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片渕須直監督『この世界の片隅に』&アルノー・デプレシャン監督『あの頃エッフェル塔の下で』他

2017-10-26 07:33:00 | ノンジャンル
 先日、母と神奈川県厚木市立文化会館で、片渕須直監督・脚本の’16年作品『この世界の片隅に』を見てきました。広島で生まれ育った主人公の女性が19歳で呉に嫁ぎ、義理の姉とその子の晴美、そして義理の母と暮らし始め、やがて義理の父と夫は軍に召集され、父は空爆で大けがをします。ある日、晴美を連れて外出しているさなかに時限爆弾の被害を受け、晴美は亡くなり、絵のうまい主人公の女性も右手の手首から先を失います。そして……。
 市井の人々の戦時下の生活をこれほどリアルに描いた映画は今までなかったのではないでしょうか? 見ていて何度も涙を流してしまいました。まだ見ていない方、必見です。そして片渕監督もこれから注目です!!

 また、WOWOWシネマで、アルノー・デプレシャン監督・共同脚本の’15年作品『あの頃エッフェル塔の下で』も見ました。1 少年時代、2 ソビエト連邦、3 エステル、4 エピローグと4つの部分からなっている映画で、1では母との不和、2ではイスラエルへのユダヤ人の移住を禁じていたソ連で、ユダヤ人を支援する友人と秘密裡に活動したことを現在の自分が暴露すること、3はその後、恋人となったエステルとの愛憎にまみれた生活の回想、4はエステルへの愛に満ちた思い出が映し出されていました。

 また、WOWOWシネマで、スティーヴン・スピルバーグ監督・共同製作の’16年作品『GFG:ビッグ・フレンドリー・ジャイアント』も見ました。人の夢を集め、それを人に与えることを仕事にしている巨人、BFGと孤児院の少女との交流を描いたもので、GFG以外の人食い巨人を退治するところで映画は終わります。CGが見事で、特に表情や仕草などが素晴らしかったと思います。

 また、WOWOWシネマで、内田吐夢監督、伊藤大輔・小津安二郎・清水宏企画協力の’55年作品『血槍富士』も見ました。槍持ちの権八(片岡千恵蔵さん)が同じ家来である源太(加東大介さん)の仇を取る映画で、それ以外に盗賊として金を盗み、それで買われた娘を買い戻そうとする藤三郎を月形龍之介さん、盗賊の偽物を進藤英太郎さん、人買いの忠兵衛を吉田義夫さんが演じていて、権八の主人が普段は情け深い侍なのに酒乱で、それで源太が苦労すること、幼い娘を躍らせて生活を立てる三味線弾きの女と権八の心の交流などが一つの宿場町の中でグランドホテル方式で描かれている映画でした。フェイドイン、フェイドアウト、ワイプなども多く見られました。

 また、WOWOWシネマで、北野武監督・脚本・編集・主演の’03年作品『座頭市』も見ました。座頭市が身を寄せる中年女性・お梅を大楠道代さん、お梅の甥の新吉をガダルカナル・タカさん、元盗賊・伊之助、今はやくざの親分の銀蔵を岸部一徳さん、元商家の雇われ者で伊之助に通じ、今は商家を構える扇谷を石倉三郎さん、銀蔵に雇われる浪人を浅野忠信さんが演じていて、殺陣と血が飛び散る特殊効果が見事でした。

 また、WOWOWシネマで、加藤泰監督の’68年作品『みな殺しの霊歌』も再見しました。北海道から出稼ぎで、クリーニング屋で働く少年・清が、5人のマダムによって輪姦され、それを苦に自殺します。同じ北海道出身の川島正(佐藤充さん)は、5人のマダム、すなわち安田孝子、橋本圭子(中原早苗さん)、王操(沢淑子さん)、毛利美佐(菅井きんさん)、富永京子を次々に殺し、自らも飛び降り自殺します。ラーメン店で働き、乱暴者の兄を殺した前科を持ち、川島と互いに愛し合う娘、春子を倍賞千恵子さんが演じ、清の父を吉田義夫さんが演じていて、ローアングル、極端な縦の構図が多く見られました。

