▼いやはや、ショッキングなことが起こった。
「レイマン・コントロール」について、辞書的意味を把握してみようと、グーグル検索してみたら、結果「ゼロ」だった。
『Wikipedia』でも出て来なかった。
まあ、いいや・・・。
で、その「レイマン・コントロール」からいろいろ連想すると、「オンブズマン制度」とか「陪審員制度」とか「有識者会議」など、どうも、保守的視点から見ると胡散臭いシステムが立ち現われてくる。
もっとも、「オンブズマン制度」とか「有識者会議」なんてのは、専門家を集めたものなのであるが、
【本来の存在意義】が、権力を行使する者の「バックアップ」を担当すると言う点が「陪審員制度」を含めて似ていると思う。
「本来の存在意義」・・・、である。
我々が胡散臭さを感じるのは、それが逸脱している(逸脱しそうな)ことを示しているからだ。
『いいかげんにしろ 日教組』(もうすぐ読み終わる^^)において、
「レイマン・コントロール」が語られたのは、
現場の教師をバックアップするべき教育委員会が機能していないということを言うためだった。
この場合の「バックアップ」と言うのは、控えめな言い方に過ぎなくて、現実には、「大きな権力」の腐敗に、「異なる権力」を行使出来える存在のことを言う。
では、何で、我々は、それに「胡散臭さ」を感じるのだろうか?
簡単である。
「大きな権力」・・・、その腐敗に抗し得る別の「異なる権力」を選ぶ視点が偏っているからだ。
既成のものの枠内から生まれるから、それ以上の答案が出せない「すくみ」にあるわけだ。
(注)ここで言う「腐敗」とは、左翼の言うように「権力」とイコールの関係ではない。権力の中の疲弊・腐敗部分を言う。
つまり、現状の「権力の腐敗」から生まれる「権力の暴走抑止機関」は、その当初から腐敗を育んでいる、ということを示す。
左翼標語<権力は腐敗する>ではなくて、<権力を監視する権力も同じ穴の狢の如く腐敗する>という事である。
このたび、四十一年ぶりに、天皇家に殿下が誕生した。
これにより、悪名高き、<女性・女系天皇を容認する「皇室典範改正案」のもとになった昨年11月の「皇室典範に関する有識者会議」の報告書>は必要をなさなくなった。
・・・だが、正直、危なかった・・・^^;
「皇室典範に関する有識者会議」のメンバーについてはよく知らないのだが、
例えば、その前の「追悼・平和祈念のための記念碑等施設の在り方を考える懇談会」のメンバーなどを見ると、
東江 康治 (前名桜大学長,元琉球大学長)
今井 敬 (社団法人経済団体連合会会長,新日本製鐵株式会社代表取締役会長)
上島 一泰 (株式会社ウエシマコーヒーフーズ代表取締役社長,前社団法人日本青年会議所会頭)
上坂 冬子 (ノンフィクション作家,評論家)
草柳 文惠 (キャスター)
坂本 多加雄 (学習院大学法学部教授)[平成14年10月29日逝去]
田中 明彦 (東京大学大学院情報学環教授)
西原 春夫 (学校法人国士舘理事長,元早稲田大学総長)
御厨 貴 (政策研究大学院大学教授)
山崎 正和 (劇作家,東亜大学長)
最終的には、不満足な結論に至ってしまったが、「真の有識者」の名前もチラホラ見られるのである。
私は、こう考えるのである。
では、もう一段階、「有識者を決める有識者」を募ってみよう、と。
そうすると、確実に、上記のメンバーの中での坂本先生や上坂さんの如き「まともな人」のパーセンテージが増えるはずなのである。
更にもう一段階、「有識者を決める有識者、を決める有識者」を募ってみよう。
確実に、腐敗権力の腐敗からの干渉を薄められた「まともな人間」のパーセンテージが増えるはずなのである。
そうして、「有識者を決める有識者、を決める有識者、を決める有識者、を決める有識者・・・」と繰り返していくと、いつしか、一義的な有識者ではなくなるが、
「レイマン・コントロール」の目指す<素人による監督>が機能してくるはずなのである。
「真の有識者」には、知識の持ち主ではなく、【常識】の持ち主が求められるからだ。
インターネットは、そのような「真の有識者」を求める為の<マトリューシカ>システムの構築場所として最適だと考えている・・・。
