「梓!」
カフェに入ると、すぐにいつもの彼を見つけた。
軽く手を振って笑顔を見せる彼のもとへ行かんと、ズカズカとカフェの奥へ入った。
まだ彼が行動を起こす前の話だ。
席に着きながら私は訊いた。
「今日、風超強くない?もー髪ボサボサ」
「あぁ、そうだね。3日前くらいから風強いよね」
「もぉーひどいわひどいわ」
と髪を直す私に、大丈夫そうだよと彼は言った。
「本当に?本当に?」
「うん、全然」
「私の髪オッケー?」
「もちろん」
「目が可愛い?」
ブー!と梓は吹き出した。
よし、笑かした。と私は満足して一緒に笑った。
梓はしばらく笑ってから、そうだね、と答えて、また笑った。
「鼻が小さいけどね(笑)」
「うるさい。あ、来た来た♡」
注文したのはオープンサンドだ。
2人とも同じものを選んだ。
こんがりと焼かれたライ麦パンの上にスライスしたアボカドが載っている。
隣に鎮座する目玉焼きは黄身がツヤツヤで、ナイフを入れたらセクシーなことになるんだろうなと妄想させられた。
私がヨイショ、と目玉焼きをパンにのせたのとほぼ同時に、梓も全く同じことをしていた。
爆笑した。
「真似しないでよ」
「メイサがしたんだろ。俺の方が早かったよ」
それもそうね、と面白くなさそうな顔をする私を見て、梓は笑った。
そんな思い出を何度も思い出した。
そしてその度に、きっと大丈夫、と思った。
梓は、私が連絡している誰の話をしても、面白そうに聞いていた。
でも、そんな彼の態度に100パーセント安心していたわけじゃなかった。
だから、ディナーを振る舞うと家に誘われても、ずっと上手に避けていた。
ようやく初めて訪問した時もまだ不安だったから、しっかり色気を消して行った。
「メイサ、じゃぁこれも微塵切りにして」
と渡された赤ピーマンを掴み、OKと私は笑った。
彼が振る舞うと言ったはずのディナーをなぜか私も一緒に作っていた。
予想外に働く羽目になった彼は、準備できなかったのだ。
「ごめん」
「いーよいーよ。働いてたらしょうがないわよ」
「そう、俺メイサのために料理教室してあげようと思ったんだよ」
「おいコラ」
笑いの絶えないキッチンで、私は雅留が待ち合わせ場所にカッコつけて現れた話をした。
「で、あたしが図書館に着いたら彼先にドアのとこにいて」
「Hi Lady」
「マジで?」
「そうなのよ。思わず “一体いつからこのポーズで待っていたんだろう…”って思っちゃったわよ」
梓はボウルでドレッシングを混ぜながら吹き出した。
「ま、雅留はハンサムだからポーズ的には似合うんだけどさ。そういう問題じゃないじゃん」
「そういう問題じゃないな。でも良いんじゃない?メイサも何かポーズ仕返してあげれば?」
「何よ、それ?」
私が振り向くと、梓は椅子の上に右足を乗せてストレッチしていた。
「ちょっと、人の話真面目に聞きなさいよ!(笑)」
「え、何?今ポージングの話してたんだよね?合ってるじゃん」
「そぉだけど!」
梓は真顔でボウルを混ぜ続けながら足を替えて言った。
「ちなみに左足も同様に伸ばした方がいいぞ」
「うるさいわ!(笑)」
その日のディナーはすごく美味しかった。
味は日本料理と全然違うから、よくわからないところもあった。
でも、気持ちが悪いとご飯はまずい。
梓と食べるご飯はとても美味しかった。
デザートを食べる少し前に、私は自分のバックグラウンドについて彼に話した。
私は日本が恋しくなかった。
会いたい友達はいる。
でも家族に会いたいとは微塵も思わなかった。
私にとってHOMEと呼べるところはなかった。
大抵は遅すぎる反抗期か気の毒な人のように判断されるこの話を
梓は一言、分かると言って聞いてくれた。
「そういえば梓は、家族には会ってるの?お兄さんがいるんだよね?」
梓はこの国の人間じゃない。
そして家族の話は、私が始めの頃に訊いたきり聞いたことがなかった。
梓はちょっと笑ってから、OK話すよ、と始めた。
「俺には年の離れた兄貴がいるんだけど、俺はあいつとも両親とももう何年も連絡をとってない」
私は目を丸くした。
梓は一般的に高給取りと言われる職業のお父さんと、専業主婦のお母さん、
ひとまわり離れたお兄さんと暮らしていた。
でも梓が中学生の時に、突然他の3人が異国へ引っ越すことになった。
梓には、週に何回か来るだけのお手伝いさんが1人充てがわれた。
ご近所さんが面倒見てくれたりもしたけど、基本的に1人だった。
当然中学生の男の子がひとりぼっちにされて、真面目に学校に通うわけがなかった。
でもまた突然、その異国へ呼ばれた。
そこで今度は全然習慣が違う学校に突っ込まれた。
