背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

シロツメクサの花冠を君に【4】~ハチクロ二次創作 野宮×あゆみ

2012年11月04日 08時11分13秒 | ハチクロ二次 野宮×あゆみ
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 自分でもびっくりするほどうろたえた。
 野宮が寝込んでいると聞いて。
「山田さん、忙しいところ悪いんだけど、陣中見舞い、行ってくれないかしら? 一人暮らしだから困ってると思うのよ」
「はいっ。分かりました」
二つ返事で答えていた。今まさに作務室で土をこね始めていたところだったが、取る物も取り合えず大学を飛び出した。
 校門を出たところで山崎が車を寄せて待っていてくれた。野宮のマンションまで案内すると言う。段取りが不自然なほどよすぎるということにさえあゆみが気づく余裕はなかった。慌てて山崎の車に乗った。
心配だった。ただ、野宮のことが。


「全く、ぜんっぜん大丈夫じゃないじゃないですかっ」
 憤慨した様子で、あゆみが水で濡らしたタオルをぎりぎりと絞る。何かの首を締め上げるように。
 それで汗の浮いた野宮の首筋を拭いてやる。
「ふらっふらで、まともに歩けないくせに、病院にもいかないでお薬もろくに飲まないで、タバコばっか吸って。もうもう、これだから男の人の一人暮らしって」
 小言が止まない。野宮はそれをベッドの中から聞いている。
「面目ありません」
「ほんとですよ。風邪を馬鹿にしちゃいけないんです。万病のもとって言うんですからね。大体野宮さん普段から不規則な生活しすぎですよ。外食を減らしてもっとお野菜食べないと身体壊しちゃいますよ」
 炊飯ジャーがないおうちなんて! いくら忙しくてあんまし帰らないといっても。
キッチンを覗いたとき、その驚愕の事実を知りあゆみは言葉を失った。
「……はい。全くおっしゃるとおりです」
「って言ってるそばからタバコに手を伸ばすし! 聞いてるんですか人の話」
 あゆみは野宮の手からタバコのパッケージを引ったくった。有無を言わさず手の届かないところへ隔離。
「聞いてる、聞いてますよ」
「うそ。もおおお、風邪引いたときぐらい、こんなの吸うの止めてください」
「分かった。分かりました」
「な、なに笑ってるんですか」
 野宮の頭の下にタオルで包んだアイスノンを差し込んでやりながらあゆみはむっとして言った。自分を見上げる野宮の目線にからかいが混じっているのを感じたから。
「いえ、なんにも」
 野宮は自然と口が笑ってしまう。堪えようとしても、なかなかうまくいかない。
 あゆみは鼻息荒く腰に両手を当てて仁王立ちした。
「肺炎になっても知りませんからね、ほんとに」
 玄関でぶっ倒れた野宮を、かついでここまで運んで看病した。差し入れの市販薬をポカリで飲ませ、ヒエピタを貼ってベッドに寝かせ、なんとかかんとか落ち着いたところだ。
野宮は一度深く息をついた。情報を整理する。
「それよりどうやってここの場所が分かったの?」
「あ、山崎さんが大学から送ってくれました。途中スーパーにも寄ってくれて」
あいつも共犯かよっ。また熱が上がりそうになる。あゆみは構わず続けた。
「野宮さん、何が食べられるか分からなかったので、いろいろ買い込んじゃいました。桃缶とかブドウとかオレンジとか。あ、ゼリーもありますよ。喉どおりのいいもの選んだので何か少しでも食べてください」
エコバッグをごそごそと漁る。
「栄養ドリンクもありますよ。脱水症状になったら大変だから水分はこまめに採らないと」
「うん。ありがとう」
 くすぐったくて、野宮は目を閉じる。
 彼女の声をずっと聞いていたかった。ことばひとつひとつが自分を心配してくれている証だから。それが水分のように身体に吸収されていくのが分かった。ひたひたと潤いに満たされていく。
 夏のスコールを浴びる植物のように。
「……やつれましたね」
 ベッド脇に折りたたみ椅子を引いて腰を下ろし、あゆみは目を細めた。野宮の声だけ聞くとまるで別人だ。
「やっぱり病院、行ったほうがよくないですか? 点滴打つと、熱すぐ下がって楽になりますよ」
 心配そうな顔を見上げ、野宮は微笑む。
「大丈夫。山田さんのおかげで薬も飲めたし。今日いちにちこうして寝ていれば明日には治るから」
「でも」
「ほんと、平気。病院行くよりこっちのがいい」
「こっち?」
「山田さんがうちにいてくれること」
「……もう、こういうときぐらい黙って寝ててください」
 真っ赤になってあゆみは立ち上がり、「冷蔵庫借りますね。買ってきたもの、仕舞っちゃいます」とわざとらしいほどてきぱきと仕分けに入った。


