「お、なんだ。もう帰るのか」
図書館から出てきた柴崎と偶然出くわした。まだ昼なのに、すっかり帰り支度をしている。勤務時間中のはずだ。手塚は怪訝に思い声をかける。
柴崎は浮かない顔をしてけだるげに立ち止まった。
「あんたは、これから内勤?」
「っていうか、昼飯。その前に用事をやっつけに。……お前、具合でも悪いのか」
言っている途中で気がついて、手塚の声音が変わる。
目に生気がない。顔色もよくない。
柴崎は肩をすくめマフラーに鼻先をうずめた。そのせいで声がくぐもって聞こえる。
「もしかしたらインフルエンザかもしれない」
「え」
「風邪の症状じゃないの。いつもと違うもん。今、館でも流行ってるから、たぶん……」
早引けして病院にいくの。そう言ったところにすっとてのひらがくる。
手塚は柴崎の額に右手を置いた。大きいので、顔が半分隠れたようになる。そのままじっと体温を読み取って、
「熱、あるな。まだ微熱だけど、これからもっと上がってきそうだ」
と心配そうに眉を寄せた。
なんのてらいもなく自分に触れる手塚の態度に動揺しながら、柴崎は身を引く。
「感染るかもしれないから、あんまし近寄らないほうがいいわ」
すると手塚は手を離して不機嫌に言った。
「そんなこと気にするな。行こう」
「え?」
促されるまま足を踏み出して、柴崎は当惑したように彼を見上げる。
「行くって、どこへ」
「これから病院なんだろ、タクシー捕まえてやる」
送るよ。そう言わないが、柴崎の歩調を気遣う速度で表門に向かった。
「……いいのよ、自分でできるわ。あんた、昼ごはんもまだなのに」
「悪いとか言うなよ。柄じゃないから」
「柄じゃなくて悪かったわね」
ああ違う、そうじゃない。
こんな風に言いたいわけじゃないのに。――ありがとうって言えばいいのに。
そこで不意によろめく。足元を小石かなにかに取られた。
「あ」
「大丈夫か」
とっさに手塚が腕を把った。柴崎の身体を支える。
「ほら、ふらふらだろう。無理しないでこんなときぐらい頼れ」
熱のせいではないのに、誤解したようだ。なぜか怒ったような口調で言い、そのまま柴崎の手を握って先を行く。
「……」
柴崎は黙ってされるがままになった。手塚が踏みしめる、イチョウの葉の乾いた音が耳をくすぐる。
このまま付き添って。一緒にいて。
そんな、「柄にもないこと」が一瞬だけ頭に浮かんだが、もちろん柴崎は口にしなかった。
体調が悪いから、心細くなってるだけよ。手塚の横顔を見ないようにして心の中言い聞かせる。
頬が熱いのを、手塚に知られないように、じっと俯きながら。
(fin.)
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拍手ではご丁寧なごあいさつとコメントありがとうございます。
嬉しく拝読させていただいております。
たまにこういうくっつく前の二人のじれじれが異様に書きたくなります。。
くっついた後も楽しいですが、その前も楽しいカップルですよね。
うわぁ・・///想像以上に破壊力がありますねw
この2人の間合いと心内側は読んでて頭が沸騰しそうですw
付き合う前のこーいうヤキモキするやりとり最高ですね^^
結婚後というよりも、三日後を書いてしまいました(^^;「悪くないかも」も気に入って下さると嬉しいです。
>たくねこさん
タクシーに柴崎を押し込んで見送り、のパターンですね。。。柴崎がインフルかどうかは、続編「悪くないかも」を書きましたのでどうぞv
秋のすてきな絵ですけど…インフルエンザかもしれないんだった(^^;)
結婚後だと、このシュチエーションだとどんな風になるのでしょう。特に手塚が!
安達さま、気が向いたらで結構ですので、パート2として、結婚後書いてください。