 また、WOWOWプライムで、樋口真嗣監督・特技監督、庵野秀明脚本・編集・総監督の’16年作品『シン・ゴジラ』も見ました。昨年ヒットした話題作でしたが、ゴジラが出現する部分のCGはそれなりに面白かったものの、人間の会話部分はまったく面白くありませんでした。しかも官僚らや政治家たちがゴジラ退治に多くの犠牲者を出したにも関わらず、相変わらず政局の話をしているラストには大いに違和感を覚えました。改めてオリジナル版の『ゴジラ』を観たくなりました。

 また、WOWOWシネマで、ロン・ハワード監督・共同製作の’15年作品『白鯨との闘い』も見ました。まだ石油が発見されていず、油をすべて鯨から得ていた1890年頃、鯨を取りに出た船が巨大な白鯨に襲われ、大洋を漂流し、生き残りのために人肉も食べたという話を、生き残りの者からハーマン・メルヴィルが聞き書きしたというストーリーで、それなりに楽しめた作品でした。

 また、WOWOWシネマで、三池祟史監督の’12年作品『逆転裁判』も見ました。主人公が弁護士、石橋凌さんが相手の検事役、柄本明さんが裁判長役、桐谷美玲さんも重要な役で出演している、題名の通り法廷劇でしたが、演出過多のコメディータッチの映画でした。

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『ケネディ暗殺、資料公開へ』&『“クラウド”“赤塚不二夫”…広辞苑に“のりのり』

2017-10-25 06:16:00 | ノンジャンル
 10月23日付の朝日新聞朝刊に「ケネディ暗殺、資料公開へ」と題する記事が載っていました。全文を引用させていただくと、
「トランプ大統領は21日、1963年11月に起きたケネディ大統領暗殺事件に関する非公開資料について、法律の規定に従って26日までに公開する考えを明らかにした。半世紀以上経った今も、高い関心を集める暗殺事件の謎の一端が明らかになる可能性がある。
 トランプ氏は自身のツイッターで『追加情報を受け取るかによるが、大統領として、長く非公開で機密扱いだったJFKファイルの公開を認める』と語った。
 ホワイトハウス高官もトランプ氏の発言について、『政府関係機関が、説得力のある明白な国家安全保障や法執行の正当性などに関する資料を提出しない限り、大統領は完全な透明性のために資料は公開されるべきだと考えている』と説明した。
 92年の法律では、暗殺事件に関する資料を15年以内にすべて公開することが義務づけられており、その期限が26日に迫っていた。AP通信によると、未公開の資料が3千件以上、修正などが加えられて公開された3万件以上が対象という。
 ケネディ氏の暗殺をめぐっては、政府が設けたウォーレン委員会が『オズワルド容疑者の単独犯行』と結論づけている。しかし、多くの米国民は犯人は複数いたと考えており、米中央情報局(CIA)やキューバなどによる共謀説などのうわさが根強く残っている」。

 ケネディの暗殺に関しては、落合信彦さんが書いた『2039年の真実』(1977年、ダイヤモンド社、のち集英社文庫)、『20世紀最大の謀略━ケネディ暗殺の真実━』(3013年、小学館文庫)が説得力に溢れていて、そこでは軍産複合体がベトナム戦争を終わらせようとしていたケネディを殺したとされていて、オズワルドの放ったとされる弾丸がケネディの体の中を向きを変えながら何度も行ったり来たりするという、ちょっと考えればありえない進み方をしていることから、実は複数のスナイパーがケネディを殺したとことが暴かれ、パレードも通常の道ではなく、わざと狙撃しやすい場所を通るように迂回した道を通っていたこと、オズワルドも口封じのためにジャック・ルビーという共和党につながるギャングにすぐに殺されたことなどについても、合理的な説明がなされています。
 2039年を待たずして、今年2017年の機密扱いだった資料が21年も前倒しして、早くも日の目を見るということは素晴らしいことです。当時、ベトナム戦争を継続するべく共和党の大統領候補として出馬していたリチャード・ニクソンも既に亡くなり、ニクソンが暗殺に関わっていたことも資料として出てくるかもしれません。とにかく、“真実”が明らかにされ、落合さんの説の裏付けが取れることを望んで止みません。