 初めて入る野宮の部屋は、広いけれど必要最低限の家具しかないせいか、ガランとした印象だった。
 作りかけの模型や書籍類がテーブルのあちこちに置かれ、
雑然と物が散らかってはいるけれど、どこか生活感がなかった。住む人の顔が見えてこない。インテリア雑誌の写真の見開きみたいな部屋。
 あゆみはそこに野宮という男の心象風景を見た思いがした。誰にも寄りかからない。そして同時に懐の中までは引き込まない。何物にも束縛されない、風みたいな人。
 掴まえても手のひらからすり抜けていく、雲みたいな人。
 高層マンションの上階の窓からは、都心の景色が一望できる。夜になると夜景がきれいだろうなとあゆみは思った。
 野宮さんも、ベランダに出てそれを眺めることがあるのだろうか。
 あの、横浜のホテルで観覧車を見た夜のように。
 あゆみは思う。
 一人で? それとも誰かと?
「いたっ」
 指先にちくりと痛みが走った。やけどのようにひりつく。
 見ると、棘が。パックから出したいちごのヘタに小さな棘がついていて、指先をかすめたのだった。
 あゆみは血のにじんだ中指を口に含んだ。ざらりとした錆の味が広がった。

 
「……山田さん、いる?」
 しばらく物思いに耽っていたらしい。呼ばれてあゆみははっと我に返る。寝室に戻った。
「どうかしましたか」
「いや。なんだか物音しないから。帰ったかと思った」
 ベッドに横になった体勢のまま野宮が言う。
「あ、今台所お借りしておかゆ作ってたんです。作りおきもいいかと思って」
 ジャーがないから片手鍋で。
「おかゆ、いいねえ」
 と、言いつつ一抹の不安が野宮の脳裏を掠める。
 野宮はかつて浜美祭前に大学を訪問し、露地物のきのこを使った魔のチョコレートカレーを目の当たりにした男だった。天使のような微笑で、学生たちにそれを振舞っていたあゆみの罪業を知っている。
 野宮は嫌な予感を押し隠して訊いた。
「ちなみにおかゆの具材はなにかな?」
「ええっととにかく滋養がつくものをと思って、黒糖とにんにく、薬味で茗荷です。それと喉に優しいコンデンスミルクを隠し味に入れてみました」
 えへ。自信ありげにあゆみが胸を張る。とびきり無邪気な笑みだが野宮の目には悪魔の微笑にしか映らない。悪寒が走る。
「うわ~。たんと精がつきそうだねー」
 平坦な声が出ているのが自分でも分かった。
「そうですよ。まずは食べないと身体はよくなりませんから。もうすぐ出来上がりますからどんどん食べてくださいね」
「俺ばっか食うの、もったいないなーなんて。そうだ、山崎も呼ばない?」
 あゆみは「え」っと顔を曇らせた。
 え、と野宮も詰まる。
 山崎という名前を挟んで二人は硬直した。
「い、いいですけど山崎さん仕事中なのでは?」
「そうか。そうだよな」
 呼びつけるのもな。野宮は言って天井を見やる。
 ……まさかね。
 君が俺と二人きりでいたいとか、思ったわけじゃないよな。そんな都合のいいこと。
 弱ってるなー俺。まずいなあ。
 ねえ山田さん。首を巡らして呼ぼうとした野宮の目にふとあるものが映る。
「……山田さん。何か腕についてる」
「え?」
 八分丈のカットソーの袖から覗く白い手首。その近くに灰色の斑点がついている。
 野宮は目を凝らした。あゆみは彼の視線を追って、腕をの内側を捻って見た。
「あ、やだ土が」
 作務室から慌てて出てきたから、ちゃんと洗えてなかったんですね。恥ずかしい。
 そう言ってごしごし擦るも落ちない。
「やだなあ、他にもついてませんか?」
「急いで来てくれたんだ?」
「……」
 それには答えず、ちょっとお手洗い貸してくださいと立ち上がりかけたあゆみの手首を野宮は掴んだ。  
 そして、
「おかゆ、できたら持ってきて。一緒に食おう?」 
と言った。


 ぶるぶるがたがた。
 震える手でスプーンを扱い、玉砕覚悟でおかゆを食べたら、やっぱり玉砕した。
 三口めでベッドに沈んだ野宮。ひきつけを起こしながら、「きゃー! 大丈夫ですか野宮さんっ。やっぱりすきっ腹にはおもゆの方がよかったかしら」と喚くあゆみの声を聞き、
「いや、……そういう問題じゃないから」
それ以前の問題だから。と息も絶え絶え、突っ込みを入れずにはいられなかった。

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