メイサと7人の外国人たち

アラサー元お水とキャラの濃い外国人達の冒険記

心を開いて

2018-10-17 00:01:41 | 
「梓!」



カフェに入ると、すぐにいつもの彼を見つけた。
軽く手を振って笑顔を見せる彼のもとへ行かんと、ズカズカとカフェの奥へ入った。
まだ彼が行動を起こす前の話だ。

席に着きながら私は訊いた。



「今日、風超強くない?もー髪ボサボサ」

「あぁ、そうだね。3日前くらいから風強いよね」

「もぉーひどいわひどいわ」



と髪を直す私に、大丈夫そうだよと彼は言った。



「本当に?本当に?」

「うん、全然」

「私の髪オッケー?」

「もちろん」

「目が可愛い?」



ブー!と梓は吹き出した。
よし、笑かした。と私は満足して一緒に笑った。
梓はしばらく笑ってから、そうだね、と答えて、また笑った。




「鼻が小さいけどね(笑)」

「うるさい。あ、来た来た♡」



注文したのはオープンサンドだ。
2人とも同じものを選んだ。
こんがりと焼かれたライ麦パンの上にスライスしたアボカドが載っている。
隣に鎮座する目玉焼きは黄身がツヤツヤで、ナイフを入れたらセクシーなことになるんだろうなと妄想させられた。
私がヨイショ、と目玉焼きをパンにのせたのとほぼ同時に、梓も全く同じことをしていた。
爆笑した。



「真似しないでよ」

「メイサがしたんだろ。俺の方が早かったよ」



それもそうね、と面白くなさそうな顔をする私を見て、梓は笑った。
そんな思い出を何度も思い出した。
そしてその度に、きっと大丈夫、と思った。
梓は、私が連絡している誰の話をしても、面白そうに聞いていた。
でも、そんな彼の態度に100パーセント安心していたわけじゃなかった。
だから、ディナーを振る舞うと家に誘われても、ずっと上手に避けていた。
ようやく初めて訪問した時もまだ不安だったから、しっかり色気を消して行った。




「メイサ、じゃぁこれも微塵切りにして」




と渡された赤ピーマンを掴み、OKと私は笑った。
彼が振る舞うと言ったはずのディナーをなぜか私も一緒に作っていた。
予想外に働く羽目になった彼は、準備できなかったのだ。



「ごめん」

「いーよいーよ。働いてたらしょうがないわよ」

「そう、俺メイサのために料理教室してあげようと思ったんだよ」

「おいコラ」



笑いの絶えないキッチンで、私は雅留が待ち合わせ場所にカッコつけて現れた話をした。



「で、あたしが図書館に着いたら彼先にドアのとこにいて」







「Hi Lady」



「マジで?」

「そうなのよ。思わず “一体いつからこのポーズで待っていたんだろう…”って思っちゃったわよ」



梓はボウルでドレッシングを混ぜながら吹き出した。



「ま、雅留はハンサムだからポーズ的には似合うんだけどさ。そういう問題じゃないじゃん」

「そういう問題じゃないな。でも良いんじゃない?メイサも何かポーズ仕返してあげれば?」

「何よ、それ?」



私が振り向くと、梓は椅子の上に右足を乗せてストレッチしていた。



「ちょっと、人の話真面目に聞きなさいよ!(笑)」

「え、何?今ポージングの話してたんだよね?合ってるじゃん」

「そぉだけど!」



梓は真顔でボウルを混ぜ続けながら足を替えて言った。



「ちなみに左足も同様に伸ばした方がいいぞ」

「うるさいわ!(笑)」



その日のディナーはすごく美味しかった。
味は日本料理と全然違うから、よくわからないところもあった。
でも、気持ちが悪いとご飯はまずい。
梓と食べるご飯はとても美味しかった。




デザートを食べる少し前に、私は自分のバックグラウンドについて彼に話した。
私は日本が恋しくなかった。
会いたい友達はいる。
でも家族に会いたいとは微塵も思わなかった。
私にとってHOMEと呼べるところはなかった。


