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ネタバレ必至で読み解く主観的映画批評の日々!

チェンジング・レーン(V)

2008-06-06 22:52:49 | 映画(た)
評価点:60点/2002年/アメリカ

監督:ロジャー・ミッチェル監督

車線変更が生む、人生の「チェンジング・レーン」!

弁護士のギャビン(ベン・アフレック)は、聖金曜日のある日の早朝に大事な裁判のため、車を走らせていた。
慈善事業の遺産の管理をめぐる裁判は大詰めを向かえ、証拠を提出すれば勝訴、という状況にあった。
一方、ドイル・ギプソン(サミュエル・L・ジャクソン)も、親権を争い、離婚調停のため車で裁判所に向かっていた。
アルコール中毒であったドイルは、妻子をニューヨークに引き止めるため、ローンを組み、新たなアパートを買った。
そんな両者は、車線変更の際、接触事故を起こしてしまう。
法廷に遅れるわけにはいかなかったギャビンは、住所と名前を渡し、車を故障してしまったドイルとファイルを残し、その場を去った。
しかし、名前を書いた際に下敷きにしたファイルは、重要な証拠だった。
今日中にその証拠を提出しなければ詐欺罪として刑務所に入れられると裁判長に言い渡される。
一方、ドイルは取り残されたために離婚調停に間に合わず、妻子と離れて暮らさなければならない状況に立たされる。
怒りに燃える両者は、負の感情をあらわにし、対立する。

チェンジング・レーン(車線変更)をきっかけに、人生の車線変更という危機に直面する二人を描いた作品である。
どんどん豹変していく両者が、おそろしくもあり、おもしろくもある。

▼以下はネタバレあり▼

説明的な描写が少なく、どんどん展開するうちに両者を取り巻く環境が現れてくるという、速い展開の中で物語が進む。
こうした展開では感情移入が難しく、物語に入っていけないというデメリットがあるが、
この映画ではそれらがきちんと計算されているために、事態の緊迫状態が、臨場感をもってせまってくる。

いかにもお金持ちで、エリートの様相をもつギャビンは、
弁護士という職業に正義感をもち、政略結婚を目前にしながらも、理想は忘れていない。
一方、ドイルは、中古車に乗り、いかにも低所得階級。
またアルコール中毒であり、そのために集会に通い、離婚の危機にある。
この二人が、事故にあってしまうということから、大きなトラブルに発展してしまう。
二人とも、道を急いでおり、その焦りが、事故以上に大きな問題を生む。

ドイルは、離婚調停に間に合わず、判決が下されてしまう。
またギャビンは、証拠であるサイン入り委託証書を忘れてしまう。
ファイルを取り戻したいギャビンだが、妻子がコロラドに引っ越してしまうことが決定されたドイルにとって、
ギャビンをうらむ気持ちが当然あるため、簡単にはファイルを渡すわけにはいかない。
しかし、ギャビンもまた刑務所行き、という追い詰められた状態であるため、
裏の人間に依頼し、コンピューターを改ざんし、ドイルの口座を閉鎖させてしまう。
口座を閉鎖されてしまったドイルは、ファイルを「人質」に元に戻すように要求するも、「破産」の処理が元に戻らない。
これによってローンの許可が下りず、理解を示していた妻との仲も、悪化してしまう。
こうしてどんどん相手を陥れるために、両者がどんどん悪意に満ちていく。

ここまでの展開は最高にいい。
緊迫感があり、泥沼化していく様相は、「シンプル・プラン」を観ているような秀逸なサスペンスに仕上がっている。
しかし、ドイルがギャビンの車に細工した当たりから、人物の心理が掴めなくなっていく。
ドイルへの仕返しとして、学校を巻き込んだ悪戯でドイルを嵌めたあと、
泣き叫ぶドイルの子どもたちをみて、ギャビンが理性を取り戻すのだ。
ここから一気にギャビンは立ち直り、和解への道へと尽力する。

しかし、この変化がどうにもしっくりこない。
車への細工で高速で取り残されたギャビンは、事件の発端である接触事故とダブる。
ここで、理性をとりもどすならば、まだ理解できるが、
子どももいないギャビンが、子どもたちの泣き叫ぶ姿を見て、理性を取り戻すのは、大きな飛躍がある。
初めて子どもたちの姿を見たといっても、口座の閉鎖までしたのだ。
しかも、ここから一気に終幕のハッピー・エンドへ、という
ギャビンが「人生の車線変更」を試みる重要なシーンだ。
このターニング・ポイントで、観客を取り残してしまうのは、大きなマイナスだ。

そもそも結末に大きな疑問が残る。
終盤、ベン・アフレックが、「ひと夏の娘」に事件をたとえる。
この映画は、それでよかったのではなかったのか。
車線変更による事故で、人生において最大の危機を迎えることになったが、
結局はなかったことのように、「元の鞘」に収まった、これでよかったのではないか。
敢えて収束させ、ハッピー・エンドに仕立て上げる必要があったのか。
ハッピー・エンドに仕立てるなら、ベン・アフレックのあの台詞は必要がなかった。
あの台詞によって、結末が台無しになってしまうし、統一感が一気にうせてしまう。

サスペンスとして、秀逸な前半だっただけに、この二つのシーンが非常に残念。
音楽と、主演二人は、良かったと思う。

(2003/10/8執筆)

映画とはまったく関係ないことだけれど、タイトルの「車線変更」。
このタイトルを聞くと、「車線変更25時」を思い出す。
キンモクセイのシングルだ。

ああ、活動休止、とても悲しいです。
あのころのイトシュンのむちゃのしっぷりが好きだったのに。

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