 また10月25日付の朝日新聞朝刊には「“クラウド”“赤塚不二夫”…広辞苑に“のりのり」と題する記事が載っていました。全文を引用させていただくと、
「岩波書店は24日、広辞苑を10年ぶりに改訂した第7版を来年1月12日に発売すると発表した。1万項目を追加し、計25万項目を収録する。“がっつり”“のりのり”など若い世代が使う口語を加える一方、“給水ポンプ”“スーパー特急”など時代の変化で説明が不要になった言葉は削除した。
 広辞苑は1955年、20万項目収録の初版を刊行。91年の第4版以降、改定のたび項目を増やしてきたが、『日本語として定着した言葉』を厳選してきた。
 広く口語で使われている“がっつり”などを収録したほか、“クラウド”“フリック”といったIT・ネット用語、“火災サージ”などの自然災害・地球科学関係語、“赤塚不二夫”などアニメ・漫画といった分野を重点的に扱った。
 時代と共に広がった語義も収録。“盛る”の説明に『おおげさすぎる』、“やばい”の説明に『のめり込みそうである』を加えた。
 一方、“きしょい”“ググる”“ほぼほぼ”“つんでれ”“TPP”などは、まだ定着していない、として見送った。
 発行部数は第3版の260万部を頂点に右肩下がりで、第7版は机上版も含めて20万部を刊行予定。
 岩波書店辞典編集部の平木靖成・副部長は『何でも無料で検索できる時代だが、簡潔な言葉で正確に説明して欲しいという需要は減っていない』と話す。」

 他にも最近使わている言葉で“ディする”なんかも載せてほしいと思いました。“きしょい”は若者限定、“ほぼほぼ”はサラリーマン限定の言葉でしょうが、“ググる”“つんでれ”“TPP”などはいずれもマスコミを通じて拡散され、かなりの定着度を示しているので、“火災サージ”“フリック”を載せるんなら、こっちの方を載せるべきだと思いました。(ちなみに“火災サージ”“フリック”ともにその意味を、私は分かりませんでした。)