大抵は遅すぎる反抗期か気の毒な人のように判断されるこの話を
梓は一言、分かると言って聞いてくれた。




「そういえば梓は、家族には会ってるの?お兄さんがいるんだよね?」



梓はこの国の人間じゃない。
そして家族の話は、私が始めの頃に訊いたきり聞いたことがなかった。
梓はちょっと笑ってから、OK話すよ、と始めた。



「俺には年の離れた兄貴がいるんだけど、俺はあいつとも両親とももう何年も連絡をとってない」



私は目を丸くした。


梓は一般的に高給取りと言われる職業のお父さんと、専業主婦のお母さん、
ひとまわり離れたお兄さんと暮らしていた。
でも梓が中学生の時に、突然他の3人が異国へ引っ越すことになった。
梓には、週に何回か来るだけのお手伝いさんが1人充てがわれた。
ご近所さんが面倒見てくれたりもしたけど、基本的に1人だった。
当然中学生の男の子がひとりぼっちにされて、真面目に学校に通うわけがなかった。


でもまた突然、その異国へ呼ばれた。
そこで今度は全然習慣が違う学校に突っ込まれた。
家の中には押しかけて来た兄貴の彼女と兄貴、それから両親が同居していて、
思春期真っ盛りの彼には自分に部屋がなかった。
家の中は、兄貴カップル対両親で険悪だった。
梓は間を取り持つ役に回っていた。
家にも学校にも居場所がなかった。


大学生になる時、この国に来る機会を見つけた。
高給取りだと思ったお父さんは不正が見つかって不遇の時で、親の援助は受けられない。
梓は才能と努力で奨学金を得て、大学を卒業した。
誰にも助けてもらえないから、自分で自分のために努力した。




「兄貴は彼女と結婚した。でも、別れた。おまけに、働いてない。
俺は働き出した。
で、両親に兄貴と彼らにお金を送れって言われたんだ」



梓は家族を援助した。
でもお兄さんは働く様子がなく、助けてもらってる側のお父さんは梓に説教をする。
お母さんは自分というものがなく、お父さんの言いなり。
何年も我慢して助けてから、ついに我慢の限界が来て、梓は




「モウイヤダ。家族ダヨ?って思った」



と、日本語のフレーズを口にした。
私は聞きながら、梓をハグしてあげるべきなんじゃないかと思った。
泣きたくなった。



「メイサの話を聞いて、全部わかると思った。
家族なのに、家族じゃないんだ」

「そうね…」

「で、彼らは永遠に自分の非を認めない」

「そうね…」

「でもメイサに言う通りで、そうやって距離を置いていると罪悪感がある。
自分のことを悪い人間なんじゃないかって思って」




そうなんだよね、と私はため息をついた。
あぁそうか。
何もかもが似ていて楽しかった私たちは、こんなところまで同じだったんだね。
梓はとっても素敵な人だから、ご家族も素敵なんだと思っていた。
私とは違うんだろうなって、思ってたよ。


でも今こうして考えてみれば、それくらい不遇の時代があったから
梓は人に優しく厳しく接することができるんじゃないかとも思った。
言葉の端々に彼のリアリストな面が垣間見えていたけど、納得した。
これは私の意見だけど、何かに不自由なく生きて来ると、人間はそれをありがたいと思えない。
思えない分大切にできないから、人にそれを奪われたり侵されてもあまり気にしない。
お金持ちの甘ちゃん、とかいう類の言葉はそういうところから来てるんじゃなかろうか。


