先日、私はスーパーのコーヒー・紅茶売り場で、非心霊現象的金縛りにあった。
友達が遊びに来た時のために、おやつ代わりに出せる手軽な飲み物、例えばカプチーノとか、ミルクココアの粉末入りスティックなんかを買いたいと思って、軽い気分でそこに足を運んだのだが、棚を見渡しているうちに、妖怪ぬりかべのように固まってしまった。だってそこにあるのは、なんとかラテと、なんとかラテと、なんとかラテと、なんとかラテと、ラテなんとかだけだったのだ(もちろん昔ながらのコーヒーや紅茶などを別にして)。
正確に言うと、エスプレッソラテ、抹茶ラテ、紅茶ラテ、ダークショコラテ、ラテマキアートなどが棚を埋め尽くしていたわけなのだ。
う、う~ん、これはいったいどうしたことだろう。「ラテ関連商品」は私の知らない間に、日本の冬のおやつ飲料界(ってあるのかどうか、よくわからないケド)を支配していたのか!近頃では、女子社員は休憩時間にキャラメルラテを飲み、女子高生は部活の後に友達とダークショコラテ(ラが一個しかないのがものすごくものすごく気になる)を飲み、お父さんやお母さんやおじいちゃんやおばあちゃんも毎晩寝る前に抹茶ラテを飲んでいるのかもしれない。
どの商品のパッケージもいかにも美味しそうだし、値段も手ごろである。どれか買って試してみたいのはやまやまである。でも私は動けない。どれに手を出すこともできず、その場でじっとかたまっている。
問題は「ッ」の不在、なんである。
イタリア語を勉強した人は知っていると思うが、イタリア語の「LATTE」は牛乳という意味で、その発音は「ラッテ」である。イタリア語の発音の規則では、同じ子音が二つ続くとき、音が詰まって小さい「ツ」が入ることに決まっているのだ。つまり「CAPPUCCINO」は「カップッチーノ」、「MOZZARELLA」は「モッツァレッラ」(レにアクセントがある)、「MACCHIATO」は「マッキアート」なのだ。おそらくどの単語もイタリア語から直接ではなく、英語を経由して入ってきたために、英語の発音規則の影響を受けて「ッ」が無視される結果になったのだろう。
私は「カプチーノ」は平気で飲める。「カップッチーノ」と「ッ」を二つも入れるのは表記上も発音上も煩雑だし、「カプチーノ」で問題ないと思う。
でも、「なんとかラテ」には、なぜかどうしても馴染めない。
そこにあるはずなのに姿を見せない小さな「ッ」が私を悩ませる。「私を忘れないで、私が存在したことをずっと覚えていて」、とワタナベ君に頼んだ『ノルウェーの森』の直子のように、私の脳を揺さぶり続けるのだ。
「なんとかラテ」という表記を見るたびに、私はふと、マジックで「ッ」を書き加えたい!という激しい衝動に駆られて困る。今のところ自分を律してはいるが、将来的には自信がない。いつか魔がさしてやっちゃうかも。
どんなに美味しそうな飲み物であったとしても、「ッ」の不在のせいで、私は喫茶店でそれを注文することができない。「ッ」はちっぽけではあるけれど、その不在は私を途方に暮れされ、金縛りにするのに十分な力を持っているのである。一寸の「ッ」にも五分の魂とは、昔の人はよく言ったものだ。
考えてみれば、イタリア語の本来の発音である「ラッテ」のほうが、「ラテ」よりも発音しやすいし、字面もいい気がしませんか?オバQの弟のO次郎だって、「バケラタ」とは言いにくいだろう。やはり「バケラッタ」と言いたいに違いない。そんなオーちゃんがおやつの時間に飲むのは、きっと「カフェラッテ」に違いないのだ。イタリア語の「CAFFELLATTE」、または「CAFFELATTE」は、正確には「カッフェッラッテ」、または「カッフェラッテ」と発音するのが正しいが、私は別に日本の喫茶店でこの通りに表記するべきだ、とまでは思っていない。「カフェラッテ」でいいのだ。私は別に多くを求めているわけではないの。私が気になるのはラとテの間の「ッ」だけなの…。
そんなわけで、結局私はラテの金縛りをなんとか解いた後、カニ歩きで横の日本茶コーナーへ移動し、普通のほうじ茶を買った。ほうじ茶好きだもん、後悔なんかしてないもん。抹茶ラテが買いたいとか思わなかったもん。
後日、「ラテ現象」に自分を馴染ませる訓練のために、もう一度同じスーパーの同じコーナーへ行った。落ち着いてよく観察したら、そこには「ラテ関連商品」以外の物も多少置いてあった。「抹茶オーレ」と「抹茶オレ」と「抹茶ミルク」。全部おんなじやんけ!と激しくツッコミを入れてしまったが、抹茶関係の飲み物が多いのは、京都という土地柄のせいか?
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