歌う介護士

看取りをしたご入居者から「あなたの声は癒される」と。お一人一人を思い浮かべながら、ずっと歌い続けています。

ったく!もう!

2009-09-13 23:45:54 | Weblog
いささか、イイエ、かなりオカンムリ。
ええ、もちろん、ワ・タ・シ。
今に始まったことではないけれど、面と向かっていわれると腹立たしくなります。

私の後任のリーダーは、管理者の後輩。
20代後半の私生活は奥様。
管理者曰く、
「リーダーと委員会があるから負担になるので・・・。」
担当(CP)は持たせないと言う。

負担?
ソンナコトいわれたこともない。
自分のことは言わない私ですが、さすがに、
「へ?負担?どこが?
委員会2つ運営して、リーダーやって、
7人もCPを持ってたのよ、ワ・タ・シ。」
やって、当たり前だったジャン!

現に今だって、専門職のはず。だが・・・、
生活相談員が相談できていない代わりをしながら、
現場(直接介護)に7割も勤務している。

口を滑らしたと思ったのか、逃げていってしまった。

こういうことやってるから言い難いことをはっきり言っても反論できなくなる。
生え抜きを大事にする会社。
そう言う中途入社もいる。
いや、以前もいた。
仕方がないとは思うが、あからさまにされると、
一言も二言も言いたくなる(笑い)。
後輩と違ってカワイラシイはないわよね!(笑い)
彼にとっては、「コワイラシイ」(アハハ)

寒いダジャレだなあ。

専門職としては、今月のうち、5人の面談予定を調整。
区分変更を2件依頼。
アウトプット5件。
3ヶ月過ぎのモニタリングを8件。
この数は施設だから出来ることだが。
狭いとは言え、各フロアを周って観察し家族と話をする。

残業1時間半で今日は終了。
おやすみなさい。

築120年の建物で研修

2009-09-09 21:25:34 | Weblog
ここで研修を受けるのは2回目。
(いやア、ん十年前の建物かなあ?)
と内心思っていましたが、それどころではなかったんですねえ!

講師の方から、120年前の建物だって聞き、ビックリ。
床も廊下も階段も木造作り。
黒光りしていて、長い年月に数知れない人が昇り降りした形跡。
階段の真ん中が凹んでいる。
机と椅子は、私の中学高校時代のものと同じ。
エコロジー・・・。
概観は、明治学園大の建物と似てます。
同じ時代なんでしょうか?

前回は、暑く手厚くて、でしたが、今日はちょうど良く。
なにしろエアコンが役に立たない(笑い)
建物の外には動物たちの慰霊碑が建っていました。
お線香が残っていたところを見ると、学生が捧げているのか?
古いけれども、ぴかぴかで塵一つ落ちていませんでした。

やれやれ、これで今回の研修5日間は終了。


昨日は、生活相談を3件受けて勤務後に対応。
入居者2人、家族1人。
1人の方が夕食で半分しか聞けず、明日以降に続きを聞くつもり。

人と人との誤解は年をとっていても変わらない。
親切でしていることが、相手には余計なお世話になるし、
気にかけて聞くと、相手は触られたくなくて返事が出来ないことだったり。
とりあえず誤解だと伝えておいたが、お分かりいただいただろうか。

ご無理ごもっとも、ではないけれど、
何事もご入居者の口から出ると、会社はある程度答えなければならない。
その人の思うようにはこばなかったが、
「頼まれたのよ。」とご入居者から聞いた。
なんとも情けなく哀しい出来事だった。
いつもより肩が薄く感じられた。
毎日を楽しんで暮らしてほしい。

もう1人、
先が決められてしまったら、治療はしないで最後までここで看てほしい。
そういう相談だ。
親1人子1人で長年支えあってきた人だ。
私とは関係の重さが違う。
聞いても聞いても、話しても話しても終われない。
楽しめる間に出来るだけのことはしたい。
経済状態から親戚付き合いまでの悩みを聞く。
もちろん私が誰にも話すことはしない。
施設に対しても遠慮がちなので、
もっと手を煩わせないですむように要求を出してよい、と伝える。
スタッフに対する不信感も聞いているが、
「いわないで」と頼まれた。
しかし、
その言葉の裏を返せば、
毎日のケアでどう接しられるかを恐れているからではないのか。
「検査結果は、意外と、なんともなかったりしてね!」
笑いでごまかして終わりにした。

ご入居者や家族の感じる「カン」は鋭いものがある。


私に与えられた宿題は大きい。


秋祭り

2009-09-07 20:32:26 | Weblog
地域の神社に合わせて、施設内でも秋祭りを行う。
ホントに狭いが、障害を持つご入居者にはちょうど良い広さ。

ボーリング、まと当て、輪投げ、ヨーヨー釣り。
ソフトクリーム、獲得点数によるお土産。

他の拠点で数年前にご入居者と共に手作りしたと聞いた「お神輿」。
このお神輿、なかなか立派に出来ているんです!
釘を使わず、指物なのかなあ、屋根こそありませんが、
「お神輿」!
天井に提灯をつるして、
夕食は、お祭りメニュー。
焼き鳥、つくね、お好み焼き、もんじゃ焼き、たこ焼き、フランクフルトにステーキ、焼きそば、ビールにワイン、焼酎、ソフトドリンク。
デザートは、なしとチーズケーキ。

サービスするスタッフは、男女ともに浴衣姿。
3年目の今年は、男性スタッフも浴衣に下駄を自前で購入。
着付けをご入居者にお願いして。
男性スタッフにお願いされたご入居者は、このところ「肩から腕が痛い」と寝込みがちだったのはどこへ?
夜まで着崩れしない着付けをしていただけた。

