さみだれ塚と夜寒の松
令和2年9月14日(月)
バショウda
『関口芭蕉庵案内記』によると、
芭蕉が34歳から37歳までの
4年間、神田上水の改修工事の
監督をしていた時の居住地がここ。
芭蕉堂!
芭蕉堂内には、芭蕉翁と、
高弟の其角・嵐雪・去来・丈草の像が
安置されている。
芭蕉の像は、大津市の義仲寺の
翁の墓下の 土を持って来て、
陶工一瓶が造る。
さみだれの松は、
1963年9月に枯死。
さみだれ塚として、また、
夜寒の松も夜寒碑として
今なお尊ばれている。
広重の「名所江戸百景」のひとつに
この芭蕉庵は二つの松とともに
描かれる。
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