梓が見せた意外な一面は、彼が私に心を開いてくれていると感じさせた。



続きます。









私にとって大切な人

2018-10-16 10:22:38 | 
ある日のことだった。



「君はよくやってるよ。君の言う通り、気が合う友達に出会うのは簡単なことじゃないしさ」



私はもぐもぐとアスパラを噛みながら頷いた。
今夜も咲人と長電話しながら料理中だ。
私はとにかく食べたいし、作りたい。
コショウを足しながら私は答えた。



「ありがと。日本人相手でも難しいのに、ここで素敵な友達ができて幸せだわ」

「頑張ったな」

「……でも、今私は一つ大きな問題を抱えているの」



どうした?と咲人は驚いた。
一ヶ月前、私は梓の家を真夜中に飛び出した
やっと一歩踏み出した優しい彼を置き去りにして。
ため息が溢れる。



「私の、ここでの一番の友達覚えてる?」

「んー、あの国の男だっけ?」

「そう。私の一番の友達で、私の唯一の男友達…(あ、咲人入れないと失礼かな)」

「(俺は何なんだ)そいつがどうかしたの」

「私は彼のこと本当にいい友達だと思ってたんだけど…彼は違ったみたい」

「え、何で?」

「……私は彼にとって友達じゃなかったみたい」




一呼吸置いて、あぁーわかった、と咲人は声を上げた。
私はため息混じりにマッシュルームを切り刻んだ。




「彼はなんか言ったの?何つーんだ、何か決定的なことを?」

「まぁその…分かることをした」

「あ、そう。。。で、君はどうしたの」

「私はそれを受け入れなくて、それで……」




それから、何通かメールしたけど、すぐに返事が途絶えた。
何事もなかったように、どうでもいいメールを少し間を空けて2通送った。
梓は返事をしなかった。
そしてそのまま今日に至る。
あっという間に一ヶ月が経った。




「私は彼を失わんとしているの。はぁぁぁぁ」




それはしょうがないぜ、と咲人は言った。




「もう前みたいには戻れないのかなぁ〜〜〜〜〜」

「うーん、それはまぁ男によるけど。でもま、基本的には無理だろうな」



バッサリ



「えぇぇぇぇ!?(涙声)」

「ま、待て待て。基本的には、って言ったんだよ」

「イヤァァァァ(号泣)」




フライパンを振るいながら嘆く私を咲人はなだめた。




「そいつが良い男なら君の気持ちを理解してくれるんじゃないの」

「そうだね…梓は本当に素晴らしい人なのよ。だから…そう期待したいけど…
でもまぁ彼が私を諦めるにしろ、諦めないにしろ、私は彼を傷つけたんだからすごく悪い気がするわ」

「それはしょうがないだろ」

「私は彼のこと友達として大好きなのよ。好きな人を傷つけて、しょうがないなんて言えないわ」

「ふん、まぁ、な」



オリーブオイルとニンニクと一緒に炒まったマッシュルームは香りが最高。
米と白ワイン、牛乳を注いで火力を上げた。
フツフツ言うフライパンを混ぜながら言った。



「まぁ、何にせよ今は彼には時間が必要だと思うの」

「そうだな」

「彼の気持ちを考えるなら、私が今できることはただ待つだけ」

「いいんじゃない」

「はぁぁあ〜。。。」




深いため息をつく私に、咲人は質問した。




「君は気づかなかったの?そいつの気持ちに」

「うーん…随分前にもしかしたらとは思ったのよ。だから牽制したの」

「いいじゃん」

「でもそれはもう前のことで…彼は慎重な人だからそれ以降特に動かなかったから、私も油断していたの」

「なるほどね」



しつこくため息をつく私にウンザリしたのか、咲人は何やら提案し始めた。



「メイサ、そういう時は他の男の写真を見せて『この人が私の好きな人なの♡』とか言っとくべきだったんだよ」

「はぁ?そんな写真持ってないわよ」

「用意するんだよ。ウソでも」


イヤだよ


何でわざわざそんな事しなきゃなんないんだよ!(笑)


相変わらずどこかズレている咲人の提案はバッサリ切ってやった。
バッサリついでに聞いてみた。


「あなたは?こういう経験ないの?両思いだと勘違いしてしまった事」

「うーん……あるよ」

「その時はどうしたの?」

「学んだよ。また同じこと繰り返さないように慎重になったと思う。
楽しい出来事じゃないからな」



ですよね、と私は味見用スプーンを咥えた。
うん、あとは余熱でいいや。
火を止め、始めのアスパラを散らしてからフタをとじた。
明日のお弁当はリゾットだ。



一ヶ月の間、色々なことがあった。
梓には無視され、仁とは連絡が再開したけど私の気持ちは前とは違っていて。
どんどん咲人に惹かれていく自分に気がついた。
梓に申し訳ない気持ちもあった。
でも心のどこかで梓はまた何事もなかったように返事をくれるんじゃないかと思っていた。
だって、彼は今までずっと、本当にずっと、優しかったから。
私の拙い英語も、くだらないバカ話も、爆笑する顔も、全部受け止めてくれた。
この街で色々なところへ連れて行ってくれた。
いろんなことを教えてくれた。
一度も偉そうにも、恩着せがましくもせず。
ただスマートで、優しかった。
私のことを大切にしてくれた。



