歌う介護士

看取りをしたご入居者から「あなたの声は癒される」と。お一人一人を思い浮かべながら、ずっと歌い続けています。

新たな受け入れ

2009-04-21 00:10:27 | Weblog
昨年11月から、なくなった方が6人、3月に入院が2人あり、1フロアが開店休業状態であったが、2人とも退院が決まり、新たに受け入れが2人あり、この後も続く見込みである。

年末から、スタッフが何人か退社したため受け入れを見合わせていたという事情もある。

勤務先は、比較的近隣の方の入居が多いが、中には地方から親をお連れになるケースもある。
地元に他の兄弟がいるにもかかわらず、どうも娘の手元に引き取るようになっているのが現実。これは近場の方でも同じで、身元引受人は息子でも、実際に訪問して私たちと関わるのは娘か嫁だ。(息子しかいない場合もあるが)
そして、ロウロウ介護してきた、妻。
介護の担い手は、圧倒的に女性なのだ。施設入居しても大して変わりはない。
今の高齢者の子供世代は、女性は専業主婦が多いので仕方ないかもしれないが、これから先はどうなるのだろう?

新たな顔が増えると、これまでの均衡が波立ってくる。
特に周辺への影響が大きいのは暴言の見られる男性入居者だ。
女性たちは何をされるかわからない不安で精神的に大きな影響を受ける。
「取られ妄想がエスカレートする」
「入居者同士の対立が表面化する」

一見、全く関係がないように見えるが、新たな入居者による環境変化が多大に影響しているのだ。
まるで「波紋」である。
自分以外の存在は、全て「環境」である証明。

人間の感覚というのは凄いなあ、と感心しているのが、それまで帰宅願望でしょっちゅう玄関口まで徘徊していた女性が、ズンと徘徊の回数が激減したのだ。
新入居の男性が玄関付近に陣取っているのを本能的に察しているようだ。
この男性、いらついているときは他の入居者に怒鳴るし、暴力的になる。(不思議とスタッフにはないー利害関係がわかってる?)徘徊女性とぶつかると危ないなあ、と思っていたのだが、これが危険予知ということなのか?

家族の見る「その人」と、施設で暮らす「その人」、つまり他人の目で見る「その人」は異なる。いや、家族の中で暮らす、他人の中で暮らす(共同生活)と言い換えてもよい。
まるで性格が違うのだ。
「とても遠慮深い性格」「いや、ごくフツー」「意思ははっきりしている」という具合。

遠方からの受け入れもある。
今週、出張扱いで面談にいく事になった。但し、日帰り・・・。