私も連続勤務4日目で疲れていたが、
浴衣と下駄姿でおもてなしする。
着付けたところで、具合の良くないご入居者の部屋を訪問。
若いスタッフと一緒に見ていただく。
笑顔と「わア、いいねえ!」
久しぶりにご家族と車椅子で起きることが出来た。

今年は白地にグリーンの濃淡の花が散らしてある紗の着物にした。
帯は赤に金と黒の蔦唐草。
実はこの帯、付け帯で、
リサイクルショップで200円で購入。
「帯が素敵!」といってくださる家族もあって面映い。(笑い)

エコは上手に使いましょうね!(笑い)

昨年は藍染に白抜きの菖蒲の浴衣。
私は浴衣は藍染が好き。
私の浴衣を見て、
「藍はいいねえ、いいねえ。」といって、
「綺麗だよ。」と誉めてくださった方の姿は、ない。

「家にいるのと同じように、我儘いっていいんならここにいてもいいよ。」
と、だんだん馴染んでくださった。
ツイ、1ヶ月前までは元気で、流しそうめんを食べている写真もある。
母と1つちがいだった。

藍染の浴衣は選べなかった・・・。

提案~話し合って決め~されど実行は?

2009-09-04 21:26:23 | Weblog
週に一度は、カンフアレンスをする。
日常のケアについて懸案事項などを話し合って決めていく。

これまでもそうだったが、話し合ったそのときは同調し賛成する。
ところが、
実行はなされない。
以前と同じ、変わらず。

いったいどういうつもりで話し合いをし、決めているつもりなのだろう。
うるさくは言わず、
きづきを待つ姿勢を通してきた。
この2年間で、私が提案した1年後に他のスタッフが同じ内容を提案、実行された懸案がいくつかある。
本人たちは全く気づかなかった。
その1年間は、そのスタッフたちが成長するのを待つしかなかったのだ。

車椅子をドアの入り口、つまり廊下においている。
「歩いている人に危険だから、室内に置くほうが良いと思うよ。」
リスク面からも話し、
「廊下は車椅子の収納場所じゃないでしょ。」
とも伝えたが・・・、
うちのチームは、すぐもとの位置(廊下)に戻ってしまった。
いくら私がけアに入るたびに居室に入れても、次に別のスタッフが入ると廊下に出している。
(いつになったら気付くんだロー?)
私に反発するキモチが強いのかもしれない。

「手の届かないところはほこりを取ってあげて、そのときにコミュニケーションをとれば信頼関係が築けるようになるよ。」
どんなに気難しい入居者だって「ありがとう」って言ってくださる。
出来ないところを支援するのは、自立支援に反してはいない。
(ただ余計なことをしたくないだけなんじゃないの?)
つまり、忙しくなりたくないということか。

間もなくリーダーを交代するので、
次の20代の候補者に投げておいたが、期待しよう。


昨日は帰ろうとしているところを戻されて2時間残業となり、
その話し合いが尾を引き、
今朝は3時に目覚める始末。
早朝の通勤電車内で気分が悪くなる。
朝っぱらから、2日酔いと間違えられたかも・・・。
一日気分が悪かったが、
帰りまで誰にも知られずに仕事を終えた。


今の私の生き様にぴったりの詩を見つけたので紹介しよう。


  寄りかからず(「寄り」は人偏が正しい)

もはや
できあいの思想にはよりかかりたくない

もはや
できあいの宗教にはよりかかりたくない

もはや
できあいの学問にはよりかかりたくない

もはや
いかなる権威にもよりかかりたくない

ながく生きて
心底学んだのはそれぐらい

じぶんの耳目
じぶんの二本の足のみで立っていて
なに不都合のことやある

よりかかるとすれば
それは
椅子の背もたれだけ
      (茨木のり子 詩)

これからを決める家族面談

2009-09-01 23:34:59 | Weblog
治療方針を決める医師面談もあるが、
施設は家なので治療よりも安楽さをとりたいと私たちは願う。

「自然のままに無意味な治療はしない」
「苦しまないでチューブにつなげたくはない」
そういう家族もあるが、
「出来る限り生きていてもらいたい」
「何もしない家族といわれたくない」
そういう家族もある。

最終方針は家族の選択。
ご本人の決定は、殆ど出来なくなっている。
90過ぎても、100になっても、親は親。
世界でたった1人しかいない。
60,70の子供が選択する寿命。
迷いが伝わってくる。

そういう迷いを何度も見てきて、自分の最後は自分で決めておこうと思う。

今日も2人の入居者の面談に立ち会った。
1人は、中心静脈栄養か胃ろうのどちらかが出来たら選択したいという。
1人は、積極的な治療はしないという。
面談記録を纏め、個人的に話すのとは別にする。
中心静脈や胃ろうについて具体的にお話しようかと思ったが、医師面談に任せることにした。あまり、お分かりでないように見えたが、私の守備範囲ではない。
医師に伝えて話してもらおうと思う。


半年ごとに、余った薬を「処分して」とお持ちになる方。
もう3回目。
安定剤、下剤3種類。袋がいっぱいになる。
(胃薬が減ったな)
「これ、全部お金ですよ、手元に余っているっていいましょうね。」
なかなか言い辛いようだ。
往診医ではないので自立している方は本人任せなのだ。

使える薬はありがたく頂いているが、医療費ももったいないなあ・・・。