その理由は友情じゃなくて恋だったけど。




「メイサの今日の服、いいね」



雪の降る日だった。
ブランチを食べに出かけた私は、ダウンの下にグレーのワンピースを着て行った。
テーブルについてコートを脱いだ瞬間、梓がハッとしたのに気づいた。
でもやっと彼がそう言ったのは、店を出る時だった。
ありがとうと微笑んでから、あなたも着たい?と聞くと、笑った。



「残念ながら俺には似合わないと思うよ」

「恥ずかしがらないでいいのよ♡」

「ま、サイズが合わない(笑)」



確かに!と声を上げて笑った私は、本当に彼のことが大好きだった。
少ししか一緒にいられなかったけど、また会うのが楽しみだった。
それからも梓は頻繁に私の服を褒めてくれた。
典型的な女子らしく、クローゼットがパンパンな私は彼と会う時の服を選ぶのも楽しかった。
会う数日前から楽しみだったのだ。



続きます。



最低の女

2018-09-11 21:52:05 | 
真夜中のタクシーで家路を急ぐのは懐かしい。
お水の頃はよくそうして帰ったものだ。
ふと薄目を開けると、窓には光るビルがいくつか映っていた。
東京のど真ん中よりは暗い街だ。

眠いけど眠れそうにない。
梓にしてしまったこと、自分の気持ち、っていうか要するに自分自身にガッカリだ。
ガッカリなんてリズミカルな単語で済ませられる気持ちじゃない。
絶望感だ。




梓が私に触れた時って言ってもロングシャツにズボンじゃ首と腹くらいしか触れなかったけど。
もっと正確に言うと、抱き締めて首にキスした時。
私は「これは仁さんにしてもらいたかったのに」と思ったのだ。
どうでもいい男相手ならよかったのかもしれないが、そんな気持ちのまま梓を受け入れてはいけないと思った。
私は本当に梓が大好きだった。


頭が痛いのは梅酒のせいか精神的なものか。
いや、日本酒をガンガン空けていた私があんなもんで酔っ払うわけがない。


ずっと良くしてくれてきた梓に悪いことをしたというのに
会ったこともない不誠実な仁さんで心がいっぱいだなんて
そんな自分には絶望しかない。
ああ、ごめん梓。
私は本当にバカモンだ。





部屋についた頃、梓からメールが届いた。





『無事に着いた?
今日は会えてよかったよ :) 楽しかった。
でも眠かったね(笑)おやすみ』




帰ったことは、伝えなきゃ……




『今着いたよ。ありがとう。
私もすごく楽しかった!おやすみなさい』




化粧も落とさず適当に服を脱ぎ捨ててベッドに倒れこんだ。
マジで眠い。
頭も心も体もぜーんぶグチャグチャのクタクタだ。
ポイと投げ捨てた携帯の光が暗い部屋で目立つ。
手繰り寄せるようにそれを掴んで、例のアプリを開いた。




仁さん……




彼のプロフィールを開くと、彼がいつオンラインだったかわかる。
2〜3時間前に彼もこのアプリを使っていたらしい。





どうしてこの人を忘れられないんだろう。
どうしてこんな辛い思いしなきゃいけないんだろう。
あっという間にレビューが増えた私には、今や話し相手が20人はいる。
それなのに毎日この人のことが気になってしまう。
どうしたら忘れられるんだろう。
どうして彼は連絡してこないんだろう……。





ポチ……




ポチポチポチポチ……





送信ボタンを押したのと、眠りに入るのと、どちらが先だったかわからない。





『こんばんは、仁さん。元気?(╹◡╹)』





翌日、彼から返信が来た。






続きます。

好きな男の腕の中でも違う男の夢を見る

2018-09-10 20:00:03 | 
腕の力を強めるのと一緒に、梓は私のうなじにキスをした。
ステップ一つ一つの間に、長い間があった。


梓、今キスしたよな………


眠気と戦いながら私は考えた。
そして彼との過去の会話を思い出した。




「私、男友達がいないの」




初めて梓に会った時、私は彼にそう告白した。
まだこの街に不慣れだった私を連れて行ってくれたのは、小さな、でも居心地の良いカフェだった。
賑わう地上ではなく、誰もいない地下の席で話していた。
大きなテーブルを挟んで、私と梓は初対面なのに弾む会話を楽しんでいた。
沢山の共通項。ユーモア。真面目な話からくだらないジョークまで、笑顔に溢れた時間だった。
全然タイプじゃないな、と思ったけど、すっごく楽しいなと思った。
だけど、男の人は彼氏か他人、それかお客しか選択肢がなかった私にとって
彼はニュータイプだった。
私の告白に、梓は興味深そうな表情を見せた。



