評価点:72点/2009年/スウェーデン・デンマーク・ドイツ/153分
監督:ニールス・アルデン・オプレヴ
ミカエルにもっと色気が欲しかった。
雑誌ミレニアムの記者、ミカエル・ブルムクヴィスト(ミカエル・ニクヴィスト)は大企業グループを経営するヴェンネルストレムを武器の密輸などを告発する記事を書いた。
しかし、その根拠が不明確だと言うことで逆に提訴され、敗訴した。
多額の賠償金と、禁固刑を言い渡された。
失意のクリスマス、ミカエルのもとに電話がかかってくる。
ヴァンゲル・グループの元会長から仕事の話を聞きに、ヘーデビー島へ来て欲しいということだった。
意味もわからずその島を訪れると、ヘンリック・ヴァンゲル(スヴェン・バーティル・タウベ)が40年前に失踪したハリエット・ヴァンゲルについて調べて欲しいという依頼だった。
町の祭りがあったとき、忽然と姿を消したハリエットはおそらく何者かに殺されているだろう。
おそらくそれはヴァンゲル・グループの誰かの仕業で、そのことがひっかかってあきらめられないのだ。
解決できなくても良いから、もう一度客観的な目線から洗い直して欲しいという。
ミカエルは、そのハリエットと面識があったことを思い出す。
報酬に惹かれたミカエルは、住み込みで40年前の失踪事件を調べていくことにするが…。
言わずと知れた大ベストセラーの第一弾映画化。
本国スウェーデンで映画化されたものであり、日本でも単館で上映されていた。
僕は全く興味がなかったので、今日まで殆ど知らずに見過ごしていた。
しかし、あのデヴィッド・フィンチャーがリメイクするという話ではないか。
ということで、「M4」会でも鑑賞が決定し、僕は原作を読んだ上で、さらにオリジナル版も鑑賞してからリメイク作品を見るという方法をとった。
そのため、忙しい中でも、無理矢理レンタルして体調の悪い中鑑賞した。
それでも途中で集中力が切れることなく見られたので、悪くないできだと思う。
原作がまだ記憶に新しい状態でこの映画も観たので、どうしても比較しながら見てしまった。
また細かい設定や動機付けなどが映画では描かれていなかったため、原作の情報で補完してしまっている。
僕にとってはだから、この映画は理解するのに難しい映画ではなかった。
全く知らない状態で映画を観た人とは多少違う印象をもったことは間違いない。
そのことは了承しておこう。
▼以下はネタバレあり▼
物語は日常から非日常、そして日常に戻るというパターンで構成されている。
推理ものにはよくあるパターンだ。
密室系のミステリーではおなじみだろう。
この映画で最もややこしいのは、やはり人物名だ。
僕も小説で読んでいたが、リスベット、ミカエル、ハリエットていどのカタカナなら問題なかったが、ミカエルのファミリーネームやライバルとなる大企業の実業家の名前は今も言えない。
そのあたりがいかにもスウェーデン映画らしいところだろう。
おそらく映画を全く予備知識のない状態で見た人は、きつかっただろうと想像する。
映画の方はそれでもだいぶ設定などが簡略化されている。
だから余計に思い入れが出にくいのでわかりにくかったかもしれないが。
この映画の謎解きに、いちいち介入するつもりはない。
この映画の結構は、大部分が原作通りとなっている。
受けた印象は原作の映像化ということだ。
上手く脚色することで、必要な要素だけを抜き取り、いらない部分はそぎ落としている。
だからあの長い原作をなんとか三時間を超えない程度の長さにまとめられたのだろう。
殆どのシーンが違和感なく見ることができた。
だから、細かい謎解きの解説をするのはやめておこう。
この映画は原作を正しく映像化されている。
その一つが、女性への暴力を描くという点だ。
女たちはことごとく男に暴力的に扱われている。
リスベットは、子どもの頃に犯した罪によって、保護観察処分とされ、その後見人から執拗な性的暴行を受ける。
事件の根幹には、マルティンという異常な性癖を持った男による、連続殺人があった。
しかも、彼らは地位も文化も低い男たちではなく、むしろ社会的な地位がそれなりにあるものたちばかりだ。
そこには女性への暴力、そして女性たちがその暴力に対して受け身であるという点だ。
警察に訴えたりしかるべき処置をしてそれを止めることができない状態にある。
それを暴くのがこの映画のテーマの一つになっている。
だから主人公に選ばれたミカエルという男の描写には不満が残る。
なぜミカエルにリスベットが惹かれていくのか、なぜかれは男なのにマルティンたちを訴える側に回るのか。
