また昨日の続きです。
大輔が披露宴を行うという知らせは、和昌によってもたらされた。「青年団と農協の有志が共同で、中国からの花嫁さんを歓迎する会を開くことになったべさ」なんでも大輔は、自分が主役になる披露宴はやはりいやで、難色を示すことから、だったら奥さんの歓迎会ならどうかと提案したところ、最後には首を縦に振ったらしい。「いや、実はおれが交渉をしに行ったんだけど、なんか、よくしゃべる面白い奥さんだった。大輔さんが、いいからもう奥へ行けって言っても、仲間外れにするのよくないアルヨって。おまけにお酒が好きらしくて、わたし日本のビール大好き、こんなおいしいビール、生まれて初めて飲んだアルヨって。話を持ち帰って青年団長と農協の井本さんに報告したら、じゃあ奥さんを主役にって。それを大輔さんに伝えに行ったら、またコーランさんが出て来て、やる、やる、うれしいのことアルヨって-------。それで大輔さんも押された形で、仕方なしに了承して------。結局再来週の日曜日の昼、町民ホールの会議室を借りてやることになったべ」「ふうん、おまえ、お手柄だな」康彦は急に和昌が頼もしく思えた。知らぬ間に大人になっている。和昌は調子よく口笛を吹きながら、自分の部屋に消えて行く。そのうしろ姿を見送りながら、康彦はうれしくなった。我が息子は案外ちゃんとしている。これなら自分で嫁さんを探してこれそうだ。
大輔が披露宴を開くことはたちまち町中に知れ渡った。会費制にして参加自由としたものだから、関係のない年寄り連中まで参加を表明した。さらに町の旅館業組合も噛んできて、町役場まで乗り出して来て、佐々木助役が主賓として挨拶することになった。「おい和昌。ええのか。こんなに大きくなって。大輔君は小さな会を望んでるんじゃねえべか」「そったらことおれに言っても知らねえべよ。まあ、いいんでないかい。集まりが悪いよりは遥かにいいっしょ」前日に散髪に来た大輔には、あえて事実は伏せておいた。大輔は落ち着きなく目を瞬かせていた。それはほとんどチックとも言える症状だった。
披露宴の朝は快晴だった。やがて大輔が車ごと会場から姿を消したことが分かった。康彦は「奴は子供の頃から、親に叱られるとハウスに逃げ込んだべ」と言い、瀬川とハウスに向かった。
大輔はやはりハウスにいた。瀬川が言った。「おれも都会に生まれればよかったと思うことはある。苫沢じゃプライバシーも遠慮もあったもんでねえ。いっぺん恰好悪いことをしてしまうと、一生話のネタにされる。だから宿命だと思ってあきらめるしかねえ。大輔君、農業をやめるか? やめねえべ。苫沢から出てくか? 出て行かねえべ。だったら開き直るしかないっしょ。染まれ。染まって自分なんかなくしちまえ。楽に生きられるぞ」「すいません。戻ります」大輔が静かに言った。「ちょっと気持ちを鎮めたかったから」「そうか、そうか。じゃあ戻るべ」瀬川が相好をくずし、大輔の肩を叩く。康彦は安堵し、携帯で和昌に電話した。「大輔君を見つけた。これから戻る。参列者はどうしてる?」「いや、もう勝手に飲み始めてる。カラオケまで始めて、おばさん連中が歌ってる」「新婦はどうしてる?」「コーランさんも一緒に歌ってる」「はあ?」「いや、だからそういう人なんだって。もうみんなと仲よくなってる」康彦は体の力が抜けた。中国からやって来た大輔の嫁は、相当さばけた女のようである。
ホールに戻ってみると、本当にみんなでカラオケ大会をやっていた。入って来た大輔を見つけるなり、男衆から叱責の声が飛んだ。もちろん本気ではない。「さっさと挨拶済ませろ」「あの、その、きき、今日は……このたび、わわ、わたくし野村大輔は、しし、新婦香蘭と結婚することになりまして……」「いよっ、ご両人!」青年団から声が飛んだ。どっと笑い声と拍手が起きる。「それで、あの、その、今後ともよろしくお願いします」大輔が頭を下げた、「なんだ、それだけか」どこかの年寄りが不満そうに言う。「ええでねえか。それとも長え話が聞きてえのか?」瀬川が言い返し、会場が爆笑に包まれた。「あの、しょったらもう少しだけ……」大輔があらためてマイクを持ち上げた。「ぼくは四十になるまで嫁さんが見つからず、みなさんにご心配をかけてきましたが、今日、こうやって妻を娶ることが出来ました。もう知ってると思いますが、妻は中国から来ました。右も左もわからない異国に嫁ぐ決断をした勇気を、ぼくはまず尊敬します。だからぼくも妻の決断に応えるべく、あの、その……」大輔が言葉に詰まる。「しあわせにしますだろ!」と瀬川。「はい、しあわせにします」会場にお拍手が鳴り響き、康彦は鼻の奥がつんときた。(また明日へ続きます……)