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奥田英朗『向田理髪店』その13

2017-10-24 09:30:00 | ノンジャンル
 また昨日の続きです。
 翌日の日曜日、苫沢署の署長が散髪にやって来た。そこへ苫沢署の制服警官もやって来た。散髪中の署長の耳元で何事かささやく。「詐欺事件の容疑者が道内に……」という言葉が康彦にも聞こえた。署長は顔色を変えると、「ちょっと失礼」とエプロンをまとったまま立ち上がり、店の隅でひそひそ話を始めた。康彦はただならぬ雰囲気に緊張した。秀平が道内にいるとしたら、苫沢に帰って来るということなのか------。
 署長が帰ると、通りをパトカーが行き来するようになった。それも道警本部から応援が来ている様子である。瀬川がやって来て、「うちの息子が絡んでなきゃいいけど……」と低い声で言った。「実はな、ゆうべ、空き家になってる死んだ祖母ちゃん家の鍵を貸してくれなんて言うもんだから、何に使うって聞いたら、札幌から来た友だちを泊めるんだ、なんてことを言うわけ。そったらもん、うちに泊めればいいでねえかって言ったら、なんか口ごもって、はっきり返事もしねえまま鍵を持っていっちまったべ。横には和昌君もいたし-----」「和昌が?」「青年団の歳の近い連中が四人ばかりいたべさ」「あいつ、どこにいるべか」広岡に電話をかけてみると、広岡が電話に出て、妙なことを言った。「丁度よかった。電話しようと思ってた。今しがたうちの女房が消えたんだが、やっちゃん、知らねえべか」「はあ? どういうこと?」「一時間くらい前かな、おたくの和昌君が裏の勝手口から入って来て、おばさんいるかって聞くから、二階で寝てるって答えたら、ちょっと会わせてくれって、トントンと上がっていって、しばらく部屋で話し込んでるわけ……。で、三十分ぐらいして二階をのぞいたら、もぬけの殻だったのよ」。捜しに行くと言う広岡に、自宅にとどまるよう説得し、康彦は瀬川と二人で空き家に行くことにした。
 半年前に母が死んで空き家になった瀬川の実家に行くと、雨戸は閉まったままで、とくに変わった様子はなかった。ただ、畑仕事中の老人が言うには「ただ若い衆が四、五人いたべよ。そこへ年配の女の人が一人、車でやって来て、三十分くらい家の中にいて、それで車何台かで出ていったべさ」。もはや決定的となった。青年団の若手数人は、ゆうべから秀平をかくまい、今日になって母親に会わせたのだ。すると康彦の携帯に恭子から電話があり、「お父さん、今、警察から電話があったんだけど、和昌が秀平君と一緒に苫沢署にいるんだって。それで、よくわからないんだけど、事情を聴くからしばらく身柄を預からせてもらうって」。電話を切ると「瀬川君よ、これから警察へ行くべ。何がどうなってるか、さっぱりわかんねえ」。警察に着くと、和昌は「昨日、秀平さんから連絡があったべさ。逮捕されるのはしょうがないにしても、自分にも言い分はあるし、それをおふくろに聞いてもらいたいし、何より手錠をかけられる前に、ちゃんと謝りたいって……。だからおれは、手伝ってもいいけど、それが済んだら警察に出頭してくれって頼んだら、それは約束するって言うから、苫沢に連れてきたべさ」「で、どうだったんだ」「おばさん、泣いてたさ。秀平さんも泣いて謝って、おれら、その場にいられなくなって、外に出てたんだけどね。悪かった。でも出頭したんだし、これで解決だべ」「容疑者は現在刑事課にいる。両親も一緒。青年団に免じて留置場は勘弁してやる。これから札幌に移送して、今日中に東京かな」署長は、容疑者確保で機嫌がよさそうだった。「親父、それから瀬川さんも、秀平さんは刑期を終えたら苫沢に戻るって言ってっから、みんな、温かく迎えてあげてよね。昔は何かあるとつまはじきだったそうだけど、これからの小さな町はちがうべ。みんなが仲良く暮らせる偏見のない町作りだべ」「オメ、いつからそういうことを言う人間になったんだべか」「変化がねえ町だからね。少しは変化を起こそうと考えてるのさ」康彦は苦笑して見せたが、心の中では結構感動していた。まさか、息子に感動させられるとは------。瀬川も感動したらしく、言葉を失ったまま、息子の陽一郎を見つめていた。苫沢はこれからいい町になりそうである。康彦はそんな気がして、全身の緊張が一気に解けた。

 いい読後感のある短編集でした。

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奥田英朗『向田理髪店』その12

2017-10-23 06:52:00 | ノンジャンル
 昨日の衆院選、自民が過半数を取るとは夢にも思いませんでした。やはりアベノミクスのバブルが崩れ、株価が暴落しないと政権交代は起こらないのかもしれません。

