杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

大名古屋 酒とアートの日帰り旅

2008-04-09 10:40:28 | アート・文化

Img_3477  昨日(8日)は夕方から名古屋で『東海四県日本酒まつり』がありました。とくに急ぎの仕事もなかったため、朝早く新幹線に飛び乗って、JR名古屋駅太閤通口にあるミニシアター・シネマスコーレで映画を2本、午後は愛知県美術館で開催中の『杉本健吉展』を観て、日本酒まつりの会場・ウエスティン名古屋キャッスルに向かいました。

  

  最初に観た『トゥヤーの結婚』では、久しぶりに映画館で泣けたという経験ができました。モンゴルの草原で暮らす女性が、井戸掘りの事故で下半身不随になった夫と2人の子どものため、決断する出来事を淡々とつづったもの。ドラマチックな筋書きなので、ハリウッドで撮ったら、演技派を自認する役者が力んで演じたり、逆に手持ちカメラなんかでドキュメンタリーっぽさを強調するなど、変に凝った作り方をするんじゃないかなぁと想像します。でもこの作品は、俳優も、描かれた暮らしも、とても自然。カメラワークも美しく、主人公の、どこか投げやりで不器用で、自己矛盾を抱えながらも家族への無償の愛を貫こうとする姿に何度も泣かされました。これが、吉永小百合が演じるような、絵に描いたような良妻賢母だったら、かえって感情移入できなかったかも。

  

  続いて観た『純愛』は、中国で活躍中の小林桂子さんという女優が、企画・製作総指揮・脚本・主演をした作品。終戦後、中国に取り残された日本人開拓団の若い夫婦が、中国の貧しい山村で人間愛を貫く、“大地の子”女性版みたいな内容ですが、これも変に凝った演出なしに、テーマをしっかりとらえ、映像的な美しさも大切にし、本当に作りたい人が作った純粋な映画なんだな、と感じられました。アジアの山村に小学校を建設するボランティアグループが共同出資して作った作品だそうです。

 

 

  『トゥヤーの結婚』は07年ベルリン国際映画祭金熊賞(グランプリ)、『純愛』もモナコ国際映画祭エンジェルピース賞ほか4部門を受賞。米国アカデミー賞で受賞・ノミネートした作品の多くが、人間の負の部分を突き詰めるような内容が多いのに対し、ヨーロッパの映画祭で評価を受けるアジア映画には、人間愛を純粋に描いたものが多いというのも面白い現象です。

 それにしても、シネマスコーレってミニシアター、いいですね。JR名古屋駅のすぐ近くなのに、静岡でいう駒形通りみたいな、八百屋や激安マーケットが並ぶ下町の一角の古いビルの1階で、近所のおじさんおばさんが、時間があるからフラっと観に来るって感じ。映画監督の若松孝二さんがオーナーだそうです。現役監督が経営する映画館というのも珍しいですね。

 

 

  愛知県美術館の『杉本健吉展』も素晴らしい展覧会でした。先月観た、静岡県立美術館の『バーミヤン・ガンダーラ展』が期待はずれに感じたのは、ひとつに、美術館の展覧会なのに作家や芸術家の顔が見えてこなかったからでした。それに比べ、一人の作家の生涯にわたる作品をじっくり見せるこういう企画展は、まさに美術館でしか見られない、本当にお金を払う価値のある展覧会だと思います。

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 工業高校の図案科を卒業し、グラフィックデザイナーとしてデビューし、岸田劉生に師事し、古都奈良を描き続け、油彩と墨絵を融合した新しい技法を確立し、吉川英治の『新平家物語』の挿絵で名声を高め、2004年に99歳で亡くなるまで生涯現役で筆を持ち続けた杉本健吉。晩年、その生き方を追いかけるメディア取材が多かったそうですが、彼は決まって「長生きするのが目的じゃないんだな、絵を描くのが目的で、そのために長生きしてるの」と応えたそうです。そして「創造の原点は、感激すること」・・・今の私には、砂漠で井戸水を見つけたようにスーッと全身に入ってくる言葉です。