家の中には押しかけて来た兄貴の彼女と兄貴、それから両親が同居していて、
思春期真っ盛りの彼には自分に部屋がなかった。
家の中は、兄貴カップル対両親で険悪だった。
梓は間を取り持つ役に回っていた。
家にも学校にも居場所がなかった。
大学生になる時、この国に来る機会を見つけた。
高給取りだと思ったお父さんは不正が見つかって不遇の時で、親の援助は受けられない。
梓は才能と努力で奨学金を得て、大学を卒業した。
誰にも助けてもらえないから、自分で自分のために努力した。
「兄貴は彼女と結婚した。でも、別れた。おまけに、働いてない。
俺は働き出した。
で、両親に兄貴と彼らにお金を送れって言われたんだ」
梓は家族を援助した。
でもお兄さんは働く様子がなく、助けてもらってる側のお父さんは梓に説教をする。
お母さんは自分というものがなく、お父さんの言いなり。
何年も我慢して助けてから、ついに我慢の限界が来て、梓は
「モウイヤダ。家族ダヨ?って思った」
と、日本語のフレーズを口にした。
私は聞きながら、梓をハグしてあげるべきなんじゃないかと思った。
泣きたくなった。
「メイサの話を聞いて、全部わかると思った。
家族なのに、家族じゃないんだ」
「そうね…」
「で、彼らは永遠に自分の非を認めない」
「そうね…」
「でもメイサに言う通りで、そうやって距離を置いていると罪悪感がある。
自分のことを悪い人間なんじゃないかって思って」
そうなんだよね、と私はため息をついた。
あぁそうか。
何もかもが似ていて楽しかった私たちは、こんなところまで同じだったんだね。
梓はとっても素敵な人だから、ご家族も素敵なんだと思っていた。
私とは違うんだろうなって、思ってたよ。
でも今こうして考えてみれば、それくらい不遇の時代があったから
梓は人に優しく厳しく接することができるんじゃないかとも思った。
言葉の端々に彼のリアリストな面が垣間見えていたけど、納得した。
これは私の意見だけど、何かに不自由なく生きて来ると、人間はそれをありがたいと思えない。
思えない分大切にできないから、人にそれを奪われたり侵されてもあまり気にしない。
お金持ちの甘ちゃん、とかいう類の言葉はそういうところから来てるんじゃなかろうか。
梓が見せた意外な一面は、彼が私に心を開いてくれていると感じさせた。
続きます。
カフェに入ると、すぐにいつもの彼を見つけた。
軽く手を振って笑顔を見せる彼のもとへ行かんと、ズカズカとカフェの奥へ入った。
まだ彼が行動を起こす前の話だ。
席に着きながら私は訊いた。
「今日、風超強くない?もー髪ボサボサ」
「あぁ、そうだね。3日前くらいから風強いよね」
「もぉーひどいわひどいわ」
と髪を直す私に、大丈夫そうだよと彼は言った。
「本当に?本当に?」
「うん、全然」
「私の髪オッケー?」
「もちろん」
「目が可愛い?」
ブー!と梓は吹き出した。
よし、笑かした。と私は満足して一緒に笑った。
梓はしばらく笑ってから、そうだね、と答えて、また笑った。
「鼻が小さいけどね(笑)」
「うるさい。あ、来た来た♡」
注文したのはオープンサンドだ。
2人とも同じものを選んだ。
こんがりと焼かれたライ麦パンの上にスライスしたアボカドが載っている。
隣に鎮座する目玉焼きは黄身がツヤツヤで、ナイフを入れたらセクシーなことになるんだろうなと妄想させられた。
私がヨイショ、と目玉焼きをパンにのせたのとほぼ同時に、梓も全く同じことをしていた。
爆笑した。
「真似しないでよ」
「メイサがしたんだろ。俺の方が早かったよ」
それもそうね、と面白くなさそうな顔をする私を見て、梓は笑った。
そんな思い出を何度も思い出した。
そしてその度に、きっと大丈夫、と思った。
梓は、私が連絡している誰の話をしても、面白そうに聞いていた。
でも、そんな彼の態度に100パーセント安心していたわけじゃなかった。
だから、ディナーを振る舞うと家に誘われても、ずっと上手に避けていた。
ようやく初めて訪問した時もまだ不安だったから、しっかり色気を消して行った。
「メイサ、じゃぁこれも微塵切りにして」
と渡された赤ピーマンを掴み、OKと私は笑った。
彼が振る舞うと言ったはずのディナーをなぜか私も一緒に作っていた。
予想外に働く羽目になった彼は、準備できなかったのだ。
「ごめん」
「いーよいーよ。働いてたらしょうがないわよ」
「そう、俺メイサのために料理教室してあげようと思ったんだよ」
「おいコラ」
笑いの絶えないキッチンで、私は雅留が待ち合わせ場所にカッコつけて現れた話をした。
「で、あたしが図書館に着いたら彼先にドアのとこにいて」
「Hi Lady」