「ずっと男の子と話す機会があんまりなかったのもあるし、まぁでもそれは関係ないと思うの。
バイト先とか紹介とか友達作る機会なんていくらでもあったと思う。
でも私にとって男の人は、彼氏か他人しかいないんだ」


残念でも何でもない事実を話すと、彼はそっかぁ面白いねと笑った。
その夜、彼はすぐに「すごく楽しかった!また来週会える?」とメールをくれた。
スケジュールが理由でそれは難しかった。
でも、彼はその日から毎日連絡をくれた。
頻繁に、いつ会えるか質問してきた。



私は、多分彼が友達以上の何かを求めているんじゃないかと思った。




「突然ゴメン!もし時間があったら助けてくれない?」



ある晩、私は彼に連絡した。
翌日に英語のスピーキングテストを受けることになったのだ。
私の都合なんか御構い無しで、会社が決めたものだった。
そこそこ大切なテストだったので、テストの前に誰かと会話の練習をしたかった。


梓はすぐに返信をくれて、翌朝会うのは無理だけど電話はできると言った。
始業前に駅から歩く道すがら、私と電話で話せると提案した。
ありがたすぎるその提案にプリーズ!!と返信し、翌朝ドキドキと電話を握りしめて待っていた。



「そろそろ行かなきゃ」



梓がそう言うまで、私はたっぷり話す練習をさせてもらった。
ふと時間を見ると、45分も話していた。



「うん。今日は本当にありがとう!」

「いいよいいよ。テスト頑張ってね。自信持って」



梓は明るくそう言ったけど、鼻をすするのが聞こえた。



この時


季節は真冬で


外はものすごく寒くて


最寄駅から会社まで45分も歩くはずがなくて…





私は




梓が、私のために45分も寒空の下にいてくれたんだと




わかった。





「What are you doing?」



私の質問に、梓はI don’t know と答えた。
すっとぼけているだけだけど、怒る気にはならない。
梓は時々寝息を立てていて、寝てるのか襲ってるのかどっちとも言えなかった。




「メイサは、男友達はいないんだもんね。彼氏か他人って言ってたよね」



何度目かのランチで、彼はそう言った。
いつ会っても、何度会っても、梓と話すのは楽しかった。
梓は賢い。
梓はユーモラスだ。
梓はスマートだ。
梓はとても温厚で大人だった。



でも、どうしても恋愛対象には思えなかった。
多分、見た目の問題だった。
彼は不細工でもないし、背も高い。
でも、色々なところがタイプじゃなかった。
梓のことが大好きだったけど、梓に抱かれる自分が想像できなかった。


私は言わなきゃいけないと思った。
笑顔を見せた。




「そう!梓は女友達が沢山いるんでしょう?」

「沢山じゃないけど、女子も男子も普通にいるよ」

「そうだよね。それに梓の趣味はちょっとフェミニンだし、可愛いものも好きだよね」



ははは、そうだねと梓は笑った。
私は続けた。



「だから梓とは一緒に居られるんだと思う!
梓は半分女の子みたいだから、友達で居られるんだと思う」



一瞬彼の目が開いたのを感じた。
なるほどね、と彼は相槌を打った。
楽しかったね、いつも通り沢山笑ったね、と
コートを着ながら私がそう言った時、梓はそうだねと笑わずに答えて



「俺はメイサのファンだからね」



と言った。






「……寝てた」



私がつぶやくと、梓は俺も、と言った。
2人とも本当に眠くて、本当に寝てしまっていた。
私がモゾモゾと体勢を整えていると、梓は私の肩のあたりに顔を埋めた。
そして、また私の手に触れ、両手で包み込んだ。



