすく旨み成分がたっぷり。香りの山茶とは対照的な「旨みの里茶」になるわけです。
ただ、茶葉が元気活発で厚くなるので、蒸した後、細くきれいによれない。高級茶に見えないんですね。味はいいが見た目がイマイチ、という難点をカバーする手法として生まれたのが、細かくして深蒸しにするということ。深く蒸すことで、香りは薄まりますが、味はさらに深みを増す。テレビ番組で話題になったように栄養価もさらに増すわけです。
他県のお茶というのは、たいていどちらかのタイプに偏っていて、京都・奈良・滋賀・宮崎は朝蒸し(山茶)タイプ、鹿児島・福岡・埼玉は深蒸し(里茶)タイプです。しかし静岡県は両タイプそろっている。つまり、どちらかでもいいし、両方をブレンドして楽しむこともできる。だからこそ茶商さんの腕がモノを言うわけですね。
単純に品種の違いではなく、「蒸し」や「乾燥」や「ブレンド」という人の手が加わる工程で変化がつけられるというのは、日本酒でいう「麹造り」「酛造り」での変化に通じるようで、非常に価値のあるものだと思います。
前田さんの解説を聞きながら、私は静岡県という地形が生み出したお茶の香味の妙に改めて感動を覚えました。それに呼応して発展した静岡の茶産業の“厚み”には、風評被害の心配なし!と確信しています。