映画館へ行って映画を見るのは嫌いじゃない。
スクリーンに映し出される物語に没入できるから。
あの感覚は家の配信動画じゃあちょっと味わえないよなと思う。
仕事が忙しくて、めったに行けないけれども。
映画館にはアルフィンと行くことが多い。それは、誘ってくれるのが彼女だから。
ホラーやアクションが俺の好みだけど、たまにはアルフィンのチョイスのラブロマンスものを観ることもある。
後半、居眠りこいてしまうことが多くてすまない。まあ、そこんところは目をつぶって、出かけることに意義があると思ってほしいんだが……。
アルフィンは映画館に来ると甘えんぼうになる。
シートに着くとスキンシップが増えるのだ。いつにもまして。
さっそく腕に凭れてくるアルフィンにそう指摘すると、それは俺のせいだと言う。
「だってここだとジョウ、あたしがくっついても嫌がらないでしょう?」
俺は驚いた。そんな風に思っていたのか。
俺の反応にかえって驚いた様子で、アルフィンは瞬きをしながら訊いた。
「なぁに?」
「いや……。いつも嫌がってるように見えるか。君にくっつかれると」
「え、違うの?」
俺は何と答えようか迷う。頭を無意識にぼりぼりと掻いた。
男の心理を分かれと言う方が無理なのか。いや、まあ、言わなきゃわかんねえよな、男であれ女であれ。
俺は隣を見ながら言った。
「嫌なわけじゃないんだ。こういうところ見られると照れ臭くて、変に構えてしまうのが嫌なだけで。むしろ嬉しいよ」
俺はくっついてくるアルフィンの手を取って握った。
うわぁ〜。
真っ赤になって息を呑むアルフィンの顔が、スクリーンの光に反射されて暗がりに浮かび上がる。
感情表現が豊かなところが本当に愛らしい。ストレートに気持ちが顔に出るところ。有象無象の輩を普段相手にしている分だけ、ほっとする。安心するんだ。
そう伝えようかと思ったが、もう映画はCMが終わって映画が始まってしまっていた。
俺はオープニングの音楽が始まったスクリーンを見る振りをして、そっと隣の彼女を盗み見していた。
「面白かったねえ。最後のとこ、どきどきして手に汗握っちゃったあ」
映画が終わってシアターを出ながらアルフィンが興奮気味に言った。
映画の合間も今もずっと手を繋いでいるから、俺はそれが嘘だと分かる。というか、比喩みたいなもんか。慣用句?
全然汗なんかかいてなかったぞ。さらっとしたもんだった。
「そうだな」
でもこういうとき、流してやるのが礼儀だろう。ご機嫌な様子のアルフィンの手を取りながら、俺は歩調を合わせてゆっくり歩いていく。
「おい、ジョウじゃないか」
そこでふと名を呼ばれる。
雑踏の中、おもむろに。え、と足を思わず止めて声の方を振り返ると、なじみの顔があった。
同期の仲間だった。懐かしい、こんなところで会うとは。
向こうも同じ想いだったらしく、驚き顔でこちらを見ていた。
女性といっしょだった。彼女だろうか。寄り添うように隣にいる。
俺は目顔で礼をして、
「マーカス。久しぶり……なんで、ここに」
と尋ねた。
「それはこっちのセリフよ。ひっさしぶり、偶然だなあ」
「元気そうだな。奇遇ーー俺は寄港先で時間が出来て、たまたまここに。時間がちょうど合ったから一本見てきたところだ」
「そうか。実は俺は仕事を辞めて転職したんだ。ここで、造船業を始めてる。地元だよ」
同期のトラバーユの話に俺は目を丸くした。
「ほんとうか? 初耳だ」
「悪い。ばたばたして、仲間内にしかまだ打ち明けてなかったんだ。いや、それでも映画館でお前に会うとは驚いたよ。いや、ほんとに偶然」
「だよな」
つい笑みを浮かべてしまう。と、アルフィンが空気を読んだか、すっと俺の手を解いて身を引いた。
俺と同期との時間を守るように、ちょっと外すねと言わずに行きかける。
その手を俺はまた掴んだ。引き戻す。
「ジョウ」
目を見開いて俺を見る。びっくりした顔つきで。
行かなくていい。俺は目だけでそう言った。
「そちらは?」
同期は今アルフィンに気づいたとでもいうようなタイミングで口にした。そんなことはないはずだ。アルフィンは目立つ。どこにいたって注目を集める容貌をしている。
だから、わざとらしいことは俺には分かった。きっと、同期と一緒にいた女性も分かったと思う。ちらちらと、連れがアルフィンのことを気にしていることに、会った時から気がついていた。
俺はアルフィンの手を握ったまま言った。
「俺の彼女。チームのメンバーでもある」
そして、アルフィンを紹介する。ナヴィゲータなんだと。
同期は連れの女性と目を見交わして、笑顔になった。
「へえ、そっか……。なんかお似合いだな、お前ら」
「ん? そうか」
照れずにこの程度のやりとりができるようになった。というのなら、きっとアルフィンと映画館デートの回数をこなしたからかもしれない。
俺の代わりにアルフィンが真っ赤になって、珍しくしどろもどろに自己紹介をした。
じゃあ、またな。ああ、いつかどっかで。
連絡先を簡単に交換して、俺たちは別れた。片手を上げて。
「……なんだよ?」
しげしげと俺を見ている視線には気づいていた。
アルフィンは「なんでもなーい」とわざと子供みたいな口調で言って、ぶんぶんとつないだ手を振った。大きく。
「ジョウって、映画館だとめちゃくちゃ優しいなって、改めて思ったところ!」
なぜか悔しそうにまくし立てる。
優しくなんかない。事実を言ったまでだ。
ーーとは、言ってやらない。今日は明らかにキャパオーバーみたいだから。
映画館もたまにはいいもんだよな?アルフィン。
END