その辺りの設定や描写が甘い。
だから、男たちの暴力というものが、個人のパーソナルな問題のように見えてしまう。
実際にはそうではないはずだ。
もっと根源的なところで女性へ暴力的に扱ってしまっている男の怖さのようなものを、しっかりと描くべきだった。
そうでないので、メッセージ性の弱い、単なるサスペンスになってしまっている。
ミカエルを彼らと対比的に描くことができれば、それをもう少しきちんと受け取るようにできたはずなのに。
残念だ。
様々なことを詰め込みたくて、ぎりぎり設定をそぎ落とそうとしたことはわかる。
けれども、ミカエルの行動原理をもっと丁寧に描くべきだった。
例えば仕事を受けた動機が弱い。
やはりヴェンネルストレムへの復讐するためだったという原作の設定は入れておくべきだったと思う。
そうでないなら、もっと他の原因をしっかり作っておくべきだった。
執拗に半年間もなぜ捜査を続けたのか、わかりにくい。
それがあれば、後半のヴェンネルストレムへの復讐ももっとカタルシスが大きくなっただろう。
複雑に絡み合った原作を、ばっさり切ってしまうと物語のプロットが破綻してしまう。
逆に全てを入れてしまえるほど、上映時間の制約はやさしくない。
そのバランスは他のミステリ作品よりも難しかっただろう。
しかも、世界的に売れている作品を映画化することは並大抵のことではない。
その意味では及第点なのかもしれない。
各個人のキャラクターはもっとうまく描けた気はする。
特にマルティンについての設定があまりにも淡泊だった。
少なくとも、ヴァンゲル・グループの会長であることはもっと積極的に入れて良かったのではないだろうか。
とにかく映像化には成功している。
問題はこれを単独の鑑賞に堪えうるほどの映画であるかという点だ。
僕に言わせれば、やはり原作に立脚している、映像化作品としての価値以上はないように感じる。
勿論、十分おもしろいのだけれど、それは原作に依拠しているからだろう。
特に、音楽はちょっと不満が残る。
リスベットの女性は、はまり役と言っていいだろう。
さて、フィンチャー作品はいかに。
この批評は、僕の、フィンチャーへの期待がこめられている。
監督:ニールス・アルデン・オプレヴ
ミカエルにもっと色気が欲しかった。
雑誌ミレニアムの記者、ミカエル・ブルムクヴィスト(ミカエル・ニクヴィスト)は大企業グループを経営するヴェンネルストレムを武器の密輸などを告発する記事を書いた。
しかし、その根拠が不明確だと言うことで逆に提訴され、敗訴した。
多額の賠償金と、禁固刑を言い渡された。
失意のクリスマス、ミカエルのもとに電話がかかってくる。
ヴァンゲル・グループの元会長から仕事の話を聞きに、ヘーデビー島へ来て欲しいということだった。
意味もわからずその島を訪れると、ヘンリック・ヴァンゲル(スヴェン・バーティル・タウベ)が40年前に失踪したハリエット・ヴァンゲルについて調べて欲しいという依頼だった。
町の祭りがあったとき、忽然と姿を消したハリエットはおそらく何者かに殺されているだろう。
おそらくそれはヴァンゲル・グループの誰かの仕業で、そのことがひっかかってあきらめられないのだ。
解決できなくても良いから、もう一度客観的な目線から洗い直して欲しいという。
ミカエルは、そのハリエットと面識があったことを思い出す。
報酬に惹かれたミカエルは、住み込みで40年前の失踪事件を調べていくことにするが…。
言わずと知れた大ベストセラーの第一弾映画化。
本国スウェーデンで映画化されたものであり、日本でも単館で上映されていた。
僕は全く興味がなかったので、今日まで殆ど知らずに見過ごしていた。
しかし、あのデヴィッド・フィンチャーがリメイクするという話ではないか。
ということで、「M4」会でも鑑賞が決定し、僕は原作を読んだ上で、さらにオリジナル版も鑑賞してからリメイク作品を見るという方法をとった。
そのため、忙しい中でも、無理矢理レンタルして体調の悪い中鑑賞した。
それでも途中で集中力が切れることなく見られたので、悪くないできだと思う。
原作がまだ記憶に新しい状態でこの映画も観たので、どうしても比較しながら見てしまった。
また細かい設定や動機付けなどが映画では描かれていなかったため、原作の情報で補完してしまっている。
僕にとってはだから、この映画は理解するのに難しい映画ではなかった。
全く知らない状態で映画を観た人とは多少違う印象をもったことは間違いない。