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  その足で、さぁ、感激のタネを見つけようと、意気揚々で乗り込んだ日本酒まつりの会場ですが、この会は、なんとな~くいつもの地酒まつりとは雰囲気が違います。

 昨年までは名古屋国税局が招待した人のみのリッチなパーティーといった感じで、場違いな存在を自認しながらも県酒造組合のご厚意で招待を受け、今年3回目の参加。主催が国税局から日本酒造組合中央会中部支部に移ったものの、タダ酒が呑めるならと、いかにもおつきあいで来た年配者が多く(肩書きは立派な方々なんでしょうね)、静岡県のブースでは開運大吟醸、おんな泣かせ純米大吟醸、正雪雄町純米大吟醸といったキラ星のような酒を、蔵元自ら紹介しようとスタンバっているのに、テーブルの上の料理と本醸造クラスの酒に夢中で、ブースに来るのは流通業者ぐらいで、客はちっとも集まってきません。

 「これはせいせい試飲できる」と一人でブースをはしごしているうちに、時間はあっという間に過ぎ、料理は何一つ残っていませんでした。ステージ上では、“歌う弁護士”とかいう派手なおばさんが、真っ赤なイブニングドレスを着て「千の風に~」を激唄していますが、聴いている人はほとんどいません…。

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  何より、ムカついたのは、試飲会場で、隣にいたどこかの県のおじさんが、静岡以外の3県(愛知・岐阜・三重)のカプロン酸系の香りプンプンの酒を「飲み頃だ、飲み頃だ」と評価し、「静岡は時代に逆行しているねぇ」とホザいたこと。「春の新酒の時点でピーク(飲み頃)に来ちゃったら、この先、ダレてヒネるだけだろう」「時代に逆行しているのはどっちだ」と腹の中で突っ込みまくりました。もしビデオカメラを持っていたら、この人たちのコメント、撮ってやりたかったです。

 

 

  会が終了し、私が腹をすかせて途方に暮れていたのを見かねて、正雪の望月正隆さん、富士錦の清信一さん、千寿の山下高明さんがJR名古屋駅前のミッドランドスクエアにある和食ダイニングに連れて行ってくれました。4人で飲んだ生ビールが、この日一番、心身に染み入りました。日本酒まつりで感動を見つけようと行ったのに、最後に蔵元衆とグチを言い合いながら飲んだビールが一番美味かったなんて、感性を磨く努力が足りなかったかな。


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5 コメント

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そのどこかのおじさんに、私ン処の波瀬正吉純米大... (板前)
2008-04-09 11:57:52
ブログで垣間見る真弓さんの熱さをつまみにして(笑)
「どこに春のピークがあるねん!」とね
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昨日はお疲れ様でした。 (せい)
2008-04-09 16:01:14
そーでしたか…。いいんです、分かってもらえない人にはわからなくても。
静岡は、実は時代の先を見据えているんですよ(^・^)。
しかし、帰りの新幹線は騒いでしまいましたね。回りの人達ゴメンナサイ!
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11日の静岡新聞大自在に鈴木さんの事が紹介されて... (塚本隆男)
2008-04-11 13:19:21
11日の静岡新聞大自在に鈴木さんの事が紹介されていましたね。益々『杯が乾くまで』を拝見するのが楽しみになります。ご活躍を祈っています。
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突然のメールですが (御殿場の池谷です)
2008-04-12 02:30:10
『大自在』凄いですね。
「そのうちに登録すれば…」
なんて悠長に思っていたのですが
早々に手続きしなければいけませんね。
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鈴木真弓さん (遠藤正雄)
2008-04-12 06:30:21
静岡新聞の「大自在」を読んだよ。それにしても素晴らしいフットワークの良さ。名古屋に行って映画を二本見る。今度お会いしたら『杉本健吉展』の図録を見せてよ。金さんにメールで伝えますよ。  がんばれ!がんばれ! 遠藤
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