「マジで?」
「そうなのよ。思わず “一体いつからこのポーズで待っていたんだろう…”って思っちゃったわよ」
梓はボウルでドレッシングを混ぜながら吹き出した。
「ま、雅留はハンサムだからポーズ的には似合うんだけどさ。そういう問題じゃないじゃん」
「そういう問題じゃないな。でも良いんじゃない?メイサも何かポーズ仕返してあげれば?」
「何よ、それ?」
私が振り向くと、梓は椅子の上に右足を乗せてストレッチしていた。
「ちょっと、人の話真面目に聞きなさいよ!(笑)」
「え、何?今ポージングの話してたんだよね?合ってるじゃん」
「そぉだけど!」
梓は真顔でボウルを混ぜ続けながら足を替えて言った。
「ちなみに左足も同様に伸ばした方がいいぞ」
「うるさいわ!(笑)」
その日のディナーはすごく美味しかった。
味は日本料理と全然違うから、よくわからないところもあった。
でも、気持ちが悪いとご飯はまずい。
梓と食べるご飯はとても美味しかった。
デザートを食べる少し前に、私は自分のバックグラウンドについて彼に話した。
私は日本が恋しくなかった。
会いたい友達はいる。
でも家族に会いたいとは微塵も思わなかった。
私にとってHOMEと呼べるところはなかった。
大抵は遅すぎる反抗期か気の毒な人のように判断されるこの話を
梓は一言、分かると言って聞いてくれた。
「そういえば梓は、家族には会ってるの?お兄さんがいるんだよね?」
梓はこの国の人間じゃない。
そして家族の話は、私が始めの頃に訊いたきり聞いたことがなかった。
梓はちょっと笑ってから、OK話すよ、と始めた。
「俺には年の離れた兄貴がいるんだけど、俺はあいつとも両親とももう何年も連絡をとってない」
私は目を丸くした。
梓は一般的に高給取りと言われる職業のお父さんと、専業主婦のお母さん、
ひとまわり離れたお兄さんと暮らしていた。
でも梓が中学生の時に、突然他の3人が異国へ引っ越すことになった。
梓には、週に何回か来るだけのお手伝いさんが1人充てがわれた。
ご近所さんが面倒見てくれたりもしたけど、基本的に1人だった。
当然中学生の男の子がひとりぼっちにされて、真面目に学校に通うわけがなかった。
でもまた突然、その異国へ呼ばれた。
そこで今度は全然習慣が違う学校に突っ込まれた。
家の中には押しかけて来た兄貴の彼女と兄貴、それから両親が同居していて、
思春期真っ盛りの彼には自分に部屋がなかった。
家の中は、兄貴カップル対両親で険悪だった。
梓は間を取り持つ役に回っていた。
家にも学校にも居場所がなかった。
大学生になる時、この国に来る機会を見つけた。
高給取りだと思ったお父さんは不正が見つかって不遇の時で、親の援助は受けられない。
梓は才能と努力で奨学金を得て、大学を卒業した。
誰にも助けてもらえないから、自分で自分のために努力した。
「兄貴は彼女と結婚した。でも、別れた。おまけに、働いてない。
俺は働き出した。
で、両親に兄貴と彼らにお金を送れって言われたんだ」
梓は家族を援助した。
でもお兄さんは働く様子がなく、助けてもらってる側のお父さんは梓に説教をする。
お母さんは自分というものがなく、お父さんの言いなり。
何年も我慢して助けてから、ついに我慢の限界が来て、梓は
「モウイヤダ。家族ダヨ?って思った」
と、日本語のフレーズを口にした。
私は聞きながら、梓をハグしてあげるべきなんじゃないかと思った。
泣きたくなった。
「メイサの話を聞いて、全部わかると思った。
家族なのに、家族じゃないんだ」
「そうね…」
「で、彼らは永遠に自分の非を認めない」
「そうね…」
「でもメイサに言う通りで、そうやって距離を置いていると罪悪感がある。
自分のことを悪い人間なんじゃないかって思って」
そうなんだよね、と私はため息をついた。
あぁそうか。
何もかもが似ていて楽しかった私たちは、こんなところまで同じだったんだね。
梓はとっても素敵な人だから、ご家族も素敵なんだと思っていた。
私とは違うんだろうなって、思ってたよ。
でも今こうして考えてみれば、それくらい不遇の時代があったから
梓は人に優しく厳しく接することができるんじゃないかとも思った。
言葉の端々に彼のリアリストな面が垣間見えていたけど、納得した。
これは私の意見だけど、何かに不自由なく生きて来ると、人間はそれをありがたいと思えない。
思えない分大切にできないから、人にそれを奪われたり侵されてもあまり気にしない。
お金持ちの甘ちゃん、とかいう類の言葉はそういうところから来てるんじゃなかろうか。
梓が見せた意外な一面は、彼が私に心を開いてくれていると感じさせた。
続きます。