そのことは了承しておこう。
▼以下はネタバレあり▼
物語は日常から非日常、そして日常に戻るというパターンで構成されている。
推理ものにはよくあるパターンだ。
密室系のミステリーではおなじみだろう。
この映画で最もややこしいのは、やはり人物名だ。
僕も小説で読んでいたが、リスベット、ミカエル、ハリエットていどのカタカナなら問題なかったが、ミカエルのファミリーネームやライバルとなる大企業の実業家の名前は今も言えない。
そのあたりがいかにもスウェーデン映画らしいところだろう。
おそらく映画を全く予備知識のない状態で見た人は、きつかっただろうと想像する。
映画の方はそれでもだいぶ設定などが簡略化されている。
だから余計に思い入れが出にくいのでわかりにくかったかもしれないが。
この映画の謎解きに、いちいち介入するつもりはない。
この映画の結構は、大部分が原作通りとなっている。
受けた印象は原作の映像化ということだ。
上手く脚色することで、必要な要素だけを抜き取り、いらない部分はそぎ落としている。
だからあの長い原作をなんとか三時間を超えない程度の長さにまとめられたのだろう。
殆どのシーンが違和感なく見ることができた。
だから、細かい謎解きの解説をするのはやめておこう。
この映画は原作を正しく映像化されている。
その一つが、女性への暴力を描くという点だ。
女たちはことごとく男に暴力的に扱われている。
リスベットは、子どもの頃に犯した罪によって、保護観察処分とされ、その後見人から執拗な性的暴行を受ける。
事件の根幹には、マルティンという異常な性癖を持った男による、連続殺人があった。
しかも、彼らは地位も文化も低い男たちではなく、むしろ社会的な地位がそれなりにあるものたちばかりだ。
そこには女性への暴力、そして女性たちがその暴力に対して受け身であるという点だ。
警察に訴えたりしかるべき処置をしてそれを止めることができない状態にある。
それを暴くのがこの映画のテーマの一つになっている。
だから主人公に選ばれたミカエルという男の描写には不満が残る。
なぜミカエルにリスベットが惹かれていくのか、なぜかれは男なのにマルティンたちを訴える側に回るのか。
その辺りの設定や描写が甘い。
だから、男たちの暴力というものが、個人のパーソナルな問題のように見えてしまう。
実際にはそうではないはずだ。
もっと根源的なところで女性へ暴力的に扱ってしまっている男の怖さのようなものを、しっかりと描くべきだった。
そうでないので、メッセージ性の弱い、単なるサスペンスになってしまっている。
ミカエルを彼らと対比的に描くことができれば、それをもう少しきちんと受け取るようにできたはずなのに。
残念だ。
様々なことを詰め込みたくて、ぎりぎり設定をそぎ落とそうとしたことはわかる。
けれども、ミカエルの行動原理をもっと丁寧に描くべきだった。
例えば仕事を受けた動機が弱い。
やはりヴェンネルストレムへの復讐するためだったという原作の設定は入れておくべきだったと思う。
そうでないなら、もっと他の原因をしっかり作っておくべきだった。
執拗に半年間もなぜ捜査を続けたのか、わかりにくい。
それがあれば、後半のヴェンネルストレムへの復讐ももっとカタルシスが大きくなっただろう。
複雑に絡み合った原作を、ばっさり切ってしまうと物語のプロットが破綻してしまう。
逆に全てを入れてしまえるほど、上映時間の制約はやさしくない。
そのバランスは他のミステリ作品よりも難しかっただろう。
しかも、世界的に売れている作品を映画化することは並大抵のことではない。
その意味では及第点なのかもしれない。
各個人のキャラクターはもっとうまく描けた気はする。
特にマルティンについての設定があまりにも淡泊だった。
少なくとも、ヴァンゲル・グループの会長であることはもっと積極的に入れて良かったのではないだろうか。
とにかく映像化には成功している。
問題はこれを単独の鑑賞に堪えうるほどの映画であるかという点だ。
僕に言わせれば、やはり原作に立脚している、映像化作品としての価値以上はないように感じる。
勿論、十分おもしろいのだけれど、それは原作に依拠しているからだろう。
特に、音楽はちょっと不満が残る。
リスベットの女性は、はまり役と言っていいだろう。
さて、フィンチャー作品はいかに。
この批評は、僕の、フィンチャーへの期待がこめられている。
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