 さて、また昨日の続きです。
 「しかし、秀平君はどこで道を誤ったんだか。おれが知ってる秀平君は、明るくて、礼儀正しくて、リーダー格で、いい子だったけどな」瀬川が言った。しばらくしたら、役場の職員が店にやって来て、マスコミの対応でとんだ残業だと言った。「あのよ、マスコミの話、広岡君に教えた方がいいんでないかい? マスコミに捕まったら家族がさらし者になるべ」康彦が言った。「だから、やっちゃんが伝えて来てよ」と瀬川。みんな一種の興奮状態で、日付が変わるまで誰も帰ろうとしなかった。
 翌朝、瀬川から電話がかかってきた。「やっちゃん、広岡君にもう電話した? 避難させた?」「いや、まだだけど」「何よ、かけてねえの? 広岡君の家の前にもうテレビ局の車が何台も停まっていたってよ」「すまね。手遅れだった」「ちょっと様子を見に行かねえか、放ってはおけんだろう」「ああ、そうだね」これから瀬川と広岡の家に行くと教えたら、谷口は自分も行くと言い出した。当分、苫沢の町民は仕事が手に付きそうにない。
 三人が着くと、あっと言う間に記者たちに囲まれた。「すいません。囲み取材をさせてもらえませんか。こちらで代表幹事を決めて、質問する記者は三人までとします」すぐに代表が決まり、瀬川を取り囲んだ。「ところでさ、広岡君はどこへ行ったべさ」谷口が言った。「いるみたいよ」「ほんとに?」確かにガレージには、夫婦それぞれの車が二台停まっている。そこへ警官のパトカーが来て、家宅捜索が始まった。
 マスコミは三日ほどで引き揚げたが、その間の取材合戦は、聞きしに勝るすさまじさであった。世間が注目するのは、詐欺グループのメンバーがみな高学歴で、東京六大学のイベント・サークルから続く先輩後輩の関係だったからだ。記者は去ったが、警視庁の刑事二人が実家への張り込みを続けていた。バー大黒では「広岡さん、真面目だからさ。わたし、自殺するんじゃないかって、そんな心配もしてる」とママ。「わかった。明日行ってみる。それで、気を落とさんようにって励ましてくる」と康彦。田舎は都会と違い、匿名でいられない。身内から犯罪者を出すと、道も歩けないのである。康彦は心から同情した。
 翌日、康彦は広岡を訪ねた。「あの、キュウリが採れたから、おすそ分けにと思って」「そうか、ありがとう」広岡は受け取ると、ドアを閉めようとした。康彦は何とか話を続けようとしたが、広岡は「死んで詫びるしかねえかなあって」と言う。広岡に自殺でもされたら、町全体が当分は沈み込んでしまう。
 広岡を訪ねた一件を瀬川や谷口に話すと、たちまちスナックの常連客に知れ渡り、みなが広岡の自殺を心配するようになった。「奥さんの方も心配かな」「奥さんは大丈夫よ」ママがきっぱりと言った。「母親は息子を残して自殺なんかしないの。母親は何があろうと、最後まで、息子を信じて庇うものなの」「とりあえず、順番に食事の差し入れでもすっか。奥さん、寝込んでるっていうし」「そうするべ。食わなきゃ体に悪い」話し合っていると、自分たちも癒された。小さな町だから、一人の悲しみでも、みんなに伝染するのである。
 一番手として康彦が行くことになった。広岡の家に行くと、広岡はまだ会社を休んで家にいた。「ああ、悪いね。遠慮なくいただくべ」。二階から降りてきた奥さんは「向田さん、笑われるかもしれないけど、わたしは秀平を信じてるんですよ。詐欺を犯した会社の社長ってことですけど、人がいいから押し付けられたに決まってます。秀平は、このままだと濡れ衣を着せられるから、それが怖くて逃げたんじゃないかって、わたしはそう思ってるんですよ」「グチを聞かせてすまねえな。やっちゃんには関係ねえことなのに」「何を言う。関係大ありだ。うちのお客さんでねえべか」康彦は軽く笑って答えた。「ちなみに、一日置いて次は瀬川が差し入れ持ってくる。その二日後は谷口のシュウちゃんだ。受け取って、連中とも話をするといいべ」結局、玄関で立ったまま三十分も話し込んだ。そして広岡の家から帰るとき、またしても刑事に誰何された。三人でしばらく話をした。なんということはない世間話である。毎日の張り込みの中、刑事たちも会話に飢えていたのだろう。互いに軽口も飛び出し、距離が一気に縮まった。康彦はここでも対話の力を痛感した。
 土曜日、和昌が帰って来た。夏祭りの出し物で青年団の打ち合わせがあるらしい。後で聞いた話だと、和昌たりはコーヒー一杯で二時間もおしゃべりしていたらしい。きっと遊びの相談だろう。康彦はさして気にも留めなかった。(また明日へ続きます……)

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奥田英朗『向田理髪店』その11

2017-10-22 05:22:00 | ノンジャンル
 一昨日の朝日新聞の夕刊に、ダニエル・ダリューさんの訃報が載っていました。私にとっての彼女はマックス・オフュルス監督の『輪舞』と『快楽』と『たそがれの女心』、そして何よりもジャック・ドゥミ監督の『ロシュフォールの恋人たち』でのカフェの女主人役として美しい記憶として残っています。享年100歳!とのこと。たとえ亡くなっても私たちは永遠に彼女のことを忘れません。

