クリスマスパーティーが終わった後はいつも、晴れ晴れとした寂しさが寮内に漂う。
たとえるなら高校の卒業式の後のような、終わってしまったなという爽やかな感慨に包まれるのだ。
楽しかったけれどももう先に進まなきゃなとでもいうような。
二十六日は、だから寮生はみな一様にしんみりとおとなしい。仮装パーティーではしゃいだのが嘘みたいに。
柴崎と手塚は寮監に言いつけられて、玄関に飾っていたツリーの飾りを外す作業をしていた。
ここのツリーはわりとでかい。二メートルを優に超える。
だから脚立を持ち出してきたのだが。
「高いところは俺がやるって。危ないだろ」
脚立の脚を押さえながら言ったのは手塚。
一方、天辺に立ってさらに背伸びしてきらきらした星飾りやモールや色玉を外しにかかっているのは柴崎。
「だいじょうぶ、あたし、高いところは割と得意なんだから」
怖がる様子もなくひょいひょいと手を動かす。たぶん言葉通りなのだと分かる。
見上げる手塚のほうが不安そうだ。
「でも落ちたら危ない」
「あたしが脚立を押さえるほうが危ないわ。あんたのほうが力あるんだから」
言われてみればごもっともで、手塚は黙るしかない。
「それにもし落っこちたら受け止めてくれるんでしょう?」
飾りを手渡しながら柴崎が笑う。手塚は「……保証はできないぞ」と呟く。
目のやり場に困っていた。
柴崎は膝丈のスカートで、脚立に乗りあがるものだから、ちょうど目と鼻の先に形のいいふくらはぎがあって参るのだった。不埒な目線で見るわけにもいかず、かといって、危なっかしいので目を離すわけにもいかず、どっちつかずで手塚は苦っていた。
目の前でスカートの裾が翻るたび心騒ぐ。
ったく男の気持ちも知らないで。と舌打ちしたい気分だ。
柴崎はというと気安く鼻歌など歌い始めた。クリスマスソングだ。古い。
なんて曲だっけ、手塚はふと考えを巡らせているとき。
「あ」
鼻歌が途切れ、短い悲鳴が聞こえた。
反射で手を差し伸べた。頭で考える間もなかった。
お約束どおりというかなんというか、脚を滑らせた柴崎が転倒しそうになったのを、がっちりと受け止める。
横抱きにして事なきを得た。
「……ごめん」
必然、手塚の肩に手を回す格好になった柴崎がさすがにばつが悪そうに言った。
落っこちそうになった柴崎よりも蒼い顔をして、手塚がふーっと深く息をついた。そして、怖い顔をこしらえる。
「お前な……」
「ごめんって。不注意でした」
「何が大丈夫だよ。高いところは得意、だよ」
第一お前は自分を過信しすぎるんだよとお説教。
これにはさすがにかちんときたのか、むうっと柴崎が唇を尖らせた。
愛らしくすね顔を見せる。
「そんなことないわよ。今のはたまたま踏み外しただけで」
「ふうん。俺がいなかったら間違いなく怪我してたよな」
「しないわよ。あたし、運は割と強いんだから」
「運がいいんなら踏み外し自体してないと思わないか」
次第に口げんかの様相を帯びてくる。いつものことだが、今は手塚が柴崎を抱き上げている状態なので、傍目にはいちゃついているようにしか見えない。
他の部分のクリスマスの飾りを外していた寮生たちの視線が、自分たちに突き刺さっているのも知らず、二人はそのまま喧々諤々。特に柴崎ファンの男たちの怨念が黒々と玄関口にわだかまる。
「あんたたち、何やってんの。この忙しいときに」
そこへたまたま通りがかった郁が口を挟んだ。
手には雑巾と水の入ったバケツを持っている。
「遊んでないで早くツリー撤去しちゃってよ。次はお正月飾り出すんだからさ。手が空いたらこっち手伝って」
ほんとうにもう、目を離すとあんたらすぐそれなんだからと小言を言って通り過ぎる。
手塚と柴崎は、化学反応のようにぼおっと真っ赤になった。慌てる。
「お、降ろしてよ」
「あ、ああ。悪い」