(2006/09/08)
「レイマン・コントロール」について、辞書的意味を把握してみようと、グーグル検索してみたら、結果「ゼロ」だった。
『Wikipedia』でも出て来なかった。
まあ、いいや・・・。
で、その「レイマン・コントロール」からいろいろ連想すると、「オンブズマン制度」とか「陪審員制度」とか「有識者会議」など、どうも、保守的視点から見ると胡散臭いシステムが立ち現われてくる。
もっとも、「オンブズマン制度」とか「有識者会議」なんてのは、専門家を集めたものなのであるが、
【本来の存在意義】が、権力を行使する者の「バックアップ」を担当すると言う点が「陪審員制度」を含めて似ていると思う。
「本来の存在意義」・・・、である。
我々が胡散臭さを感じるのは、それが逸脱している(逸脱しそうな)ことを示しているからだ。
『いいかげんにしろ 日教組』(もうすぐ読み終わる^^)において、
「レイマン・コントロール」が語られたのは、
現場の教師をバックアップするべき教育委員会が機能していないということを言うためだった。
この場合の「バックアップ」と言うのは、控えめな言い方に過ぎなくて、現実には、「大きな権力」の腐敗に、「異なる権力」を行使出来える存在のことを言う。
では、何で、我々は、それに「胡散臭さ」を感じるのだろうか?
簡単である。
「大きな権力」・・・、その腐敗に抗し得る別の「異なる権力」を選ぶ視点が偏っているからだ。
既成のものの枠内から生まれるから、それ以上の答案が出せない「すくみ」にあるわけだ。
(注)ここで言う「腐敗」とは、左翼の言うように「権力」とイコールの関係ではない。権力の中の疲弊・腐敗部分を言う。
つまり、現状の「権力の腐敗」から生まれる「権力の暴走抑止機関」は、その当初から腐敗を育んでいる、ということを示す。
左翼標語<権力は腐敗する>ではなくて、<権力を監視する権力も同じ穴の狢の如く腐敗する>という事である。
このたび、四十一年ぶりに、天皇家に殿下が誕生した。
これにより、悪名高き、<女性・女系天皇を容認する「皇室典範改正案」のもとになった昨年11月の「皇室典範に関する有識者会議」の報告書>は必要をなさなくなった。
・・・だが、正直、危なかった・・・^^;
「皇室典範に関する有識者会議」のメンバーについてはよく知らないのだが、
例えば、その前の「追悼・平和祈念のための記念碑等施設の在り方を考える懇談会」のメンバーなどを見ると、
東江 康治 (前名桜大学長,元琉球大学長)
今井 敬 (社団法人経済団体連合会会長,新日本製鐵株式会社代表取締役会長)
上島 一泰 (株式会社ウエシマコーヒーフーズ代表取締役社長,前社団法人日本青年会議所会頭)
上坂 冬子 (ノンフィクション作家,評論家)
草柳 文惠 (キャスター)
坂本 多加雄 (学習院大学法学部教授)[平成14年10月29日逝去]
田中 明彦 (東京大学大学院情報学環教授)
西原 春夫 (学校法人国士舘理事長,元早稲田大学総長)
御厨 貴 (政策研究大学院大学教授)
山崎 正和 (劇作家,東亜大学長)
最終的には、不満足な結論に至ってしまったが、「真の有識者」の名前もチラホラ見られるのである。
私は、こう考えるのである。
では、もう一段階、「有識者を決める有識者」を募ってみよう、と。
そうすると、確実に、上記のメンバーの中での坂本先生や上坂さんの如き「まともな人」のパーセンテージが増えるはずなのである。
更にもう一段階、「有識者を決める有識者、を決める有識者」を募ってみよう。
確実に、腐敗権力の腐敗からの干渉を薄められた「まともな人間」のパーセンテージが増えるはずなのである。
そうして、「有識者を決める有識者、を決める有識者、を決める有識者、を決める有識者・・・」と繰り返していくと、いつしか、一義的な有識者ではなくなるが、
「レイマン・コントロール」の目指す<素人による監督>が機能してくるはずなのである。
「真の有識者」には、知識の持ち主ではなく、【常識】の持ち主が求められるからだ。
インターネットは、そのような「真の有識者」を求める為の<マトリューシカ>システムの構築場所として最適だと考えている・・・。
(2006/09/08)