「どうしてこんなに手が小さいの」



足も、と続けた。



「すごく可愛い」



私は黙っていた。




「本当に帰るの?」

「……帰らなきゃ」

「俺は」




お願い


何も言わないで





「メイサがこのままここにいればいいのにって思ってる」





私がただ黙っているのは眠いからだと思ったのか、それとも照れていると思ったのか。
梓が考えていたことは私にはわからない。


梓の腕は私を離しそうになかった。
頭を肩にうずめたまま、彼はまたキスをした。
くすぐったかったので体をよじると、逆効果みたいだった。






私はこのまま梓の友達じゃなくなるのかな

梓のことが大好きだから

友達じゃなくなるのがイヤだけど

でも………












梓が私の体に触れた瞬間



パッと



光る液晶の中の笑顔が浮かんだ









「メイサさんのこと、大好きだよ」








仁さん








私はシャツのボタンに手をかけていた梓を強く抱きしめた。
彼が動きを止めるくらい、強く。





「梓」





彼は静止したままだ。





「私、帰らなきゃ」





長い間のあと、梓はOKと言った。
私のカーディガンのボタンは全部外れていた。
あれ?という顔をする私に、ごめん、と彼は謝った。




「大丈夫よ」

「メイサ、車呼ぶ?電車で帰るの好きじゃないだろ」




彼の呼んだタクシーに乗り、手を振り、目を閉じて。





私は






絶望感でいっぱいだった。









続きます。

抱きしめて

2018-09-09 15:16:09 | 
さて、話は2週間前にさかのぼる。
咲人とは一度しか話したことがなかった頃のことだ。



毎日仁さんのことが頭に浮かび、正直に言うと、結構堪えていた。
思い出してみれば、彼のどこがそんなに好きだったのか良くわからない。
というより、彼のことをまだそんなに知らなかった。


背が高いとか(それは好み)

顔がキレイそうとか(でもしゃくれてる←)

理系だとか

頭の回転がいいとか

勉強家だとか

明るいとか………



良いところは挙げられると思うんだけど
私はこんなにも表面的なことで人を好きになれるんだったっけ。
ルックスはとても大切だけど、それでもなお一番大切じゃない。(そもそもしゃくれてるじゃん)
私が本格的に人を好きになるには、性格の相性がすごく必要だった。



だから、彼なんかに固執してもしょうがないと思った。
みんなにソイツ良くないと言われた。
私もそう思っていた。
けど、彼に惹かれた気持ちや過ごした時間の笑顔は本当だったから、
理由もわからずこんな状態になっていることが辛かった。



人生ってのは、悲しい時に悲しいことが重なるものだ。
ふとしたことから、ものすごーく残念なトラブルに巻き込まれてしまった。
怒りに任せてその場を立ち去り、大通りを早足に歩きながら泣きそうになった。


うぅ、ここで泣く意味って何なんだろ。
こんな異国まで来てメソメソするなんてアホらしいのに。



グスンと足を止め、私は携帯を取り出した。
こんな時に連絡できるのはコイツしかいない。
ポチポチポチポチ




『梓!!今どこ?何してる?』



流石に秒速では返信はなかったが、一時間後にどうしたの?と返事が来た。



『急にごめん!何してるの?』

『俺は仲間と会ってたよ。軽く食事してた。
メイサは今どこにいるの?仕事は?』

『私はこのあたり』

『もしかして会いたかった?だったら今からなら空いてるけど』



梓はいつも優しかった。
私がこんなに急に連絡しても、それが意味不明でも、マイルドに対応してくれた。
私は日本語で即答した。



『あいたい!』



ハハハ、と笑っている顔文字付きで返ってきた。



『バーか何か行く?それともウチくる?』



梓の家には一度行ったことがある。
その時、私は相当気をつけてシャツにワイドパンツという色気ゼロの格好で向かった。
私の心配は無駄で梓は指一本触れてこず、美味しい母国料理を振舞ってくれた。(恥ずかしい)
その日もハーフパンツではあるものの、分厚い黒タイツにチェックのロングシャツと誘惑めいていなかった。



『どっちでもいい!』

『はは、分かった。じゃうちの最寄駅まで来て。迎えに行くよ』



ポチポチポチポチ



『わかった!梓、メイサはしょっぱいものが食べたい!』



と日本語で書くと、また爆笑している顔文字付きでOKと返信が来た。
梓の家に上がりこむと、私はゴメンね突然!と謝った。



「大丈夫。どうかしたの?何か飲む?」



梓は手慣れた手つきでワインをいれてくれた。
彼の部屋はとてもクリーンで、快適だ。
早くに親元を離れ、学費も生活費も自分でどうにかして来た彼はすごく自立している。
大変な思いをした人は人生の酸っぱさを知っているから優しかったりする。
でも、リアリストで、厳しい。
梓が私とのランチを奢ってくれたことは一度もない。
友達なんだから当たり前だけど、男の子は何でもないのに見栄を張る生き物だ。