あたふたと手塚が柴崎を着地させる。傍目にもそれと分かるほど慎重かつ丁寧に。
そうっと両足を床につけさせた。
「……ありがと」
決まりが悪いのか、あさってのほうを向いて小さく言う。
「ん」
「あたし、笠原のほう手伝うわ。こっち、任せる」
「うん。分かった」
じゃあねと言い置いて踵を返して柴崎は行ってしまう。一人残された手塚は目の前にある中途半端に飾りを剥がされたツリーを見上げた。
やれやれ。結局丸投げかよ。
しかたがないな。
肩をすくめて脚立に上り始めた。
一番高いところに金色の大きな星が残っていた。どうやら柴崎の身長では手が届かなかったと見える。
それになんなく手を伸ばし、ひょいと木のてっぺんから外しながら手塚は思う。
……来年は、届くといいな。こんなふうに。俺の手の中に。
あの、一筋縄ではいかない手ごわい女を俺のものに。
こんな風に、きらめく星を手にするみたいに掴まえることができたら。
そうしたら……。
と、そこまで思いを巡らせふと我に返る。誰も見ていないのにわずか赤くなって手塚は頭を掻いた。
もうじき新しい年がやってくる。
(fin.)
夜の部屋に連載していた【今夜は聖夜~Another Party~】本日連載完結しました。
お読みくださって有難うございます。
ブロマガ購読はクレジットで登録に抵抗がおありになる方もいらっしゃると思います。
いずれ、【今夜は聖夜】完全版としてCD-Rにて通販する予定ですので、興味のある方はお待ちくださいね。
今年一年色々ありましたが、本当にお世話になりました。
よいお年をお送りください。管理人
web拍手を送る
たとえるなら高校の卒業式の後のような、終わってしまったなという爽やかな感慨に包まれるのだ。
楽しかったけれどももう先に進まなきゃなとでもいうような。
二十六日は、だから寮生はみな一様にしんみりとおとなしい。仮装パーティーではしゃいだのが嘘みたいに。
柴崎と手塚は寮監に言いつけられて、玄関に飾っていたツリーの飾りを外す作業をしていた。
ここのツリーはわりとでかい。二メートルを優に超える。
だから脚立を持ち出してきたのだが。
「高いところは俺がやるって。危ないだろ」
脚立の脚を押さえながら言ったのは手塚。
一方、天辺に立ってさらに背伸びしてきらきらした星飾りやモールや色玉を外しにかかっているのは柴崎。
「だいじょうぶ、あたし、高いところは割と得意なんだから」
怖がる様子もなくひょいひょいと手を動かす。たぶん言葉通りなのだと分かる。
見上げる手塚のほうが不安そうだ。
「でも落ちたら危ない」
「あたしが脚立を押さえるほうが危ないわ。あんたのほうが力あるんだから」
言われてみればごもっともで、手塚は黙るしかない。
「それにもし落っこちたら受け止めてくれるんでしょう?」
飾りを手渡しながら柴崎が笑う。手塚は「……保証はできないぞ」と呟く。
目のやり場に困っていた。
柴崎は膝丈のスカートで、脚立に乗りあがるものだから、ちょうど目と鼻の先に形のいいふくらはぎがあって参るのだった。不埒な目線で見るわけにもいかず、かといって、危なっかしいので目を離すわけにもいかず、どっちつかずで手塚は苦っていた。
目の前でスカートの裾が翻るたび心騒ぐ。
ったく男の気持ちも知らないで。と舌打ちしたい気分だ。
柴崎はというと気安く鼻歌など歌い始めた。クリスマスソングだ。古い。
なんて曲だっけ、手塚はふと考えを巡らせているとき。
「あ」
鼻歌が途切れ、短い悲鳴が聞こえた。
反射で手を差し伸べた。頭で考える間もなかった。
お約束どおりというかなんというか、脚を滑らせた柴崎が転倒しそうになったのを、がっちりと受け止める。
横抱きにして事なきを得た。
「……ごめん」
必然、手塚の肩に手を回す格好になった柴崎がさすがにばつが悪そうに言った。
