ウィンザー通信

アメリカ東海岸の小さな町で、米国人鍼灸師の夫&空ちゃん海ちゃんと暮らすピアノ弾き&教師の、日々の思いをつづります。

父と息子

2008年09月04日 | 家族とわたし


キッチンで洗い物をしていたら、突然息子Kが大声を出した。
なにやら、とても腹を立てている様子。英語なので、相手は父親に違いない。
今日から大学の講義も始まり、授業料の支払いの手続きやらなんやらもあって、
彼は12時過ぎから向こうに行き、10時前に家に戻ってきたところだった。
学科を2日間にかためてとることにしたので、6クラス連続で受けた彼、
相当に疲れているとはいえ、あの怒り様は半端ではない。まさにキレたという感じ。

Kは、T兄から学んだと言って、家から通える距離にある大学を選んで入学した。
それはそれで良い選択だったとは思うけれど、とりあえず独立して欲しかったので、寮に入らせた。
Tが3年間過ごしたヴァージニア工科大の寮は2人部屋でひと月150ドル程度、
ところがKの寮はなんと800ドル安いアパート並みの額。
なので、2年からは家から通わせることにした。独立精神どころの話じゃないもんね。
Kは自分が自由に使える車が欲しい。
だから、大学に行く日数を減らしてバイトに励み、車の購入資金の足しにしようと企てている、と思う。
そして彼は、ここ東海岸一帯では名の知れたゲーマーで、
幼少の頃から得意だった格闘ゲームの週末トーナメントで賞金稼ぎをしている。

けれども親のわたし達は、なんだか違うような気がして仕方がない。
Kの大学生としての、本当に今しか経験できないことを得られるチャンスがいっぱいあるだろうに、
中学時代からのゲーム仲間や、高校時代にできた大勢の友達との付き合いで手一杯な彼は、
大学という新しい世界に身を置こうとしないし、楽しもうともしない。
それが旦那には哀しいのだと思う。もちろんわたしも哀しい。旦那とは違う哀しみかもしれないけれど。

旦那は、Tが5才、Kが3才半の頃から一緒に暮らし始め、それからは小さな喧嘩の連続だった。
人があまりに近くにいると居心地が悪くなるけったいな性質がある旦那は、幼いTやKがまとわりつくのを嫌がった。
ジュースを欲しがる息子達と、家のお茶をペットボトルに入れて飲まそうとする旦那の、自動販売機前でのバトルは数えきれず。
お金を稼いでいる者と、そのお金で養ってもらっている者の立場や権利の違いを、ありとあらゆる機会を使って説明したい旦那と、
そんな訳の分からないことは一切無視して、自分の欲求を通したい息子達。
間に入ったわたしは、時には旦那に、時には息子達に同情しながら、どうしたもんだか……と思いながら両方を見ていた

いろんな事が当然のように起こり、そのたびにしつっこく、根気よく、うるさがられながらも話し合おうと努力した。
もうええわっ!と捨て台詞を言ってその場から離れるのはルール違反。

「ちょっと、まだ話は終わってへんで。どこ行くん?ちゃんと最後まで話を聞いてから出て行けよ!」
今夜、こう言い放ったのはK。一旦キッチンにやって来た旦那は、そう言われてまたKの部屋に戻って行った

学費の支払いの手続きは途方も無くややこしくて面倒。
それで彼らは二人ともかなりイライラしている上に疲れきっている。
きっとそのことで話し合っているのだなと思っていたら、
息子が大学生活そのものに魅力を見つけてくれたら……父親はそう願うあまりにタイミング悪く説教し始めてしまったのだった。
いつもその種のタイミングにはかなり口うるさく、聞きたく無いモードの時などは冷たく追い払ったりする父から学んだ息子は、
父親そっくりの口調で、言われてきた言葉をそっくりそのまま言い返していた。
「そんな話、今僕が聞きたいと思う?疲れてついさっき帰ってきて、やっと部屋に戻ったとこの僕が!」

旦那は居間でテレビを観ながら気持ちを落ち着けている
今夜はちょっと時間がかかるだろうな






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金言

2008年09月03日 | お家狂想曲
母とわたしは、彼女が36才、わたしが13才の時に生き別れしたのだけど、
それからもつかず離れず、喧嘩したり(というか怒られたり)仲直りしたり(というか謝ったり)、
結構長い断絶があったり蜜月っぽい月日があったり、
なにしろものすごく細かいことにまで適当に考えることができない母と、だいたいにおいて適当な娘なのだ。すう~っといくわけがない。