 さて、また昨日の続きです。
 およそ二時間の上映が終わったとき、何人かが拍手をしたが、ほかに続く者が現われず、すぐにやんだ。場内が明るくなり、町民たちが見せたのは戸惑いの表情だった。これまで観たことのない、変わった映画だった。「おれは、これが苫沢町と思われたらたまらん。そうは思わねえか」口火を切ったのは瀬川だった。町民は次々に同調した。褒めるのはよそから来た者ばかりで、地元の人は皆否定的だった。しかしプロデューサーは「傑作ができた」と言う。瀬川が反論すると、「瀬川君、いい加減にしろよ」。とうとう藤原が声を荒らげた。「やめろ。お仕舞。みんなもう帰れ」年寄りが間に入った。この件はしばらく遺恨になりそうである。もっともすぐに収まる。狭い世間だから、顔を合わさずにはいられない。となれば、誰かが間に入り、表面上は仲直りするのだ。この町はそうしてずっとやってきた。
 五月に入り、映画「赤い雪」に関して新しいニュースがもたらされた。世界的にも有名な映画祭でグランプリを受賞したのである。作品賞、監督賞、脚本賞、主演女優賞と総なめの快挙だった。「おれさあ、理容学校出たら、撮影のときにお世話になったヘアメイクの人に弟子入りしようかなんて思ってるんだけど」と和昌が札幌から電話をしてきた。「はあ? 向こうはどう言ってるんだ」「これから手紙を書く」康彦はしばし絶句した。「好きにしろ」そう答えて電話を切る。若いのだから好きにすればいい。理容師の資格があれば、食いはぐれることもないだろう。このニュースを一番喜んでいるのは藤原だろう。これで彼も救われる。
 ゲンキンなもので、映画を評価し直す声が町民の間から聞こえ始めた。ある日藤原は言った。「あ、そうだ。ビッグニュースがある。映画はグランプリを受賞したから、あらためて苫沢町に感謝したいって、プロデューサーと監督と大原涼子さんが公開前に来ることになったべさ」「藤原君のお手柄だ」「ありがとう、祝賀会、やっちゃんにはいい席を用意しておくからね。でもって瀬川君と谷口君は入れね」「もう許してあげなよ。きっと反省してるさ」「いいや、してね」藤原はむきになって言う。康彦はおかしくて、笑いをこらえるのに苦労した。苫沢は、そろそろ桜の季節だ。それを大原涼子に見てもらえると思ったら、自然と心が温かくなった。
「逃亡者」
 苫沢町出身の若者が東京で事件を起こした。その若者は、広岡の長男・秀平で、中学で生徒会長を務めるほどの優秀で活発な子供だった。ここ数日、世間を騒がせていた詐欺グループの主犯格が全国指名手配され、名前と共に顔写真が公開されたのである。恭子は信じられない様子だった。康彦もそれは同じである。ああ、そう言えば------、康彦は思い当たった。ここ数年、散髪に来たとき、広岡は息子の話をまったくしなくなった。康彦から訊ねると、「会社を興したらしいが、何やってんだか」と会話を避けているように見えた。ニュースによると、秀平をリーダーとする詐欺グループは、高齢者を狙って墓地開発の投資を募り、実際は金だけ集めて、会社ごと消えてしまったらしい。被害者の一人が自殺したことから、頻繁にニュースで取り上げられるようになった。そして警察がグループの潜伏先を突き止め、踏み込んだところ、秀平はマンション二階のベランダから飛び降り、そのまま逃走したとのことだった。広岡は真面目な性格で、穏やかで、誰からも好かれていた。小さな町で、我が子がテレビのニュースになるような犯罪に手を染めた。そして逃亡中である。なんという悲しい出来事か。自分なら間違いなく寝込むだろう。そうこうしているうちに家の電話が鳴り、恭子が出ると札幌に住む息子の和昌からだった。「あんたもニュース見た? お母さんたち、もうびっくりして……」「おい、おれにも代われ」康彦は途中で受話器を取り上げた。「オメ、なんか知ってたべか」「いや、詳しくはしらねえけど、東京で羽振りのいい暮らしをしてるって話は聞いてたさ。ポルシェに乗ってたとか、六本木ヒルズに住んでたとか。会社興して、土地取引で一山当てたって自慢してたらしいけど、どうも人が変わったようなところがあって、怖くて敬遠してたっていう先輩がいたな」午後九時になって瀬川から電話があった。スナック大黒で谷口たちと飲んでいるから来ないかという誘いだった。康彦は一も二もなく駆け付けた。(また明日へ続きます……)
 
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