「で、しょっぱいもの」



と言ってスナックを開けた。
私は苦笑した。



「ごめん、突然押しかけるわしょっぱいものが食べたいって言いよるわ…」

「ははは、面白かったよ。笑ったわ」

「 あ、そうそう。これあるわよ」



と、私はカバンから星型のタッパーを取り出した。
勢いよく開けて中を見せると、梓はラズベリー?と目を丸くした。



「何それ?ラズベリーケースなの?」

「そうよ」

「へぇ、甘いもの持ってるくせにしょっぱいもの食べたいって言ったの?」

「甘いもの持ってるからしょっぱいもの用意しろって言ったんじゃない」



エラそうにそう答えると、梓はまた笑った。
ラズベリーとワインをつまみながら、何があったのかと聞かれたけど、
私はただちょっとトラブル!でも大丈夫!とだけ答えた。
梓はそれ以上聞かなかった。




「たまに疲れる時もあるけど、大丈夫よ。私は強いから」

「そう?」

「私、ポジティブでしょ」

「そうだね。メイサはポジティブ。いいと思う」

「そ。まーこんな見た目してるから結構軽視されることあるんだよね、女だし。
そういう奴には必要以上に強めに対応してやってるんだけど」

「メイサ怒ると激しいよね」

「しょーがないじゃん。多少やり過ぎくらいでちょうど見た目とバランス取れるのよ」



童顔の男の子がヒゲを伸ばすみたいに
優しそう、大人しそう、と踏んで接してくる奴らには鉄拳を食らわすことがあった。
この温和そうかつ超女子な見た目、どーにかなんないかな。

梓は言った。



「でも…そうしてたらメイサは辛くない?ずっと強いふりしてたらさ」



いい案だね、とでも言われるかと思っていたので、ちょっと意外だった。
けれど、私のことを気にしてくれてるのがわかった。




「んー、大丈夫。ありがとう」

「そっか、ならいいんだけどさ。こっちで飲まない?」



と、梓はソファを指した。
ワインの後に梅酒にも手を出して、夜中なのも手伝って、眠かった。
ソファで私たちは色んな話をした。
将来のこと、過去のこと、恋愛のこと……



「私は見た目で言えばアジア人の方が好みかな。まぁ差別も抵抗もないけど、単純に黒髪が好きだから」

「あー、わかる。俺も黒人の子とか可愛いなって思うけどアジア人の方が多分好き」

「まぁ私は背が高い人が好きだから、欧米人の方が当たりやすいんだけどね」

「メイサ背どれくらい?」

「ここじゃ小さめだけど日本じゃ大きい方だよ」

「うん、日本に行った時もっと皆小さかったよ。
おばあちゃん達なんか俺の2/3くらいしかないイメージだった」

「ははは(笑)梓は背高いもんね」

「180くらいだから、まぁもっと背が高い人たくさんいるけど」



梓は自分の手を開いてみせた。



「俺は手と足がデカイんだよね」

「え?あっ確かに。足デカ!」

「そう(笑)靴がないんだよ〜」

「大変そうだねー。私は手小さいからなぁ」




と、私が手を見せると、梓は自分の手を重ねて小さ!とビックリした。



「日本人の中でも小さいからね…」

「可愛いと思う」




へ?



私は聞こえなかったふりをした。


「不便だよー。球技とか不利だし(笑)」

梓は笑っただけだった。
私が欠伸すると、梓はマットレスを引き出してソファベッドを作ってくれた。
ありがと〜と半ば寝ぼけながら横になると、彼も隣に横になった。



ふと



彼の腕が私を後ろから抱きしめていることに気がついた。



あれ?



「梓…」

「ん?」

「終電って何時だっけ?」

「今日は一晩中あるよ」

「そっか」

「帰るの?」

「うーん、もうちょっとしたら。明日仕事あるし」




梓は、何時から?どこで?と珍しくたくさん質問して来た。
いつも聞き分けが良いというか、すぐにわかったと言うのに。




不意に




梓の腕に力がこもった。





続きます。