今回の家騒動を説明するのは特に難しかった。
法律やら常識やらシステムやらが全く違う上に、家を買う側のわたし達の状況があまりにもお粗末。
母はこれまでの人生の中で、家を3軒だか4軒だかを買ってすべて完済した強者だけに、わたしの言うことが頼りないのだろう。
それでもとりあえず納得したということにして、母はわたし達にこう言った。
「旦那パパからの借金につく月々の金利を少しでも減らすために、わたしからもお金を借りなさい。もちろん金利は無し」
ありがたや~と、東に向かって手を合わせて拝んでいるわたし達に、
「それと、あともう少し余分に貸してあげる。使わへんって約束できるんやったら」と、なぞなぞのようなお言葉。
一休さんみたいに、頭をグリグリしながら考え込んでいると、
「あんたは余分なお金を見たら、アレも買えるコレも買えると、ほんまやったら辛抱できるもんまで調子良く買うてしまいそうやから」
(そ、そ、そんなことするわけないやないですか!おっかさん)
と、心の中で言い返してるけど、その当の心の壁からは冷や汗がたら~り
痛くも深い、母ならではの言葉なのであった。

15才あたりから味わった5年間の究極の貧しさ第一期。
35才あたりから再び味わった5年間の第二期。
45才あたりから始まった3年間の第三期。
辛抱とか我慢とか、そういうのも通り越して、生きられるかどうかの選択を毎日のように迫られてたあの頃。
わたしには、そういう日々を過ごしてきたという心の財産があるのに、
ちょっと余裕が出てくると、すぐに調子に乗って忘れてしまう悪い癖がある。

今度、新しく生活を始めるにあたり、この調子ノリの癖を矯正してみようではないかと思う。
まあ、そんなに気張らなくてもできそうだけど……そもそもローンで手一杯なんだから。

目が欲しい物と必要な物は違う。
なので、買っても買っても足りない気持ちになる。

これはいつだったか、大平さんのコラムで読んだ文章。
これを読んで、わたしは自分の部屋の周りをぐるりと見渡した。そして深く反省……

母とコラムからの金言を胸に引っ越しに臨もう
コメント (2)
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送るのって、いつもちょっと寂しい。

2008年09月02日 | ひとりごと
ついさっき、JFK行きのエアポートバスに乗る友人Mちゃんをマンハッタンまで送り届けてきた。
家を出る時は真っ暗だったのに、だんだんと夜が明けて、マンハッタン行きのリンカーントンネルは既に大渋滞
ほんの30分遅かったら、わたしもこれに巻き込まれてた……と思いながら、スイスイとニュージャージーに向かって走った。
運がいい時だとほんの20分強で行き来ができるあのエネルギッシュな街は、夜明けとともに全開

4日間なんてあっという間。
本当は引っ越しの手伝いをしに来てくれたのになあ……
けど、彼女は日本ではいつだってバタバタ忙しくしているので、
夏の、アメリカンの、徹底したゆっくりモードを少しでも味わってもらえたのは良かった……かな?

さあて、大人も子供も今日から新年。
子供達は特に、2ヶ月半にも及ぶ長い休みの後なので、復帰するのにまあ……2週間はかかるかもね。

わたし達もボケてる場合ではないのだ!
家のオイルタンクの諸々の問題が12日に終わり(願わくば)、次の週に契約がすべて終了する(予定)。
そんなこんなが進んでいく間に、わたしの13日のコンサートも終わってたりして、なんとなくいきなりバタバタしそうだけど、
これもまあ、わたしに合った展開だと思い、いつの日か、家買いましてん!と宣言できる日を楽しみに頑張ろう

ちょっといつもにない早起きをしたので、今日は頭があんまり回らない。
え?いつもとどこがちゃうのって?

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世界とわたし

2008年09月01日 | 世界とわたし
今日はレイバーズデイ。日本でいうと勤労感謝の日。
毎年、9月の第一月曜日がこの祝日になり、公立の学校は翌日の火曜日から始まる。
長い長~い夏休みを終え、子供達は新学年を迎える。

昨日はここから1時間半くらいの所にある、コネチカット州の友人宅に遊びに行った。
さようなら夏……バーベキューパーティということで、アメリカン夫&日本人妻&おチビちゃん達家族が4軒集まった。
偶然にも、家を買って1年から数年という人達ばかり。
貴重な教訓をいただきまくりながら、ほんま、わたしら大丈夫なんかいな~と思いつつ、
出されたお料理をパクパク、ビールやワインや、こないだ帰郷した時に成田空港で買うてきたという新潟産の冷酒をゴクゴク、
アホ話に花を咲かせながら、それはそれは楽しい時間を過ごした
ありがとね~S家のみんな。K子ちゃん、Iちゃん、これからもっと逢いたいよ~。
チビっ子達、ほんと、みんな可愛かった!

なんてのんきなことをフガフガ思いながら眠り
翌朝、旦那が作ってくれた特製パンケーキ(コーンとタマネギ入り)にパクつきながらネット新聞に目を通していたら、
え?辞任表明???

わたしは家の台所の中で、楽しかった昨日のパーティのことなんかを思い出しながら、
旦那に入れてもらったコーヒーを飲み、パンケーキを食べ、
パソコンの画面の中の、分厚い雲に覆われたニューオリンズの町や、避難している無表情の人達の顔や、
辞任表明を淡々と語る福田首相の写真を見つめる。

本当は深く関わっているはずなのに、とても遠く、とても無責任。

今日も爽やかな夏日。日の光が緑の葉にさんさんと降り注いでいる



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