メイサと7人の外国人たち

アラサー元お水とキャラの濃い外国人達の冒険記

恋に気づいた日

2018-09-15 15:27:44 | 
ある日の朝、始業後だったけど思いがけず暇な時間ができた。
小一時間ある。
退屈なコンクリートの中にいたら勿体ない。
散歩がてらコーヒーでも買ってこよう。
私は財布だけ持ってビルの外に出た。

街に戻った瞬間、自分の心がとても清々しいことに気づいた。


あれ?そんなに良い天気だったかな。
最近と打って変わって心が軽いなぁ。
春が来たから?


確かに長い冬が終わって、穏やかな日差しが心地よい季節が来ていた。
私は真っ青な空と眩しい陽の光に目を細めて歩き始めた。




あ。



わかった



私、恋をしている





この数週間、仁のことで頭がいっぱいだったから、心はしなしなに萎んでいた。
そこに何度も水をやろうとしたけど、早く捨ててしまったほうがいいとも思っていて。
ただただ、理想通りにいかない、遣る瀬無い心持ちを受け入れるしかなく、
枯れ鉢を抱えたまま生きていたのだ。


心が望むままに、私は少しだけ遠回りしてカフェに向かうことにした。
往来の激しい車道は当たり前に騒々しい。
街が起きだしている、と表現するには遅すぎる時間で、運搬車や乗用車など種類問わず走っていた。
私は足を止め、道路沿いの小さなガーデンに入った。
背の高い垣根とデコラティブな鉄柵で、そこは外界から遮断された静かな国だった。
背の高い栗の木がたわわに白い花を咲かせている。
隣のプラタナスから落ちる木漏れ日が長閑だ。


あぁ…


私は微笑んだ。
咲人はこの景色が好きかもしれない。
そう思った。


うまく言い表せないけれど、例えるなら何かへの期待のように明るい気持ちだ。
希望に満ちている、なんて言えば良いのかもしれない。
カフェを出ると、そんな気持ちに急かされて足早にオフィスに向かった。
見慣れているはずなのに、街路樹の緑と青空と赤い電話ボックスが心に飛び込んでくる。


あぁやっぱり。
美しいものが何の悲しみも拾わずに入ってくるもん。
恋をすると、世界が色鮮やかに輝き出す。
彼のことばかり頭に浮かぶ。


昨日の夜、三時間ほど電話で話したあと、幸せな気持ちで胸がいっぱいだった。
何が理由かはわからない。でも、彼のくれたこの感情が幸せすぎて、やわらかいリネンに顔をうずめてすぐに眠った。
朝目を覚まして、すぐに彼の名前が浮かんだことに少し驚いた。
決して嫌だというわけではなく、意外すぎもせず、ただ自分が自覚していたより彼の存在が大きいんだと知らしめられた。
その時からもう、恋に落ちていると予感していたのかもしれない。



「明日また話さない?」



三時間も話したのに、彼はそう提案した。



「いいよ」

「というのも、俺は明後日休みなんだ。だから長く話せる」



私も明後日休みなのを知ってからの提案だった。
私は冷静を装って、それは良さそうねと返事した。
咲人と話すのは、何日続いても楽しかった。



「じゃぁね、おやすみ」

「おやすみ」



電話を切ってからベッドに行くまでずっと、咲人が大好きという言葉が頭の中で回っていた。
それと同時に、あ、私仁のことを忘れている、と思った。




仁さんの気持ち、わかっちゃったかも。
私はきっと、彼に何かしてしまっていたんだ。だけど彼はそれを伝えていなくて、今回をきっかけに私から離れていったんだわ。


私の予想はこうだ。
相手のこと大好きだったけど、どこかなんとなく無理をしていたところがあった。
相手はもちろんそんなこと知る由もなくて
或る日突然、相手の何気ない対応でパッと心が散って、嫌いになったわけじゃないけど冷めてしまった。
相手が何かしたらこの気持ちがまた再燃するのだろうか。
もしも相手しか自分の世界にいなければ、再燃するような気がする。
でも、新しい相手になりうる人がいたら………?



私は正直、少し寂しい気持ちになった。



ほかにいたら、もう戻ってこれない気がするよ。
そのほかの人と破綻しない限り。
私、咲人のこと好きだもん。



ふぅー、と私はため息をついた。



まぁ、その程度で終われる気持ちだったってことだよね。
私も大概だな。
昨日までは「しょうがない」で終わらせられるのはその人が固執してないからじゃん、なんてブツクサしていたくせに。
いざ咲人と仲良くなって来たら「まぁもう、このまま仁と自然消滅してもそれはそれでしょうがないか…」なんて思ってる。



フッと笑いがこぼれた。



まぁいいや。
別れはいつでも辛い。
思い出があるし、自分が悪かったと思えるなら尚更。
後悔するのは辛い。
だから、やっぱり仁さんに謝りたい気持ちはある。
今なら理想通り、恋愛感情抜きで謝れるかもしれない。
和解したいとか、綺麗な思い出にしたいとか、そういう爽やかな固執なんだろうな。
好きな人だったから。


私は携帯を取り出し、メールアプリを開いた。
下書きフォルダには1通の未送信メールがあった。
送る予定のない、だけど伝えたかった言葉を連ねたメールだ。
指を止めた。



でもそれ、受け入れてもらえなかったら辛いな。
でも、ちゃんと言いたいな。
仁さんにとってはどうなんだろう。
それさえももう鬱陶しいのかな。
それとも、好きだったからそれだけは受け入れてくれるかな。
そう信じて、自分の中でスッキリするために言おうかな。
言わなかったら何も伝わらないし。
もう本当に彼とまた話したいわけじゃないなら、何も怖いものはないしね。
もう他人になるんだもんね。


私は首をひねった。


んーしかし。。。
“返事が来たら嬉しい”とか思ってないのかな?私。




んーーー。



よし。
正直に言えば、来たら嬉しいよ。




でももう来ないと思う。
もう、ほかにもっと話したい人に出会えていると思う。
そしてその人に夢中だろうと思う。
それに、私だって彼にどう接したらいいかよくわかんないな。



私はやっぱりまだ、仁にフォーカスするとちょっと悲しい気持ちになった。
けれどそれは数週間前とは明らかに違っていた。
誰のおかげなのかは明らかだ。




「明日また話さない?」



優しい咲人の声が蘇る。
耳触りの良い低くて柔らかい声が大好きだった。
散々バカにしている、キザな喋り方も。




今日はちょうどいいかもしれない。
昼はやることが沢山あるし、夜は咲人と長電話できるし。
はは、もしかしたらできないかもしれないけど、大丈夫。
そしたら仕事してすぐ寝るわ(笑)



もう大丈夫。
私には新しい恋がある。



あなたに謝ろう。
感謝してるから。
思い出をまだ愛してるから。



私は送信ボタンを押した。




続きます。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