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大輔が披露宴を行うという知らせは、和昌によってもたらされた。「青年団と農協の有志が共同で、中国からの花嫁さんを歓迎する会を開くことになったべさ」なんでも大輔は、自分が主役になる披露宴はやはりいやで、難色を示すことから、だったら奥さんの歓迎会ならどうかと提案したところ、最後には首を縦に振ったらしい。「いや、実はおれが交渉をしに行ったんだけど、なんか、よくしゃべる面白い奥さんだった。大輔さんが、いいからもう奥へ行けって言っても、仲間外れにするのよくないアルヨって。おまけにお酒が好きらしくて、わたし日本のビール大好き、こんなおいしいビール、生まれて初めて飲んだアルヨって。話を持ち帰って青年団長と農協の井本さんに報告したら、じゃあ奥さんを主役にって。それを大輔さんに伝えに行ったら、またコーランさんが出て来て、やる、やる、うれしいのことアルヨって-------。それで大輔さんも押された形で、仕方なしに了承して------。結局再来週の日曜日の昼、町民ホールの会議室を借りてやることになったべ」「ふうん、おまえ、お手柄だな」康彦は急に和昌が頼もしく思えた。知らぬ間に大人になっている。和昌は調子よく口笛を吹きながら、自分の部屋に消えて行く。そのうしろ姿を見送りながら、康彦はうれしくなった。我が息子は案外ちゃんとしている。これなら自分で嫁さんを探してこれそうだ。
大輔が披露宴を開くことはたちまち町中に知れ渡った。会費制にして参加自由としたものだから、関係のない年寄り連中まで参加を表明した。さらに町の旅館業組合も噛んできて、町役場まで乗り出して来て、佐々木助役が主賓として挨拶することになった。「おい和昌。ええのか。こんなに大きくなって。大輔君は小さな会を望んでるんじゃねえべか」「そったらことおれに言っても知らねえべよ。まあ、いいんでないかい。集まりが悪いよりは遥かにいいっしょ」前日に散髪に来た大輔には、あえて事実は伏せておいた。大輔は落ち着きなく目を瞬かせていた。それはほとんどチックとも言える症状だった。
披露宴の朝は快晴だった。やがて大輔が車ごと会場から姿を消したことが分かった。康彦は「奴は子供の頃から、親に叱られるとハウスに逃げ込んだべ」と言い、瀬川とハウスに向かった。
大輔はやはりハウスにいた。瀬川が言った。「おれも都会に生まれればよかったと思うことはある。苫沢じゃプライバシーも遠慮もあったもんでねえ。いっぺん恰好悪いことをしてしまうと、一生話のネタにされる。だから宿命だと思ってあきらめるしかねえ。大輔君、農業をやめるか? やめねえべ。苫沢から出てくか? 出て行かねえべ。だったら開き直るしかないっしょ。染まれ。染まって自分なんかなくしちまえ。楽に生きられるぞ」「すいません。戻ります」大輔が静かに言った。「ちょっと気持ちを鎮めたかったから」「そうか、そうか。じゃあ戻るべ」瀬川が相好をくずし、大輔の肩を叩く。康彦は安堵し、携帯で和昌に電話した。「大輔君を見つけた。これから戻る。参列者はどうしてる?」「いや、もう勝手に飲み始めてる。カラオケまで始めて、おばさん連中が歌ってる」「新婦はどうしてる?」「コーランさんも一緒に歌ってる」「はあ?」「いや、だからそういう人なんだって。もうみんなと仲よくなってる」康彦は体の力が抜けた。中国からやって来た大輔の嫁は、相当さばけた女のようである。
ホールに戻ってみると、本当にみんなでカラオケ大会をやっていた。入って来た大輔を見つけるなり、男衆から叱責の声が飛んだ。もちろん本気ではない。「さっさと挨拶済ませろ」「あの、その、きき、今日は……このたび、わわ、わたくし野村大輔は、しし、新婦香蘭と結婚することになりまして……」「いよっ、ご両人!」青年団から声が飛んだ。どっと笑い声と拍手が起きる。「それで、あの、その、今後ともよろしくお願いします」大輔が頭を下げた、「なんだ、それだけか」どこかの年寄りが不満そうに言う。「ええでねえか。それとも長え話が聞きてえのか?」瀬川が言い返し、会場が爆笑に包まれた。「あの、しょったらもう少しだけ……」大輔があらためてマイクを持ち上げた。「ぼくは四十になるまで嫁さんが見つからず、みなさんにご心配をかけてきましたが、今日、こうやって妻を娶ることが出来ました。もう知ってると思いますが、妻は中国から来ました。右も左もわからない異国に嫁ぐ決断をした勇気を、ぼくはまず尊敬します。だからぼくも妻の決断に応えるべく、あの、その……」大輔が言葉に詰まる。「しあわせにしますだろ!」と瀬川。「はい、しあわせにします」会場にお拍手が鳴り響き、康彦は鼻の奥がつんときた。(また明日へ続きます……)
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