落っこちそうになった柴崎よりも蒼い顔をして、手塚がふーっと深く息をついた。そして、怖い顔をこしらえる。
「お前な……」
「ごめんって。不注意でした」
「何が大丈夫だよ。高いところは得意、だよ」
第一お前は自分を過信しすぎるんだよとお説教。
これにはさすがにかちんときたのか、むうっと柴崎が唇を尖らせた。
愛らしくすね顔を見せる。
「そんなことないわよ。今のはたまたま踏み外しただけで」
「ふうん。俺がいなかったら間違いなく怪我してたよな」
「しないわよ。あたし、運は割と強いんだから」
「運がいいんなら踏み外し自体してないと思わないか」
次第に口げんかの様相を帯びてくる。いつものことだが、今は手塚が柴崎を抱き上げている状態なので、傍目にはいちゃついているようにしか見えない。
他の部分のクリスマスの飾りを外していた寮生たちの視線が、自分たちに突き刺さっているのも知らず、二人はそのまま喧々諤々。特に柴崎ファンの男たちの怨念が黒々と玄関口にわだかまる。
「あんたたち、何やってんの。この忙しいときに」
そこへたまたま通りがかった郁が口を挟んだ。
手には雑巾と水の入ったバケツを持っている。
「遊んでないで早くツリー撤去しちゃってよ。次はお正月飾り出すんだからさ。手が空いたらこっち手伝って」
ほんとうにもう、目を離すとあんたらすぐそれなんだからと小言を言って通り過ぎる。
手塚と柴崎は、化学反応のようにぼおっと真っ赤になった。慌てる。
「お、降ろしてよ」
「あ、ああ。悪い」
あたふたと手塚が柴崎を着地させる。傍目にもそれと分かるほど慎重かつ丁寧に。
そうっと両足を床につけさせた。
「……ありがと」
決まりが悪いのか、あさってのほうを向いて小さく言う。
「ん」
「あたし、笠原のほう手伝うわ。こっち、任せる」
「うん。分かった」
じゃあねと言い置いて踵を返して柴崎は行ってしまう。一人残された手塚は目の前にある中途半端に飾りを剥がされたツリーを見上げた。
やれやれ。結局丸投げかよ。
しかたがないな。
肩をすくめて脚立に上り始めた。
一番高いところに金色の大きな星が残っていた。どうやら柴崎の身長では手が届かなかったと見える。
それになんなく手を伸ばし、ひょいと木のてっぺんから外しながら手塚は思う。
……来年は、届くといいな。こんなふうに。俺の手の中に。
あの、一筋縄ではいかない手ごわい女を俺のものに。
こんな風に、きらめく星を手にするみたいに掴まえることができたら。
そうしたら……。
と、そこまで思いを巡らせふと我に返る。誰も見ていないのにわずか赤くなって手塚は頭を掻いた。
もうじき新しい年がやってくる。
(fin.)
夜の部屋に連載していた【今夜は聖夜~Another Party~】本日連載完結しました。
お読みくださって有難うございます。
ブロマガ購読はクレジットで登録に抵抗がおありになる方もいらっしゃると思います。
いずれ、【今夜は聖夜】完全版としてCD-Rにて通販する予定ですので、興味のある方はお待ちくださいね。
今年一年色々ありましたが、本当にお世話になりました。
よいお年をお送りください。管理人
web拍手を送る
いつもお越しくださって有難うございます。つきましては、来年もぽつぽつと更新していくつもりですので、ご愛顧賜りたくよろしくお願いいたします。よい年末年始をお送りください。
目の前にふくらはぎ~~~~(∩´∀`)∩ワーイ
って、私がにやけてどうする、です。
年の瀬まで楽しませていただきまして
ありがとうございました。
来年も楽しみにしています。
こういう軽いタッチというか、関係が出来上がる前の手柴を書くのもまたたのし、です。
本年中も大変お世話になりました。引きこもりばかりで不義理な私ですが、見捨てず来年もどうぞよしなに。